人的資本経営への道~役員層に求められる知識要素を探る~

人的資本経営への道~役員層に求められる知識要素を探る~

分析の視点

経営戦略において「人的資本経営」を重視する視点を持つための知識要素

現在、経営の視点から見た人的資本の重要性が強調されています。この動向の中で、経営戦略における人材への投資の位置づけが、企業の競争力に大きな影響を与えます。また、経営戦略と人材戦略が密接に連携することも求められ、その主導者は経営層です。今回は、この視点を念頭に『2022年度人的資本経営・DXに関する役員の意識調査』の調査結果を分析します。特に焦点を当てるのは、役員が経営戦略上で「人的資本経営」をどの程度重要視するかという問いです。そして、その視点を持つ役員の意識や行動に影響を及ぼす可能性のある知識要素を明らかにします。なお、ここでの知識要素とは、経営戦略、マーケティング、財務・会計、人材マネジメント、リーダーシップ、統計学・データサイエンス、IT・ICT、語学(他言語)、芸術・アート、リベラルアーツという、幅広くそして深く人材を形成する各領域の知識です。

分析の目的と仮説

本分析の目的と仮説を下記のとおり設定しました。

分析目的分析目的拡大
仮説仮説拡大

分析の概要

分析に用いたデータと分析手法

説明変数として先述の10項目の知識要素を使用し、目的変数は今後の経営戦略上、重要と考える施策のうち「人的資本経営」を設定しました。さらに、いくつかの機械学習手法で分析し、評価には正解率、適合率、再現率、F1スコアなどの指標を用いました。その結果、全体的に最も評価指標の数値が高かった勾配ブースティングによるモデルを採用することにしました。

分析の結果

「人材マネジメント」と「リーダーシップ」の知識レベルが高いほど、「人的資本経営」を重視

勾配ブースティングモデルの特徴量(説明変数)の重要度を確認するため、SHAP(SHapley Additive exPlanationsを用いました。下図は分析結果を簡単に表にまとめたものです(詳細は調査報告書のP06に記載)。列は「人的資本経営を重視する/重視しない」、行はそれらの「可能性を高めている/下げている」で区分しています。例えば、表左上の「人材マネジメント」と「リーダーシップ」は、人的資本経営を重視する可能性を高めている知識要素であるという見方です。つまり、“「人材マネジメント」と「リーダーシップ」の知識レベルが高いほど、「人的資本経営」を重視する可能性が高くなる傾向にある”という解釈ができます。逆に、「財務・会計」や「語学」の知識レベルが高いほど、「人的資本経営」を重視する可能性が下がる傾向にあるという解釈ができます。なお、その他のカテゴリも同様の解釈の仕方となります。

SHAPの分析結果SHAPの分析結果拡大
  • SHAPとは、機械学習モデルの予測結果を解釈するための一手法で、各特徴量が予測にどれだけ影響を与えたかを数値化するものです。また、SHAP値の解釈はその値の正負で決まります。正の値は所属するクラスの予測確率を増加させ、負の値は所属するクラスの予測確率を減少させます。

上記の分析では、「人材マネジメント」と「リーダーシップ」の知識要素が「人的資本経営を重視する」可能性を高めていることが示唆されました。そこで、「人材マネジメント」と「リーダーシップ」の知識要素間に交互作用があるかを確認しました。下図は分析結果を簡単に表にまとめたものです(詳細は調査報告書のP08に記載)。列は「人材マネジメントの知識レベルが高い/低い」、行は「リーダーシップの知識レベルが高い/低い」で区分しています。また、「〇」は人的資本経営を重視する可能性を高めている、「×」は人的資本経営を重視する可能性を下げているという見方です。なお、「-」は予測への影響が小さいことを意味します。したがって、「人材マネジメント」と「リーダーシップ」の知識レベルが両方とも高いと良い結果を、両方とも低いと悪い結果を予測する傾向があるという解釈ができます。

交互作用の分析結果交互作用の分析結果拡大
  • 交互作用とは、異なる特徴量が結果に影響を及ぼす相互関係のことです。単一の特徴量が個々に持つ影響力だけでなく、それらが組み合わさってどのように全体の結果に影響を及ぼすかを理解するための概念です。

考察

分析結果から、経営戦略において人的資本経営を重視する視点を持つには、「人材マネジメント」と「リーダーシップ」の知識要素が重要であることが明らかになりました。この結果は、従業員一人一人の能力を最大限に引き出し、組織全体のパフォーマンスを向上させるという、人的資本経営の観点を裏付けるものです。
先行仮説では、「経営戦略」の知識もまた、人的資本経営を重視する上で重要な要素であるとしていました。しかし、その影響は限られた範囲内であり、「経営戦略」の知識は、人的資本経営を重視しない可能性を下げることには寄与しているものの、それを直接推進するものではないと解釈できます。なお、「財務・会計」や「語学(他言語)」は人的資本経営を重視する可能性を下げる傾向にありましたが、これはあくまで知識レベルの高いサンプルの傾向であり、これらの知識を高めると人的資本経営を重視しなくなるわけではないことを補足しておきます。
企業の成長という観点から見ると、戦略的な視点だけでなく、個々の従業員の能力を最大限に活用する「人材マネジメント」と「リーダーシップ」の知識と理解が求められます。そのため、これらの要素を熟知し、具現化するための具体的な知識とスキルを身につけることが、人的資本経営を推進し、組織の競争力を高めるための鍵となるでしょう。
最後に、当分析はあくまで現時点でのデータに基づいた結果であり、今後の状況変化によっては重要な知識要素も変わる可能性があります。そのため、これからも定点観測しつつ、継続的に分析していく予定です。

▼本分析結果に基づく考察や詳細などは下記の分析レポートをご参照ください。

筆者プロフィール

藤原 隆明

(Fujiwara Takaaki)

学校法人産業能率大学 総合研究所
マーケティング部 マーケティングセンター
プロジェクト・リーダー
データサイエンティスト

  • 所属・肩書きは掲載当時のものです。
藤原 隆明