非営利組織から企業を視る1/2【第3回 企業と社会、そして⼈〜『これからの経営』 を考える〜】

前編 「社会的企業」と「企業の社会性」のあいだ
〜産業能率⼤学経営学部 中島智⼈准教授に聞く〜

「企業と社会」を考えるうえで避けては通れないもののひとつに、「非営利の組織」というテーマがあります。いわゆるNPO(Non-profit Organization)やNGO(Non-GovernmentalOrganization)がまず思い浮かびますが、最近は社会的企業(SocialEnterprise)やソーシャル・ビジネスといった⾔葉もよく聞かれるようになり、学⽣や若者の関⼼も⾼いようです。

では、本連載の第1回・第2回でみてきた「企業の社会性/社会的責任」と「社会的企業/非営利活動」は、どこが違うのでしょうか。
両者の「境目」を確認し、非営利の視点から営利の活動を考えてみるために、非営利組織研究がご専門の産業能率⼤学経営学部・中島智⼈先⽣にお話を伺いました。

組織論から非営利組織論へ〜1冊の本が変えた研究領域〜

— 本橋
先⽣のご専門は「非営利組織論」とのこと。また、⼀度社会⼈として実務をご経験された後、イギリスに約4年間留学してこの領域を研究されたと伺っています。
まず、「非営利の組織」を研究するに⾄ったきっかけや、イギリスに留学されたいきさつについて、お聞かせいただけますでしょうか。


— 中島
私が非営利組織の研究に⾜を踏み⼊れたのは、1999年ごろでした。⽇本では「特定非営利活動促進法」、いわゆる「NPO促進法」が出来たのが1998年の12⽉だったこともあり、当時、このテーマが盛り上がっていたというのがまずあります。

そうした中で、私がこの領域を専攻したのは、本当にたわいもないことがきっかけでした。
当時、私は経営学を勉強していまして、特に組織論、その時は純粋に営利企業の組織論に興味をもっていました。組織論を勉強していくと、たとえばアメリカの研究などでは、いろいろな組織の理論について非営利組織から洞察を得ているものが結構出てくるんです。そこで「非営利組織ってなんだろう」と思うようになりました。

そして、今も非常によく覚えているんですが、たまたま、イギリスのDEMOSというシンクタンクが出している「The Rise of Social Entrepreneur」(1997)というブックレットを読む機会があったんです。これはイギリスの社会起業家を取り上げているものなのですが、非常に⾯⽩くて、非営利とか、社会的企業、ソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)といったものにすごく興味をもちました。これがきっかけで、この領域についてもっときちんと勉強したいという気持ちが強くなりました。

そして、これも偶然だったのですが、イギリスのLSE(London School of Economicsand Political Science︓ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)という⼤学にCentrefor Civil Society(市⺠社会センター)という組織があり、そこで学位(Degree)を出していることを知って、とても魅⼒的に思えました。「The Rise of Social Entrepreneur」もイギリスの本でしたから、そこに⾏けたらいいなと考えるようになったんです。

— 本橋
「The Rise of Social Entrepreneur」は、DEMOSのホームページで全ページ閲覧できるようですね。

— 中島
私は、原本も取り寄せて所蔵しています。80数ページの薄い本ですが、5つの事例研究が掲載されていて興味深いです。

私は経営学や組織論を勉強していて、この本に書いてあるアントレプレナー、「社会的領域における起業(家)」とは何だろうと考えました。
これは要するに、資源とか、建物とか、⼈材などの、今は使われていない、価値がないようなものに対して、新しい視点からそこに価値を⾒出して、何か新しいサービスを作り上げたりする、まさにそうした活動なんですね。今在るものに対してお⾦を投⼊してというのではなく、新しい視点で新しい命を吹き込む活動なんです。
これは、経営学的に⾒てもすごく興味深い。あるいは、そういう活動をされている⽅々の魅⼒であったり、そういう活動を可能にする制度であったり、といったものにも関⼼をもちました。
その「制度」や「社会」というところから、アメリカとイギリスを⽐べた場合、⽇本の社会と⽐較対象になるのは、アメリカよりもイギリスではないかと思いました。

国家元⾸(⾸相)や内閣のあり⽅であるとか、⽴憲君主制であるとか、そういう点がイギリスは、社会的志向・制度的にも⽇本に似ているのだろうと。
アメリカは合衆国で、「⾃由の国」ですし、資本主義社会ではあっても、資本主義のあり⽅がちょっと違うのではと思いました。もちろんアメリカにも魅⼒的な⼤学はあったのですが、こうした理由からイギリスに留学することにしたのです。

また、「The Rise of Social Entrepreneur」に書かれていることから、何もないところから新しいサービスを⽣み出そうとするきっかけとして、社会的な課題があって、「⾃分がどうしてもやらなければならない」という強い熱意が必要であるということもわかり、そういったものも魅⼒的でした。

社会的企業と企業の社会性:「非営利企業」と「営利企業」を区分するものは?

— 本橋
今のお話にありました、Social Entrepreneurの考え⽅は、非営利企業に限らず、営利企業にも⼤いに当てはまるところがあるように思えます。「非営利企業」と「営利企業」、この2つを区分するものは、どのようなところにあるのでしょうか。

— 中島
たとえば、最近話題のM.ポーターのCSV(Creative Social Value)の議論もそうですが、営利と非営利の境界は非常に曖昧になってきていると⾔われています。

最近は⽇本でも、「社会的企業」ブームが起きているように思います。
⽇本では「社会的企業」よりも経済産業省などが⾔っている「ソーシャル・ビジネス」「ソーシャル・ベンチャー」「コミュニティ・ビジネス」といった⾔葉の⽅が親しみやすいようで、同じような名前の事業体がたくさんあります。
しかしイギリスでは伝統的に、Social Enterprise(社会的企業)と⾔っていますので、私も「社会的企業」という⾔い⽅をしています。
この「社会的企業」と「営利企業」については、極端な意⾒では「すべての営利企業は社会的存在である」と⾔いますので、「社会性を否定するような/社会性のない、企業などない」というような⾔い⽅もされます。それはそれで⼀理あるとは思います。
しかし私が「社会的企業」に着目するときには、「社会的企業」と「営利企業」とは明確に分けています。これは、「営利企業も社会的存在である」という意⾒を批判したり、否定したりするものではなくて、私が研究の対象としたい事業体は、社会的な目的を第⼀義的な目的としているものである、ということです。

まず、「社会的な目的」というものがあって、その「社会的な目的」を達成する⼿段として、事業的・ビジネス的な取引活動を⾏ったりする。「社会的企業」にとってビジネスはあくまでも「⼿段」なわけです。
外形的には「社会的な目的をもって事業活動を⾏っている」と⾔うと、どの企業であってもそういうことになります。地域に雇⽤は創出しており、私たちの暮らしに役⽴つものを提供しているわけです。
ただ、「社会的企業」というのは、社会的な目的がまずあって、社会的起業家がそれを⾒つけて、起業することが出発点です。その社会的起業家⾃⾝が、その社会的課題を持ち合わせている当事者である場合もあります。

そうした社会的課題を持ちながらも、寄付や、政府からの⽀援などのお⾦だけでそれを解決しようとするのではなく、何らかの⼿段で市場との接点をもって取引活動を⾏うことによって、その社会的課題を解決しようとする事業体。そういうものが私にとっての「社会的企業」なのです。
営利企業は、社会性をもちろん備えています。しかし営利企業は、“営利”企業ですから、社会的な目的を第⼀にした活動体であるかというと、それは「違う」と思います。
もし、それが「社会的な活動を⼀番の目的にする」というのならば、それは、たとえば株主に対して特別な⼿当がされていたりとか、⽇本でも「非営利型の株式会社」というのがあって、定款の中で「配当を⾏わない」という⼀⽂を⼊れたり、財与財産の処分について制限を設けたりしている企業もあり、そういうものであれば「社会的企業」といえるかもしれませんが、そうでなければ区別するべきだと思います。

営利企業は、たとえ「社会性」をもっていようと、最終的には「資本の論理」で意思決定がなされるはずです。「社会的な目的」と「利益」を天秤にかけたら、「社会的な目的」が「利益」に勝ることはないのではないでしょうか。その点で、「営利企業」と「非営利企業」には、明確な境界があると思います。
図1でいうと、「境目」に位置するのは「社会的責任企業/倫理的企業」ですが、私からみればこれも「営利企業」です。
社会的な活動や倫理的な活動、たとえば、フェアトレードや、オーガニック製品の使⽤、あるいは、従業員を尊重しているとか、そうした企業がこの「社会的企業/倫理的企業」に含まれると思います。
でも、そのこと⾃体が活動の目的ではないですよね。フェアトレードを推進するための企業であれば「社会的企業」かもしれませんが、⾃分たちのビジネスの中にフェアトレードを取り⼊れる、あるいは、オーガニックの物しか使わないというのは、あくまでも副次的なものであってそれ⾃体が目的ではない。

そして、社会的企業を⾒ていると、「この課題を解決しなければいけない」「これをなんとかしなければいけない」という、やむにやまれぬ思いがあって、それをビジネスとして解決しようとしているという姿勢を強く感じます。
この「解決したい課題」というのは、社会企業家の⽅にとっては、捨てることのできないものなんです。