メンター制度の導⼊による 製造現場の若⼿社員育成【第5回 ⼈が育つ職場とは?】

⼈が育つ職場づくりの実践例

第4回では、職場で⼈を育てるための「職場風⼟づくり」の重要性と、マネジャーを基点とした取り組みのポイントについて紹介した。

今回は、これまで紹介してきた「経験学習の⽀援」、「メンバー同⼠の関係性」、「⼈が育つ職場環境づくり」といったポイントをふまえ、実際の取り組み事例を紹介する。

製造現場のコミュニケーション改善策は︖

A社では近年、⾃社⼯場でのトラブル件数の多さに頭を悩ませていた。その原因として、まず考えられたのは、現場社員の勤続年数が⽐較的短く、業務の習熟度がそれほど⾼くないことだった。
しかし、調査を進めるなかで社員同⼠が⽇頃お互いにコミュニケーションを取っておらず、仕事中に指導どころか意思疎通そのものがほとんど⾏われていないことが、それ以上に問題となっている実態が明らかになった。

同社では、社員は⼊社初年度こそ、さまざまな集合研修やOJT を受けるものの、2年目以降は管理職になるまで、そうした教育機会もほとんど⽤意されていなかった。そのため、業務遂⾏能⼒や仕事に対する意欲の向上が⼤きな課題となっていた。

メンター制度の検討

そこで同社では、⼊社2年目以降の若⼿社員に対し「メンター」と呼ばれる指導者(⼊社5年目以上の中堅社員が担当)をつけ、職場でのかかわりの中で指導・育成を⾏う制度を構築した(図1)。

図1 メンター制度の全体像
しかし、単にメンターを指名しただけではメンター本⼈に負荷が集中してしまうため、同社では「メンターはあくまで指導の代表者」であり、他のメンバーも含めた「職場全体で⼈を育てる」ことを運⽤の基本⽅針に据えた。

そして、職場上司を「メンター制度の責任者」として明確に位置づけることで、若⼿社員の指導をメンター任せにしない仕組みとした。

さらに、メンター経験者を優先的に管理者に推薦する仕組みとすることで、職場で⼈を育てる風⼟の醸成を狙ったのである。

メンター制度を⽀えるさまざまなツール

また同社では、制度を導⼊するにあたってさまざまなサポートツールを準備した。

【上司⽤/メンター⽤ガイド】

メンター制度導⼊の背景やねらい、制度の概要、上司・メンターに期待される役割、具体的な進め⽅を整理したもの。全社共通の認識の下で制度を運⽤するため、事前に社内説明会を実施し、管理者層に内容を伝達した。

【若⼿社員⽤の学習ノート】

⽇頃の指導を通じて学習したことを記録するためのノート。
単に活動内容を記録するだけでなく、ノートに盛り込まれた⾏動チェックリストや理解度確認テストを⽤いて、⽇々の活動をふりかえることができるようになっている。また、このノートを⾒ることで、現在の学習状況がメンターや上司だけでなく、職場の他メンバーにも共有され、職場ぐるみで的確な指導を⾏うことができるようになっている(図2)。

【メンタリング計画書】

職場での指導を場当たり的なものとせず、計画的かつ段階的に指導を⾏うためのシート。
期初に年間の指導・育成計画を⽴てることで、活動の進捗確認や成果評価にも役⽴てることを意図している。
図2 ⾏動チェックリスト(学習ノート)の例

メンター制度導⼊の壁

当然のことながら、こうした取り組みは単に制度をつくり、ツールを準備すればうまくいくという問題ではない。制度を円滑に導⼊するためには、事前にいくつかの壁をクリアしておく必要があった。
  1. 現場管理者の反発
    メンター制度の導⼊にあたっては、当初から現場管理者の強い反発が予想されていた。
    そこで事務局は、まず始めに制度の検討委員会を設け、現場に影響⼒が⼤きいと思われる管理者に、委員として参画してもらうことにした。こうして、現場管理者を制度の検討段階から巻き込み、意⾒や要望を制度に反映させることで、制度導⼊の協⼒者を地道に増やしていったのである。
  2. メンターの抵抗感
    「メンターは指導の代表者」とはいえ、最も負荷がかかってしまうことは避けられない。そこで初年度は、まず⼈材育成に対する問題意識が⾼い職場(管理者がメンターを積極的にフォローしてくれる職場)を中⼼にメンターを選出し、成功事例を作ってから全社展開するという⼆段構えで制度を導⼊することにした。
その他、上司やメンターが若⼿社員育成の意義を理解し、指導に必要な知識・スキルを体系的に⾝につけることができるよう、制度導⼊の半年程前から説明会や研修を段階的に実施するなど、着々と制度導⼊の準備を進めていった。

これらの⼯夫により、制度の検討には時間を要したものの、結果的にはスムーズに運⽤をスタートすることができたのである。

メンター制度導⼊の効果

同社におけるメンター制度の取り組みはまだ始まったばかりであるが、制度の導⼊によって、指導を受ける若⼿社員はもちろん、メンター本⼈や職場全体にも次のような変化が期待できる。

【若⼿社員】

・仕事をやりっ放しにせず、PDCA サイクルを確実に回すことで、“活動のふりかえりから学ぶ習慣”を⾝につけることができる(経験学習の促進)
・メンターからのフィードバックを継続的に受けることが、⾃⾝の成⻑実感や⾃信につながり、それが次の⾏動への動機づけとなる(関係性の強化、動機づけの促進)

【メンター】

・後輩指導の経験を積むことにより、管理職やリーダーに求められる部下指導・育成スキルの習得につながる
・若⼿社員のモデル(⼿本)役を担うことで、⾃⾝のこれまでの仕事に対する意識や取組み姿勢を⾒直すきっかけになる(若⼿社員の指導を通じて、メンターだけでなくマネジャーや周囲のメンバーにも気づき、学びが⽣まれる)

【職場全体】

・社員同⼠が仕事上で接点を持つようになることで、⽇常のコミュニケーションが促進される(関係性の強化)
・職場のメンバー同⼠が協⼒して業務に取り組むことで信頼関係が醸成され、職場の連帯感が⾼まる(関係性の強化)
・個⼈が成⻑し、職場の⼈間関係が密になることで、個⼈の能⼒の総和以上の成果を⽣み出すことができるようになる

制度導⼊にあたっての注意点

ここまで、ある企業の取り組み事例を通じて、「職場で⼈を育てる」ためのポイントを紹介してきた。しかし、こうした取り組みを⾏う際には、次の点に注意する必要がある。

(1)育成に関する基準を明確化しておく

形だけ制度を作っても、肝⼼の育成基準(若⼿社員をどこまで育てればよいのか)が不明瞭では計画の⽴てようがない。また、若⼿社員を指導する際に「メンターや上司に期待される役割や能⼒」が明確にされていなければ、職場によって育成のしかたに⼤きなバラつきが⽣じてしまうだろう。

このように、制度の導⼊にあたっては、その拠り所となる基準(求められる⼈材像や⼈材育成⽅針、階層別の能⼒要件等)をまず明確化することが重要である。

(2)制度の導⼊を最終ゴールとしない

当たり前の話ではあるが、こうした制度を導⼊する目的は、あくまで「⼈が育つ職場をつくる」ことであり、「制度を導⼊する」ことはその⼀⼿段に過ぎない。しかし現実には、いつのまにか制度を導⼊することそのものが目的となってしまい、導⼊後のフォローがほとんど⾏われていないケースも多い。

やや逆説的ではあるが、“制度がなくても職場に⼈を育てる習慣が根づいた状態”を実現するために、今、制度を導⼊するというスタンスが、本来あるべき姿ではないだろうか。
これまで5回の連載を通じて、「⼈が育つ職場」をつくるために押さえておくべきポイントや、実際の取り組み事例について紹介してきた。こうした活動を継続していくためにはさまざまな困難を伴うが、⾃社・⾃組織の未来を担う⼈材を育てるためにも、ぜひ粘り強く取り組んでいただきたいものである。

次回は、これまでの論点を総括し、「⼈が育つ職場づくり」についてあらためて提⾔する。