中⼩企業だからできる"CSV"の可能性【第5回 企業と社会、そして⼈〜『これから の経営』を考える〜】(1/2)

中⼩企業だからできる“CSV”の可能性
〜学校法⼈産業能率⼤学総合研究所兼任講師 今瀬勇⼆先⽣に聞く〜

⽇本企業の多くを占める中⼩企業には、固有の課題と可能性があると⾔われます。
「企業と社会」という点に関しても、中⼩企業ならではの役割や可能性があるかもしれません。
こうした中⼩企業の経営指導をする「中⼩企業診断⼠」として活躍し、同時に、学校法⼈産業能率⼤学兼任講師として年間多くの研修を⾏っている、今瀬勇⼆先⽣にお話を伺いました。

中⼩企業診断⼠︓経営指導の現場で

— 本橋
今瀬先⽣は中⼩企業診断⼠として、多くの企業の経営指導をされているとお聞きしています。⽇本の産業界で中⼩企業は非常に重要な存在ですが、そうした企業を指導される、「中⼩企業診断⼠」という仕事についてお聞かせいただけますか。

— 今瀬
まず、中⼩企業というのは基本的に、あまり資⾦に余裕がないのが⼀般的です。 でも、これまでの⽇本の企業社会を⾒てみると、⼤⼿企業をずっと⽀えてきたのはこの中⼩企業だったわけです。今も、⽇本の企業の90何パーセントは中⼩企業と⾔ってもいい状況ですが、そうした中⼩企業は⼤⼿を⽀えるだけの技術を持っています。 逆に⾔えば、「⽇本が誇れる技術は、中⼩企業が持っている」と私は理解しているんですが、それに気づいていないのが中⼩企業だともいえます。ここがポイントで、⾃社の⼀番強いところ、つまり「コア・コンピタンス」ですね、これが何かをよく考え、とらえていただかなくてはいけない。
私が中⼩企業診断⼠として経営指導をする際には、まず、このことを最も⼤切にしています。

ただし、中⼩企業を⽀援しようとしても、中⼩企業は資⾦の余裕がないため、国や⾏政の政策でやっていくことになります。
経済産業省や都道府県の予算を使って、商⼯会議所や商⼯会などの執⾏機関を経由して仕事をしています。

残念ながら、「中⼩企業診断⼠」はまだまだ、企業にはあまり知られていないと僕は感じています。
そこで、商⼯会議所の職員などと⼀緒に企業に⾏って、まず、「中⼩企業診断⼠」を知ってもらうことから始めるんです。税理⼠に⽐べると認知度も低いし誤解されている部分もある。
中⼩企業の経営指導という⾯で、中⼩企業診断⼠が果たしている役割を、まず、もっと知っていただきたいと思いますね。

— 本橋
先⽣は1か⽉に何社ぐらい、企業を訪問されるのでしょうか。

— 今瀬
経済産業省の事業でやっていたときには、⽉に⼗数社訪問するペースでした。年間で百数⼗社ぐらい、うち新しい企業が百社ぐらい、という感じです。
国や⾏政の施策として経営指導で⾏くわけですが、最初からすんなり財務諸表を⾒せてもらえることは多くありません。中⼩企業の社⻑には疑い深い⼈も少なくなくて、財務諸表を⾒せてもらえるまでにまず時間がかかります。

ですから、中⼩企業診断⼠として経営指導に⾏く際には、喋る⼒よりもむしろ聴く⼒、いわゆる傾聴の⼒がものすごく必要だと思っています。
何時間かかっても、まず話を聴く。そこから、信頼関係が⽣まれてきます。

この信頼関係が出来てくると、「実は‥‥」「先⽣、どうしたらいいでしょうか」となって、財務諸表やいろいろな情報を⽰していただける。ここからやっと指導ができることになります。

今、指導している企業はサービス業が⼀番多くて、メーカーは3分の1ぐらい、あとは運送業などですが、どの企業もそれぞれに固有の状況があって、⼀社⼀社が強く印象に残っています。
— 本橋
いろいろな業種の企業を訪問される中では、業界固有の知識が求められたりして、その場では返事がしにくいといったことも起こるのではないですか。

— 今瀬
私は極⼒、「その場で答える」ようにしています。そうしないと、信頼関係がなくなってしまいますから。
財務諸表を⾒たり、現場を⾒たりすれば、経営指導に必要な情報は得られてくることが多いです。

事業継承、⼆代目育成に⼤切なこと

— 本橋
先⽣はそうした中⼩企業診断⼠としての経営指導のお仕事と同時に、いわゆる事業承継、企業の後継者の育成にも⼒を⼊れていらっしゃると伺っています。

— 今瀬
後継者の育成、主には“⼆代目”の育成をやっていますが、実際には、「初代」の社⻑が“勘違い”をしている場合が少なからずあり、意外なところで苦労します。
⼆代目に事業を継がせられるということは、まず、その事業は成功しているということになる。
そうすると、初代の社⻑は「⾃分と同じことが⼆代目にもできるはずだ」と思ってしまいがちですが、これができない場合が少なくありません。
というのは、「成功した初代の社⻑」には、何らかのカリスマ性や魅⼒がある場合が多く、それに皆がついてきていたし、その魅⼒で会社を動かしてきました。例えば、松下幸之助⽒などもそうですよね。
で、こうした「魅⼒」を次の代、⾃分の息⼦も持っているはずだ、となぜか思ってしまう。
それで同じようにやらせようとして失敗してしまうケースがとても多いのです。ですから私は、「初代はカリスマ性、⼆代目は組織⼒ですよ」と教えることが多いです。

— 本橋
「⼆代目は組織⼒」ですか。

— 今瀬
そうです。ですから、⼆代目にとってまずやるべきことは、⾃分と同じ価値観を持った幹部をつくることです。
1⼈でやっても出来ることには限りがありますから、ここがまず非常に重要になってきます。

そして、その組織⼒を下⽀えするのが、初代が培ってきたコア・コンピタンスです。このコア・コンピタンスがベースにあって、それではじめて組織が活きてくるのです。

さらに私はここで、「PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)」を使います。というのは、⼆代目はともすれば、「⾦のなる⽊」を無視してしまうことがある。
PPMで⾔っている「⾦のなる⽊」は、中⼩企業でいえば、初代や先代がずっと培ってきた、会社の核になる事業といえます。
でも、⼆代目は⾃分のやりたいことをやろうとする傾向がどうしてもありますから、この「⾦のなる⽊」を捨てて、あるいは無視して、違う⽅へ⾏こうとしてしまいます。
ここで私はこのPPMの絵を描いて、説明して、必ず納得してもらいます。まず、「⾦のなる⽊」の⽅をきっちりやって、それでもやりたいならそのうえで「問題児」の⽅をやってください、と。その時には1⼈でではなくて、幹部を使って、組織⼒で取り組んでください、と。私はここが、事業承継の⼀番のポイントだと思っています。

「事業承継」の中には「財産承継」の側⾯ももちろんありますが、それだけでなくこうした「経営承継」の部分も非常に重要で、僕はこの「経営承継」の部分に⼒を⼊れています。

※PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)とは、ボストン・コンサルティング・グループ1970年代に開発した、経営資源配分のための分析⼿法。
縦軸に市場の成⻑性(可能性)、横軸に相対的な⾃社のシェアをとって4つの象限を作成し、⾃社の事業や製品をプロットしていく。

— 本橋
事業や経営を「承継」していく際には、⾃社の「経営理念」をどう継いでいくかという問題もあるのではないでしょうか。
いい悪いでなはく、「初代」と「⼆代目」で「理念」が“異なる”ということも現実には少なくないのではないかと思います。
また、時代の変化への適応といった視点も考える必要があるでしょう。

— 今瀬
まず、多くの中⼩企業では、この「経営理念」が「書かれていない」場合が非常に多いのです。
理念はあるのだけれども、⾔葉として表されていない、ということです。こういう場合には、私は後継者に、先代、今の社⻑から「何のためにこの事業を始めたのか」「何のためにここまで事業を⼤きくしたのか」をちゃんと聞き出して、それを⽂章にして書くよう指導しています。
中⼩企業の社⻑は、恥ずかしがって、こうしたことを⾔わないことが多いのです。それを後継者はまず、ちゃんと明確にすることが⼤切で、それが組織⼒の原点にもなってくるわけです。

そして、「⽂⾔化」するだけでなく、それを朝礼や年始などの挨拶の場⾯で必ず触れたり、⽇頃の⾔動で⽰したりしていくことはもちろん重要です。
中⼩企業の場合は特に、わかりやすく⽰すこと。社員⼀⼈ひとりに、そうした理念を実現してほしいという期待を伝えることが⼤切です。

— 本橋
歴史の⻑い企業の場合、「経営理念」が何代かの社⻑に引き継がれるケースもありますが、そのようにして「明⽂化」された理念を、後の代の社⻑はそのまま引き継ぐべきか、変えてもよいのか、先⽣はどのようにお考えですか?

— 今瀬
私は、基本は「理念」は変える必要はないし、変えない⽅がいいと考えています。
「我々は、何のためにこの事業をしているのか」という部分は、変えるべきではない。でも、その下の⽅「それを実現ために、何をするのか」については、これは変わってくると思います。
ビジョンもそうです。ビジョンは、それに到達できたら、その次を考えなければいけなりません。ただそれは、理念や使命とブレてはいけない。⼆代目以降は、こうした部分でいろいろなことを考えたり、変えてくのが望ましいと思います。