職場における経験学習の⽀援【第2回 ⼈が育つ職場とは?】

経験の振り返りによる学習

第1回は、新⼊社員フォロー研修の事例を通じて、「経験の振り返りによる学習」と「関係性の促進による双⽅向の学習」をうまく⽀援することができれば、⾃然に「⼈が学び育つ職場環境」ができていくことを確認した。

では、⽇々の職場において、これらの学習をうまく⽀援していくには、どうしたらよいのだろうか。
今回は、前者の「経験の振り返りによる学習」に焦点を当てて、職場における⼈材育成のあり⽅を考察してみよう。

“状況適応能⼒”をいかに⾼めるかが課題?

皆さんは、近年の若⼿社員の特徴をどのように捉えているだろうか。

「まじめで理解⼒が⾼い」、「向学⼼が強い」、その反⾯、「⾔われたとおりのことしかしない」、「⾃分で考えて答えを導き出せない」、「ある程度のところで満⾜してしまう」、「成果の真意を理解していない」。

このような若⼿社員の傾向を、しばしば⽿にする。⼀⼝に若⼿社員といってもさまざまなので、⼀概に断定はできないが、どうやら、「どうやってやるか」を覚える“基本的能⼒” は⾼いが、「何をすべきか」を⾃ら考えて動く能⼒、つまり“状況適応能⼒” が不⼗分な若⼿社員が少なくないということが⾔えそうだ。

もし、こうした若⼿社員が、そのまま中堅、ベテランとなり、“状況適応能⼒” が未熟な社員がどんどん増えていくと、その組織はどうなってしまうだろうか。

おそらく、マニュアルワーカーばかりになってしまい、新たな発想や活気もない、当然、環境変化に対応できなくなり、⽇に⽇に衰退していく、そんな組織になりかねない。

近年では、複雑な状況のなかで判断を求められる仕事や、新たな発想を必要とする仕事がますます増えているのが実態である。その意味でも、若⼿社員の“状況適応能⼒” を⾼める必要性は増している。

若⼿社員の状況適応能⼒をいかに⾼めていくか、このテーマは、多くの企業にとって⼈材育成上の⼤きな課題になるだろう。

ビジネスパーソンに必要な“状況適応能⼒”

ここで、前述の“基本的能⼒”“状況適応能⼒” という⽤語について、少し説明を加えておく(図表1)。

ビジネスパーソンが仕事を遂⾏するために必要な能⼒は、“基本的能⼒” と“状況適応能⼒” の2 つに分けて捉えることができる。

基本的能⼒とは、仕事を遂⾏するうえで必要な基本知識や技術を指す。商品知識、業務知識などの正しい理解や、決められたやり⽅を正しくできる能⼒であり、Off-JT でのトレーニングやマニュアル学習などによってある程度、⾼めることができるものだ。

これに対して状況適応能⼒とは、状況に合わせて⾃ら主体的に問題を解決していくことができる応⽤能⼒を指す。「○○業界で取引を成功させるためのノウハウ」、「○○分野でヒット商品を出すコツ」、「顧客に合わせた対応の仕⽅」といったものである。 これは、唯⼀絶対解がない状況において発揮される能⼒なので、本⼈が経験を通じて試⾏錯誤しながら⾃らつかみ取るしかないという性質をもつ。

昔から「勉強ができることと、仕事ができることは別」と⾔われるが、どんなに“基本的能⼒” が⾼くても、それを実際のビジネスに応⽤する“状況適応能⼒” が未熟であれば、その⼈は仕事ができる⼈材とは⾔えない。そのため、どのようなビジネスパーソンであっても、経験を通じて状況適応能⼒を⾼めることが不可⽋となる。

経験学習の積み重ねが重要

では、状況適応能⼒を⾼めるには、どうしたらよいのだろうか。そのよりどころとなるのが、“経験学習モデル” である。経験学習モデルとは、「経験→省察→概念化→実践」という4 つのプロセスを踏み、このサイクルを回すことによって、⼈は学習するという考え⽅である(図表2)。

単に経験を重ねるだけでなく、経験においてさまざまなことを感知し(経験)それを素材として深く振り返り(省察)そこから教訓や概括的な意味をつかみ(概念化)それを新たな状況において応⽤する(実践)。そして、さらに経験をして……、といった⾏動を繰り返すことで⼈は学習し、成⻑していくとしている。

理解を深めるために、ある営業担当者の活動を例に、経験学習のプロセスを追ってみよう。

①経験
例えば、ある営業担当者がこれまでにない新商品を販売する場合、この営業担当者は、⽇々の顧客訪問における成功や失敗の“経験” からさまざまなことを感知することになる。

②省察
そして、ときに⾃分の“経験” から感知したことを振り返って、なぜ商談が成功したのか、失敗したのかを深く考え、内⾯化する。

③概念化
すると、この“省察” から、「新商品の機能を説明するよりも、顧客のニーズを確認した後で具体的⽤途を説明したときのほうが、どうも商談は成功しているようだ」→「顧客ニーズの確認後、具体的⽤途を説明すれば商談は成功する」といったことに気づき、今後の活動に役⽴つ教訓をつかむことになる。

④実践
そして、この教訓を営業活動の新たな状況に活かし、“実践” するのである。

以上が、この営業担当者が実践した経験学習の1つのサイクルということになる。

経験学習モデルによれば、このようなプロセスを踏むことによって、⼈は学習し、いろいろな状況に適応するための⾏動を⽣み出していく。そして、その後もさらにこのプロセスを継続的に繰り返すことで学習し、成⻑していくことになる。状況適応能⼒は、この過程を通じて養われていくと考えられる。
つまり、状況適応能⼒を⾼めるには、経験学習をいかに積み重ねるかが重要となるのだ。

ここでは営業担当者の例をあげたが、このような経験からの学習は、あらゆる職種のビジネスパーソンが⾏っている。みなさんも、過去に失敗や成功の経験をとおして、そこから何かを学びとって次の活動に活かしたという憶えがあるだろう。そのときの学びのプロセスが経験学習ということであり、このプロセスを継続的に繰り返すことで、状況適応能⼒を⾼め、成⻑してきたはずである。

若⼿社員の経験学習を⽀援する

前述の営業担当者の事例がそうであったように、経験学習は、基本的には当事者本⼈が⾃分⾃⾝で⾏う学習だ。したがって、「本⼈が勝⼿に取り組めば、それでよいではないか」と考える⼈もいるだろうが、それは意外に難しいことである。

たしかに、もともと状況適応能⼒が⾼い若⼿社員であれば、放っておいても問題ないかもしれない。そういった若⼿社員は、⾃分で経験学習を重ねてきたからこそ状況適応能⼒が⾼いのであり、経験から学習する術を無意識のうちに⾝につけていると考えられる。

ところが、状況適応能⼒が低い若⼿社員はそうはいかない。
そもそも、経験から学ぶ術を知らないのだから、職場においてそれをしっかり習得させる必要がある。つまり、本⼈が経験から主体的に学習できるようになるまで、周囲が地道に⽀援することが求められる。

その⽀援⽅法としては、⼤きく次の2 つがある(図表3)。

①気づきにつながる“経験の場” を意図的につくる。
②経験を⼀緒に振り返り、“対話” を通じて気づきを引き出す。


この2つの⽀援を繰り返すことで、若⼿社員は経験から学ぶ術を⾝につけ、状況適応能⼒を⾃ら⾼めていくようになる。結果として、「何をすべきか」を⾃ら考えて⾏動する、状況や相⼿を⾒て⾃ら考え最善解を導き出す、そんな社員が育つことになるのだ。
今回は、「経験の振り返りによる学習」に焦点を当てて、職場における⼈材育成のあり⽅について考えてきた。

次回は、経験学習の⽀援においてもポイントとなる“対話” に焦点を当て、メンバー同⼠の関係性に着目した⼈材育成について考えていく。