「よりよく働く」に向けて【第10回 企業と社会、そして⼈〜『これからの経営』を考 える〜】

前回(第9回)では、「企業と社会」について、本連載でさまざまな先⽣⽅から伺ってきたお話を振り返りながら、CSVや営利と非営利の「境目」といった少しマクロな視点から振り返りました。
今回は「⼈」の側⾯から改めてこのテーマを考え、連載全体のまとめとしたいと思います。

ステークホルダーとしての従業員と「サービス-プロフィット・チェーン」

「企業の社会性と“⼈”」というテーマに関して、第6回、第7回では⽯塚浩美先⽣(産業能率⼤学教授)から⽇中韓の⼥性活躍推進について、第8回では佐伯雅哉先⽣(学校法⼈産業能率⼤学総合研究所経営管理研究所主席研究員)から貢献意識と「認識の成⻑」について、お話を伺いました。

企業という組織にとって、そこで働く「⼈」は、従業員というステークホルダーであると同時に、事業活動の担い⼿そのものでもあります。
⽯塚先⽣のお話は主に前者の視点から、佐伯先⽣のお話は後者の視点からのものとみることもできるでしょう。
「ステークホルダーとしての⼈(従業員)」と「社会性」に関して、少し前の議論ですが、現代的な再解釈や意義の再発⾒ができるのではないか、と考えているものがあります。
1994年、ハーバードビジネススクール教授(当時)のジェームズ L.ヘスケットらがハーバード・ビジネス・レビューで提唱した「サービス-プロフィット・チェーン(Service-Profit Chain)」という考え⽅がそれです。

私の理解では、この考え⽅は⼀⾔でいえば、「従業員満⾜(ES)を⾼めることが顧客満⾜(CS)につながり、それが顧客ロイヤリティを⽣み出し、ひいては売上と成⻑、あるいは収益性となって、企業にも従業員にも還ってくる」ことを描いたモデルで、こうしたプラスのチェーン(サイクル)を回していくことの優位性を⽰したものです(図1参照)。
どちらかといえばマーケティングの理論として提唱され、扱われてきたのですが、同時に、従業員(満⾜)を意図したさまざまな(⼈事)施策の重要性を説いたものとしてのインパクトも、⼤いにあったと考えます。
(Heskett James L., et al. 1994. “Putting the Service-Profit Chain to Work” HARVARD BUSINESS REVIEW, March-April, pp.164-174. より作成)
この考え⽅は、従業員満⾜(ES)向上を主に意図した内部サービス(施策)を出発点としつつ、図1に⽰したような⼀連の、循環する「チェーン」を描いている点に⼤きな特徴があります。
中でも私が着目したいのは、たとえば職務設計や従業員の育成、その認知と報酬などといった「内部サービス(施策)」のみならず、「顧客満⾜(CS)」もまた従業員満⾜(ES)に、ダイレクトにつながると描いている点です。

従業員満⾜(ES)、すなわち職務満⾜には、給与や⼈間関係、労働条件などのいわゆる「衛⽣要因(あるいは、外発的な動機づけ)」と、より⼈間的・精神的な「動機づけ要因(あるいは、内発的な動機づけ)」とがあることはよく知られていますが、サービス-プロフィット・チェーンの描いている内部サービス(施策)はどちらかといえば前者、顧客満⾜(CS)というフィードバックは後者により関連するものと思われます。

今、「サービス-プロフィット・チェーン」から発想を広げて

この、サービス-プロフィット・チェーンという考え⽅が提唱されて20年後の現在、私が思うのは、ここでの「CS」を「SS」、すなわち「Stakeholder Satisfaction」や「Social Satisfaction」と置き換えて、あるいは広げて、考えてみてはどうだろう、ということです。
企業という組織が意図を持って(施策を通じて)従業員に働きかけることで、従業員の、顧客も含めたステークホルダーや社会に対する接し⽅が変わり、そのことが社会からの「満⾜」や「評判(レピュテーション)」を⽣み出し、巡り巡って企業の利益と従業員満⾜に結びつく、というアレンジです。

ここでの出発点となる「内部サービス(施策)」は、1つには⼈事部門を中⼼としたもの、労働環境の問題から評価・処遇、あるいはワーク・ライフ・バランスといったテーマまでがまず考えられます。同時に、社会に対する「企業のよさ」「事業の意味」を担っている部門、平たくいえばCSR部門や場合によっては経営戦略部門からの働きかけも必要です。
たとえば「本業を通じたCSR」へのより多くの従業員の参画や、経営理念やコアバリューへの意識づけ、それらに基づく組織⽂化づくりなどです。肝要なのは、従業員が⾃らの仕事を「社会やステークホルダーとの関わりで意味づける」場や機会をいかに、かつ効果的に、つくるかということであり、その⼿法は教育・研修から実務での活動、⽇々のマネジメントでの働きかけまで、さまざまにあり得ます。
そしてお気づきのように、これはまた⼈材育成の⼀環でもありますので、⼈事教育部門との連携は不可⽋です。

最近の傾向として、⼈事教育部門とCSR部門との距離が、以前よりもだいぶ近くなってきたと感じることが、しばしばあります。

1つには、CSR活動の重要な課題である「労働」「⼈権」といったテーマは、具体的には⼈事部門が多くを担うことになるため、⾃ずと両者の連携が⽣じ、増えてきた、ということです。
たとえば、ワーク・ライフ・バランスの実現や、⼥性活躍推進、ジェンダー、あるいはハラスメント問題などへの取り組みがこれにあたります。
企業とステークホルダーの関係でいえば「企業→従業員」の流れで、サービス-プロフィット・チェーンでいえば最初の「内部サービス品質(施策)→従業員満⾜」の部分により近いものです。

もう1つは、より積極的な連携です。
たとえば、従来⾏ってきた「従業員満⾜度調査(いわゆるES調査)」と「CSRやコンプライアンスに関する従業員意識調査」を統合して実施できないかというご相談をいただく機会が、最近は増えてきたと感じています。もちろん、コストや回答への負荷といった現実的な問題がきっかけではあったとしても、これら2つのテーマを統合した調査を「部門横断のプロジェクト」で検討していくプロセスにおいて、⼈事教育部門とCSR部門の問題意識やめざしているものは案外近い、協⼒してやっていった⽅がうまくいきそうだ、ということが⾒えてくるケースが多いのです。
その結果、「調査」のみならず、教育や研修、より発展すれば組織の風⼟や⽂化づくりに関する活動まで連携していこうという流れが⽣じています。
もちろん、両部門を区分けするものはあるのですが、ステークホルダーの⾒⽅でいえば、より「企業・従業員→社会」の流れを意識した連携といえます。サービス-プロフィット・チェーンでいえば、「従業員満⾜」から企業の外(顧客あるいはステークホルダー)に向けた⽮印の部分です。

ステークホルダーとの対話を通じて「働くことの意味」を考える

サービス-プロフィット・チェーンでは、従業員満⾜(ES)が「定着率/⽣産性」「顧客サービス品質の向上」を⽣み出し、「顧客満⾜(CS)」ひいては企業の成⻑や収益につながることが⽰されていました。そして、顧客満⾜(CS)が従業員満⾜(ES)に“ダイレクトに”結びつくことに着目したいと先ほど述べました。 今考えているアレンジでいえば、この「顧客満⾜(CS)」は、ステークホルダーや社会の“満⾜”となるのですが、これを従業員に“ダイレクトに”結びつけるにはどうすればいいのでしょうか。

このテーマは実は、CSRでいえば「ステークホルダー・エンゲージメント」と呼ばれる活動に近いと考えます。本連載の第1回でご紹介したCSRの国際規格「ISO26000」でも非常に重視されているテーマ、あるいは取り組みで、現在、⽇本企業でもさまざまな取り組みが試みられています。たとえば、CSR報告書によく⾒られるようになった「ステークホルダー・ダイアローグ」や、各ステークホルダーを代表する有識者と企業による円卓会議、などです。

もちろん、こうした場を通じて、「ステークホルダー」からの要請や期待に⽿を傾け、事業活動に取り⼊れていくことは非常に重要であり、意義のあることであると思います。それと同時に、より⽇常的に、直接にステークホルダーと接している「従業員」が、この「対話」をもっと担うことができたら、とも思います。
ある⼀⼈の従業員が、職務を通じて接することのできるステークホルダーは限定的かもしれません。
しかし、網羅性には⽋けるとしても、従業員⼀⼈ひとりが⾃らの、⾃社のステークホルダーを「より広く」捉えることはまだまだ可能であり、そのような意識や認識が⾃らの「働くことの意味」を考えるきっかけにもなりえると考えます。
そして、企業と、そこで働く「⼈」が、社会やステークホルダーに対する「事業の意味」「働くことの意味」を捉えなおすことが、「働くということ」をより⾼次な、「よい」ものにすることにもつながるのではないでしょうか。

本連載で4⼈の先⽣⽅にお伺いしてきたお話が、巡り巡って、そのような「よさ」を実現するきっかけになれば幸いです。お読みくださった皆様には、貴重なお時間をくださり、本当にありがとうございました。

(了)

(学校法⼈産業能率⼤学 総合研究所 本橋 潤⼦)