海外生活のヒント~アラブ首長国連邦(UAE)編と外国人として生きるということ

最終回は、アラブ首長国連邦(UAE)で経験したことと、外国人として生きていくことについてお話ししたいと思います。

アラブ首長国連邦(UAE)の教室風景

UAEでの大学勤務は、今まで経験したカルチャーショックと全く性質を異にするものでした。

UAE ブルジュ・ハリファとドバイの都市風景の写真

教室に行けば、一様に白装束の男子学生と、黒装束の女子学生を前にして講義することになります。

アラブ男性の白装束は、カンドゥーラと呼ばれ、用いられる白布は日本製のものが最適と言われていました。
また、アラブ女性の黒装束は、頭から踵までを覆った衣装で、顔を覆う範囲の程度によって、アバヤ、ニカブなどさまざまな種類があります。女子学生によると「寝坊して、パジャマの上からアバヤを着て学校に行った経験は、誰しも一度はあるはず」ということでした。

男女別学の学部が多かったのですが、私の所属した国際関係学部は、“一応”共学でした。
“一応”というのは、教室の真ん中に高さ1メートル強の壁が設けられており、男子学生と女子学生が壁を境に別々に着席して講義を受けていたからです。

中央に壁が立てられている教室の写真

ウクライナでの生活がスタート

さて、現在の私はウクライナの大学に赴任して5か月あまりが過ぎたところです。

ウクライナ キエフの風景写真

こちらに来て感じたのは、管理職に女性が多いということです。これは旧共産圏に共通する特色であり、東欧諸国でのどこでも見られる状況のようです。
他方、ソビエト連邦時代の硬直的官僚システムが根強く残っており、あらゆる事務手続きにやたらと時間がかかることには、早くも辟易しています。

しかし、これからも新たな環境やその人々について学び、私の仕事である教育を通じて、この地の学生たちにも世界の多様性について伝えていくことで、彼らが世界の中の自分について考えるきっかけになるよう、努力したいと考えています。

外国人として生きるということ

2020年を迎え、私の海外生活はなんと21年目に入りました。

「外国人であること」は何かと根性がいることですし、さすがに疲弊してきたと感じることもあります。
私の場合は、日本企業や政府機関に所属せず、一研究者として、いわばソロ在外勤務なので、尚更です。

日本と世界との関わりのイメージ

それでも、世界最強(2019年現在)の日本旅券所持者であることで、私がこれまで受けてきた恩恵は計りしれません。
就労ビザ申請費用は、欧州諸国の友人に比べてもかなり安価だった(無料の場合さえあった)し、学会参加や出張はもちろんのこと、フライトの乗り継ぎ地変更といった不測の事態が生じた場合でさえも、常にビザなしで対処できました。

これは、戦後の日本人が世界各地で立派な仕事をしてきた実績とともに、日本が平和外交に徹してきたことによって得られた信頼によるところが大きいのでしょう。

悲喜こもごもの私のこれまでの海外生活を、最後までお読みいただきありがとうございます。

日本のような便利で安全な国に生まれたのに、何故こんな面倒な人生になっているのかと思うことも少なくはありません。これが、乗りかかった船というものなのかもしれません。

外国で暮らし、勉強や仕事をする上では、私が現地の人々に与える印象がそのまま日本の印象になってしまう場合もあることを肝に銘じてまいりました。 20年ばかりの私の外国人としての生活における、座右の銘のようなものかもしれません。