海外生活のヒント~スウェーデン編・福祉国家と幸福感~

飛躍的に伸びた英語力

イギリスでの仕事を終え帰国してから1年ほど経った2008年夏、私は在スウェーデン日本大使館に専門調査員として赴任することになりました。
街中の看板も読めず、人々の会話も分からず、本格的な外国人になったわけですが、これには当初、思った以上にストレスを感じました。

スウェーデン イェーテボリ 川岸の写真

週末にスウェーデン語学校に通うことも考えましたが、慣れない大使館勤めで、そのような余裕もありませんでした。その上、スウェーデン人は、ほぼ全員が英語を話すことができるし、業務上もスウェーデン語は不要でした。

その結果、私のスウェーデン語は挨拶程度のお粗末なもので終わりましたが、予想外にも、英語力は飛躍的に伸びる結果となりました。

というのは大使館での任務は、各国首脳の講演会への参加、スウェーデン政府関係者や各国外交団との電話やメール、対面でのやりとりなどを通じた情報収集でした。当然ながら、世界各国の出身者の英語には、それぞれ独特の訛りがあるし、各々の母語を反映したと思われる文法上の誤りも多く、相当な集中力と想像力を駆使して、さまざまな英語を読み取り、聞き取るという仕事を続けた結果、今では、ほぼどんな英語でも理解できるようになったと自負しています。

北欧諸国の働き方

北欧諸国(ここでは、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランドの4カ国を指しています)とひとことで言っても、均質でないのは言うまでもありません。スウェーデンは「平時非同盟、戦時中立」を長く国是としており、過去200年以上、参戦しておらず、NATOにも非加盟です。

北欧諸国の地図

他の北欧諸国の歴史的背景やこれに基づく各々の外交政策の違いについては割愛しますが、これら諸国が共通して高福祉国家であることは周知の通りです。

日本大使館の向かい側にあったフィンランド大使館は、本国と1時間の時差があるためでしょうが、始業が朝7時で、昼休みはなく、午後2時には終業でした。
出勤時刻を早めてでも、早く帰宅し、家族や友人との時間を取るというのが北欧諸国で望まれる就業形態のようです。

日本大使館では、スウェーデン人職員は実働7時間で午後5時終業となっていました。

充実した政策・制度

産休・育休制度が充実していることは有名ですが、スウェーデンの場合、両親で合わせて550日の育児休業と給与の8割支給が保障されています。
この休業期間をカップル間でどのように分けて取得するかは任されていますが、両親のそれぞれが60日以上取得することが義務付けられています。

働き方のイメージ写真

他方、育児休業取得者の穴埋めとして短期契約雇用の求人が多くなるという副作用もあることは否めませんが、失業保険が充実しているため、雇用不安はないようでした。

移民やマイノリティに対する福祉も充実しています。
移民は、スウェーデン語学校に有給で通うことができます。これはスウェーデン語を身につけるまでは、それが彼らの「仕事」だから「給料」を払うという論理によるものだそうです。
これによって彼らの早期就業を促すことで、納税者が増え、社会の安定にも寄与するという点が重要なのです。
また、親のどちらか、あるいは両方が非スウェーデン人の子供には、彼らの文化的アイデンティを保つために、親の母語を義務教育中に学べるようになっています。

高齢者福祉については、家族の負担に頼るのではなく、国による自宅介護を促進しています。介護者が高齢者の自宅を毎日複数回訪問し、さまざまな手助けをするという形で行われています。

納税という名の預金

こうした高福祉を支えているのは高い税率です。

所得税については、累進課税に基づき、高額所得者は非常に大きな負担を求められていますが、他方、低所得者には所得税は課されません。とは言え、スウェーデンの消費税率は25%と世界一高く、故に物価が非常に高くなります。
したがって、高収入であれ低収入であれ、貯金をする余裕があるスウェーデン人はあまりいません。

社会福祉のイメージ写真

それにも関わらず、国民の間でそれほどの不満が聞かれないのは、「納税とは国という銀行に預金するのと同じこと」だという解釈がされているからでしょう。失業や病気など不測の事態が生じても国から支援を得られることが確実ならば、多少の貯金があるよりも、むしろ安心感のほうが高いのではないでしょうか。

短期契約の研究職を得ては国際引越しを繰り返してきた私にとっては、「将来不安がない」という高福祉国家の人々の状況は、正直なところ、想像を遥かに超えています。

雇用や福祉に関する政策は、各々の国や社会の事情に基づいて行われなければなりませんが、つつましい生活にも関わらず、世界の幸福度ランキングでは常に上位を占めるスウェーデンをはじめとする北欧諸国に学ぶところは多いように思います。