非営利組織から企業を視る(1/2)【第4回 企業と社会、そして⼈〜『これからの 経営』を考える〜】

後編「社会的企業」と「営利企業」の新たな関係、そして若者への期待
〜産業能率⼤学経営学部 中島智⼈准教授に聞く〜

前編では、「非営利の組織」と「営利企業」や「⾏政・⾃治体」との対⽐を中⼼に、「社会的企業」について産業能率⼤学経営学部の中島智⼈先⽣にお話を伺いました。
後編では、「⽀援や寄付」を超えた営利企業と非営利企業の関係、そして本学の学⽣教育からみる若者への期待についてお話を伺います。

ステイクホルダーとしての営利企業

— 本橋
企業が非営利組織への寄付や⽀援をすることを社会的責任とみる考え⽅がありますが、営利企業は、非営利企業の側からはどのような関係者(ステイクホルダー)として⾒えているのでしょうか。

— 中島
社会的企業やNPOの視点からすると、企業というのは、資源が豊富で、ノウハウも持っていますから、⼀緒に仕事をする、パートナーシップを組む相⼿としては非常に魅⼒的です。そうした非営利組織の活動を⽀援することが、企業においては「社会的責任」や 「フィランソロフィー」という⾔葉に結びつく、というのは1つの考え⽅として、重要だと思います。
ISO26000の発⾏などを⾒てもわかるように、企業においても「SR(社会的責任)」の議論や活動が盛り上がっていて、私たちの⽣活の中に浸透していくような⽅向で動いていると思いますし、それはそれで非常にいいことだと思います。

そしてもう1つ、企業が、戦略的に、社会的企業やNPOと⼀緒に何かの事業をするという考え⽅も非常に重要だと思っています。
たとえばM.ポーターのCSV(Creating Shared Value)※の議論などは、企業における競争優位をつくり出すための⼿段の1つとして、社会的企業やNPOとの連携が⽰されています。こうした視点も、重要だと思います。

また、コーズ・リレーテッド・マーケティング(CRM)というマーケティングの⼿法もあります。
たとえば、ミネラルウォーターやチョコレートを買うと、1本/1個につき何円か寄付しますというものです。

イギリスにあるBusiness in the Communityという団体が、かなり以前からCRMを推進していたのですが、そこの定義が私はとても気に⼊っています。「結局これは、企業のマーケティング戦略の1つなのだ」ということを明確に⾔っているんです。このことは、とても重要だと思います。
最近のCRMの定義を⾒ていると、社会貢献的な意味合いを⼊れているものが結構あるのですが、私はそうしたものは、CRMの本質を⾒誤ってしまう危険があると感じています。

それは、社会的企業やNPOから⾒たときには、「ビジネスのパートナーとしての」企業という位置づけや関係が非常に重要だと思うからです。⽀援をする企業と、ビジネスのパートナーとしての企業というのは、別物なんです。

「⽀援をする企業」も非常に重要ですし、非営利の組織からはありがたい存在ですが、ではその企業は、経営が危うくなっても、本業で利益が上がらなくなっても、⽀援を続けるかというと、そこまで期待するのは難しいと思います。かつてバブルのころ、「メセナ」と呼ばれた⽂化芸術活動への⽀援はとても華やかでしたが、その後、現在までずっと続けている企業は限られているのではないかと思います。
社会的企業やNPOというのは、⼀度ビジネスや事業を始めると「受益者」が出来、その⽅々に必要なサービスを届けなければならなくなるので、事業を継続しなければならない場合が非常に多いんです。
なおかつ、その「受益者」の⽅々は⼀般的に、必要としているサービスが他の⼿段では得られないことが多い。
サービスを提供していた社会的企業やNPOが存在しなくなると、とても困った状況になるわけです。

※CSV(Creating Shared Value)

経営戦略論で著名なマイケル・E・ポーター(ハーバード⼤学教授)が、2011年に提唱した概念。「共通価値の創造」とも訳される。⾃社の事業を元にして、社会的な問題を解決するビジネスを⾒出し、経済的な価値と社会的な価値を両⽴した「共通の価値」の創造をめざす考え⽅。社会的課題の中に新たなビジネス機会(市場)を⾒出し、それを事業(ビジネス)として成功させることを志向している点で、「CSR」に代わりうる理論になるとしている。

「⽀援による関係」と「ビジネスパートナーとしての関係」

— 中島
非営利の組織に対して、企業が「⽀援」をするという構図には、そうした危うさが常にあります。
社会的組織やNPOの側も、企業からの⽀援がずっと続くのは難しいとわかっています。
ですから、時限的なものをきちんと⾒据えて⽀援を受けたり、その⽀援がなくなった先のことを考えて、できるだけ早く⾃分たちの実⼒をつけたりしていこうとする。そうしたことを常に⼼がけながら活動するわけです。

でも、「ビジネスパートナー」という関係になると、話は変わってきます。
企業にとっては、本業での利益をより上げるために社会的企業やNPOと組むわけですから、本業として頑張る、ということになります。
企業とこうしたパートナーシップを組むことに耐えられる社会的企業やNPOになることはなかなか難しいのですが、こうしたケースは徐々に増えてきています。
たとえば、何年か前に、⽇本企業でCRMをやっている企業を調べてみたときには、本当に限られた数しか出てこなかったのですが、今では、⽇経流通新聞で特集が組まれるまでなりました。

企業におけるCRMは、社会貢献部門が担当知っている場合もありますが、少なくとも、マーケティング的な視点を⼊れている場合が多いです。
というのは現在、製品⾃体で差異化をすることが非常に難しくなってきていて、そこに社会的な視点を⼊れるというのが1つの戦略になっているからです。
これは、私たち消費者の、⾃分の消費⾏動に対する意識の変化も影響しています。「安くていいものを買う」だけではなくて、⾃分の消費⾏動が社会にどのように影響を与えるかということに⾼い関⼼を持つ層が増えてきている。
こうした消費者⾏動を「倫理的消費」というのですが、イギリスではとても盛り上がっています。
将来的には、社会的企業やNPOが、きちんと⾃分たちのブランドイメージを確⽴して、「我々と組めば、企業も⾃分のブランドイメージを⾼めることができる」とまで⾔えるようになれば理想的なんですが。

「プロボノ」から⾒える「社会貢献活動による動機づけ」

— 中島
また、「ビジネスパートナーとしての関係」の別な例として、「プロボノ」があります。
これは企業にとっての利益が⾒えやすい活動です。
たとえば、特に最近の若⼿社員などは、組織の中で⾃分のやりたいことができないとか、仕事を通しての⾃⼰実現や喜びを得られにくいとか、そうした不満を感じているようです。
そして、こうした状況に問題意識を持っている⼈事部門の⽅も少なくないと思います。分業や、仕事全体のプロセスがわかりづらくなっているといった、仕事のやり⽅の変化も影響しているとは思いますが。

でもプロボノでは、若⼿社員でも⾃分が中⼼となってプロジェクトに取り組むことができます。
NPOでは専門的な技術やスキルを低コストで調達することができますし、企業の⽅は、社員のモチベーションを⾼めることができる。そうした連携ですね。
もちろん、社会貢献的な要素もあると思いますが、でも最終的には、参加した社員の本業での⽣産性の向上が図られるため、参加している企業も多いと思うんです。
社会的企業やNPOと連携することで、本業にプラスの利益が⽣じる活動は、他にもたくさんあると思います。
そういう可能性を⾒据えて、戦略的に、ビジネスパートナーとして非営利組織と組む企業が、今後は増えてくると思っています。

— 本橋
私は「企業倫理」のテーマで、企業内の集合研修を⽀援させていただくことがあるのですが、そうした研修の受講者からあらためて気づかされたことがあるんです。 すこし極端に⾔えば、企業も従業員も、その⾏動は経済合理性に基づいていて、最終的には⾃⼰の経済的な利益になるかどうかで「動機づけ」が語られる、そうした⼈間観やそれを前提にした制度が現実にはあります。
それは⼈間の1つの側⾯を捉えたものとして誤ってはいないと思うのですが、そうした経済的な報酬「だけ」で⾃分の仕事が計られ報いられるということに、どこか虚しさを感じている⼈も少なくない。⾃分の仕事の「社会における意味」や「社会への貢献性」といったことをどう意識しているのかが、その⼈の仕事への向き合い⽅に影響していると思われるのです。

そうした、「仕事の社会貢献性に目を向ける」きっかけとなるような取り組みは、若⼿社員に限らず、中堅社員、あるいはシニア世代の⽅々にも意義があるように思います。
今まで、仕事と⾔えば目標達成や⾃組織への貢献ばかりを追求してきたけれども、ちょっと⽴ち⽌まって、これまでの仕事の「社会的な意味」は何であったのかを問い直すきっかけとなる機会を企業が提供することもまた、非常に重要なことではないでしょうか。 こうした実務経験が豊富な⽅々、特にシニア層の⽅々の、さまざまな経験や技術・専門性、あるいは⼈脈といったものが、社会的企業やNPOにおいて非常に有益で、活⽤できるのではないかと思います。

こうした実務経験が豊富な⽅々、特にシニア層の⽅々の、さまざまな経験や技術・専門性、あるいは⼈脈といったものが、社会的企業やNPOにおいて非常に有益で、活⽤できるのではないかと思います。
— 中島
まさにそうですね。図1はよくある組織均衡の図ですが、これは経済合理性と市場での取引を前提にしています。
企業は、顧客との取引(1)で得た収⼊を投資家に還元したり(2)、供給業者への⽀払いに充てたり(3)しますので、この「顧客との関係(1)」は非常に重要になります。

それは、ここ(1)が、企業活動において最も重要な資源の調達限になるからです。他の資源を調達するための源泉にもなるわけです。

そして社会的企業は、この図でいう「顧客」は企業に任せているのです。企業が担うことによって、均衡が成り⽴って、この「顧客」の不満や不便は解消されるのですから。
しかし、「サービスは必要だけれども、お⾦を⽀払うことがどうしてもできない」とか、「働きたいのだけれども、(何らかの事情があって)労働市場に参加できない」といった、完全に排除されてしまっている⼈々が社会には存在する。
社会的企業は、そこを対象にしているのです。組織としては不均衡が⽣じるにも関わらず、そうした⼈々を企業のビジネスのバリューチェーンの中に取り⼊れてしまうと、企業にとってはどんどんどんどん資源が⾜りなくなってしまいます。

しかし、組織均衡を成り⽴たせるのは、必ずしも⾦銭的な取引だけではありません。組織均衡の原則に則れば、貢献をしていてもそれに対して誘因がなければその関係は持続しません。
その誘因が「社会的な価値を⾼めている」「社会的な問題を解決している」ということ⾃体に価値を置くこと、少しえげつない⾔葉になるかもしれませんが、そうした「⾦銭ではない⾒返り」がないと、関係や取り組みは持続しないと思うんです。

— 本橋
そうすると、我々の側もまた、⾦銭ではないものにどれだけ価値を⾒いだせていけるのかということが問われているように思います。それが、(「前編」で話題になった)「市⺠」としての第⼀歩かもしれませんね。

— 中島
「市⺠としての意識や⾏動」の典型例としては、⼀⼈ひとりが「社会的な課題」を意識して、「我々の代わりに、この団体がこの課題を解決してくれているんだ」という意識をもつ、といったことがあろうかと思います。これは、寄付などをするときの考え⽅の1つでもありますよね。

たとえば、東⽇本⼤震災で被災した⽅々への寄付について考えてみましょう。
このときの寄付や⽀援⾦として、多くの⺠間の⽀援財団がやっていたのは、「こういうプロジェクトを⽴ち上げるので、このプロジェクトのために拠出してください」というアピールでした。これは、目的がはっきりしています。
したがって「⾃分で⽀援したいけれど、⾃分⼀⼈の⼒は非常に微々たるものなので、こういう団体に寄付をして、⾃分の代わりに課題の解決にあたってもらおう」ということになり、寄付をするわけです。

企業であれば、たとえば、そうした明確な目的をもった団体と⼀緒にビジネスをやることで、その団体のブランド価値を⾃らの中に取り⼊れることができる。ブランドという「⾒返り」ですね。
ブランドというのは、⾃分たちで構築しようとすればものすごいお⾦がかかります。パブリシティや、広告を打つのもそうですが、社会的活動の場合はメディアの⽅がとりあげてくださることも少なくありません。
先ほど話題に出たCRMなどで、⾦銭的な採算を厳密に計算しているかは私の知識の及ばないところですが、現⾦や⾦銭ではない⾒返りというのもあるわけです。「社会に貢献するために」といった規範的なことも重要なのですが、利益や報酬、「⾒返り」の相互均衡をめざした「ビジネスパートナーとしての関係」は、今後ますます重要になると思います。