「人的資本経営が潮流の中で~人材育成のあり方を問い直す~」実践事例トークセッションレポート【ダイジェスト版】

「人的資本経営が潮流の中で~人材育成のあり方を問い直す~」実践事例トークセッションレポート【ダイジェスト版】
2022年5月13日、人材育成の大潮流にある「人的資本経営」、その最新報告書人材版伊藤レポート2.0が経済産業省より公表されました。このタイミングに合わせ、産業能率大学総合研究所では人的資本経営の実践に向けた観点や課題解決へのアプローチを考察しディスカッションするオンラインイベントを開催しました。 この記事では注目ポイントを厳選してダイジェスト版としてご紹介します。

「人的資本経営」推進のキーパーソンと本学コンサルタント、研究者のディスカッションが実現

「人的資本経営報告書(人材版伊藤レポート2.0)」の概要は、先行情報として既に紹介され始めていましたが、本イベントでは「人的資本経営に関する調査集計結果」「実践事例集」を交えた最新情報を、「人的資本経営」推進のキーパーソンである経済産業省 島津裕紀様(経済産業政策局産業人材課長)より直接ご紹介いただく機会となりました。

今回のイベントで好評だったのが、「戦略」と「人事」領域の本学コンサルタント、研究者と島津様との鼎談です。「人的資本経営」の実現に向け想定される組織内の葛藤や障壁等を問題提起しながら、ディスカッションが行われました。
そこでは、多くの方にも知っていただきたい有意義な論点での議論が多数ありましたので、配信の様子を申込者限定で全編公開いたします。フルバージョン動画のご視聴を希望される方はこちらからお申し込みください。

「人的資本経営が潮流の中で~人材育成のあり方を問い直す~」ダイジェスト(約1分20秒)

第1部「人的資本経営の本質と人材育成部門の課題~「人材版伊藤レポート2.0」の本質を紐解く」

まずは、経済産業省の島津裕紀様より、表題のテーマでご講演いただきました。冒頭、「人材版伊藤レポート(2020年9月)」公表後、3つの大きな環境変化が生じ、「人的資本経営実現に向けた検討会」で議論を重ねた内容が、「人材版伊藤レポート2.0」でまとめられたこと、そしてこの最新レポート公表のねらいが紹介されました。

「人材版伊藤レポート2.0」について解説する経済産業省・島津氏

特に、「人的資本経営」の象徴的枠組みとなる「3つの視点と5つの共通要素」をさらに深堀、高度化し、取り組みとその重要性、さらには有効となる工夫を示したものが「人材版伊藤レポート2.0」であり、経営陣が変革を主導し、各企業において重要となる課題を特定し腰を据えて取り組むに当たり、参考となるアイディアの引き出しとして本レポートを提示している旨が強調されました。また、検討会のメンバーの声として、「企業経営層と投資家が一同に会し、異なる視点から議論を交わすことで新たな気づきを得られたことに大きな意義があった」として紹介されました。

人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素(3P・5Fモデル)

「人的資本経営」に関する最新情報として、「人材版伊藤レポート2.0」の実践に向け特に重要となる項目をピックアップし、データに基づく実態(「CHROの設置」「経営戦略の意思決定への人事部門の関与」等)と人的資本経営の推進事例(「実践事例集」から3社)を紹介。また先の「3つの視点と5つの共通要素」(上図参照)の枠組みに基づき調査・集計が行われた「人的資本経営に関する調査集計結果」からは、特に取り組みへの進捗が遅れている7つの課題が提起され、その中でも進捗が最も遅れている「動的な人材ポートフォリオ」について、他の取り組み進捗(「重要な人材課題の特定」「As is-To beギャップの定量把握」「リスキリング・学び直し」)との相関が特に高いことも示されました。

経営陣が認識する、人的資本経営の進捗状況

最後に、「経営陣の意思とその実現に向けた組織内における共感の場づくりの重要性」「人的資本経営の先頭を走る企業も常に切迫感のある問題意識をもって課題を明確にしている」「企業と投資家が様々な形で意見を交わし、高みを目指して行く場がこれからも求められる」としてまとめがありました。

第2部「人的資本経営に取り組むために~戦略と人事領域の双方から考える「人的資本経営」着手への観点~」島津様、飯塚センター長、横溝研究科長による鼎談

当日のイベントの様子
第2部の冒頭は、第1部の島津様の講演を受け、本学の飯塚登(経営管理研究所戦略ビジネスモデル研究センター長)と横溝岳(産業能率大学大学院マネジメント研究科長)からの感想で始まりました。
飯塚

人資本経営という、本質的かつ重要な概念の気運づくりを国が進めていただきましたことに「待ってました」という印象です。現状、人的資本経営を進めていくにはいろいろな「」があり…。今日はこの壁の克服に向けて掘り下げていきたいですね。

横溝

人的資本経営は、「中長期の時間軸」での実現が重要です。短期的では難しい。また、今回「各企業の実践事例」が紹介されていることが大変参考になるのではないでしょうか。

3名による鼎談は、まず横溝研究科長より、人材育成における「実務からの人的資本経営の視角」と題し、5つの問いが投げかけられました。その一部を以下にご紹介します。

①人的資本に投資して回収できるのか?

実務からの人的資本経営 5つの視角
横溝

昨今、離職・転職が盛んな状況では、投資しても回収できないことが多く想定されるのではないでしょうか?特に中小企業は、投資への躊躇が生まれるのではないかと感じます。

無形資産はどこまで行っても定量化できません。経営者がストーリーを自身で考え、その中で人材育成への投資をどうするのかをしっかり説明していくしかないのではないでしょうか。

島津氏

一定の人が辞めることを所与するものとして会社を経営していく。その中でも育成への投資をしっかり行えば、それを高く評価し、期待し新しい人も入ってくる。このことを重要なマーケティングコストして考えるべきだと、ある企業のご担当者のお声をいただきました。

島津氏
横溝

10年ぐらいの時間軸で投資していく。どういう人材に投資していくかを決め、早く投資していく必要がありますね

②人材の育成と調達を区別できるのか?

横溝

人的資本投資を考えるとき、「人材ポートフォリオ」が役に立ちます。経営戦略との連動を考えるならば「戦略重要性」の軸が必要です。また、企業特異性(強み)軸は、戦略を描く上での足掛かりになります。ポートフォリオの右上部は、固有の知識・技術がある領域で、人数を増やしていくにはリスキルが必要です。右の上下で、内部育成するのか、外部調達するのかの区別は、経営戦略が曖昧だと区分けできません

飯塚

まさに企業経営は両利きの経営であり、既存事業においては戦略を明確にし易い。その反面、新事業開発やイノベーションについては、不確実性が高く戦略は曖昧で「やってみなはれ」になる。余裕がなければ手を付けられない状況です。もしくは事業担当者に任せ、とりあえずKPIで評価しておくということになるでしょう。

飯塚

事業部門の担当者と経営者のコミュニケーション、ディスカッションが重要で、そこにCHROが関与していくことが重要です

③戦略的人材スペックを明確化できるのか?

横溝

経営戦略実現に向けて人材を育成していくには、戦略的人材に必要な要件を明確にする必要がありますが、その要件は果たして明確にできるのでしょうか?特にホワイトカラーの知識や技術は暗黙知化していて、言語化し明確にすることが難しい。経営戦略を描く必要において、ホワイトカラーの人材育成要件は難題ではないでしょうか?

「人材版伊藤レポート2.0」のP.46「(2) ギャップを踏まえた、平時からの人材の再配置、外部からの獲得」の中の「工夫1:不足する人材の質に応じた確保戦略の検討」の項目を参照頂きたいですね。検討会の中でも、経営戦略に人材戦略をシンクロさせなくてはいけないということではなく「双方向」であると言う議論が交わされました。

島津氏

「自社における今の人材の質や専門性、競争優位性などを考えると今の経営戦略のままで良いのか?」もしくは「拡大ではなく人材を活かせる分野に進出していくのはどうか?」等、人材を起点に選択と集中をしていくといったように、経営戦略と人材戦略の連動は、いわゆる「双方向」だということです

島津氏

ジョブディスクリプションを作るような実務的なことの以前に、「わが社としてどうなのか」という議論の場を設けることが、まずは入り口として必要です。

島津氏
飯塚

経営者は事業を拡大するための戦略立案において、新たなテーマに必要なナレッジをすべて完璧に有して、戦略を描けるわけではありません。役員、事業責任者、CHRO、さらには現場の担当者と一緒に考えていく必要があります。あるいは経営者に対し現場の考えを訴える場や時間を設ける、そして経営者がこうした声に対し聴く耳を持つなど、「理解する感覚」を持ってほしいですね

イベントでは、残りの2つの視角についても横溝研究科長から投げかけられました。

④育成要因(投資領域)を見える化できるのか
⑤育成過程をマネジメントできるのか

その中では、育成要因の分析の結果、育成要因が見えてくれば躊躇なく投資をし、中期的にその投資効果を測定していくこと、特に「経験のさせ方」やキャリアの観点が重要である点が論じられました。また人事部門のケイパビリティとして現場の仕事を十分に理解していないことへの問題提起と育成過程のマネジメントについては、実在者のキャリアから帰納的に明らかにし、どのように育っていくのかを整理していくことで、戦略的な知識・技術を持っている人が今どのくらいいて、何人育成中なのかが分かる、といった具体的な取り組みのヒントも提供されました。

鼎談中は、視聴者からのチャットやQ&Aの投稿にも回答していきました。その一部を紹介します。

Q:「戦略的なIT人材を調達した際、企業文化に合わせることは難しいのではないのではないでしょうか?文化を理解している人はよくても、理解していない人は育成し難いのではないでしょうか?」

横溝

既存の文化を変えていく発想も必要です。戦略の過程で文化をつくる。そのためには、経営者がどういう文化をつくるのかというメッセージの発信が重要です。「文化に合わせる」という発想は変えていくべきです。

Q:「それはパーパスで文化や未来を創るということだろうか?」

パーパスで未来を創るという発想でいえば、マイパーパスと会社のパーパスの擦り合わせという事例があります (※1)。育成要因が会社として定義できているかは、経営戦略的視点が前提となります。人事部だけでやろうとすると、どうしても働き方改革やエンプロイアビリティを高めるためにどんな研修をやろうか?という発想になってしまいます。「人材版伊藤レポート2.0」で訴えているのは、経営戦略として必要な人材をどう定義し、不足している知識や技術をどう育成していくかということです。

※1「実践事例集」の事例12:P.51 SOMPOホールディングス様

島津氏

個人の育成要因で何を明確にするかのプロセスとして、SOMPOホールディングス様の事例がこれにあたります。個人のマイパーパスについて投げかけをして、「それが会社のパーパスと合えば会社にいれば良いし、合わなければどうするか考えれば良い」という“対話”を積極的に行っているケースです

島津氏

Q:「自分の目的(パーパス)を考えさせるということだが、多くの人はそんな高次なことを考えているのでしょうか?描けない人はどうするのか、辞めていくしかないのか?そうした議論は研究会ではありませんでしたか?」

すべての会社に当てはまるわけではありませんが、このSOMPOホールディングス様の事例も、「あなたが自分で考えて」で終わるのではなく、描くにあたってはその個人に向き合って説き解しながら、マイパーパスが言語化できるように育成とアドバイスをしています。これはマネジャー側の資質やマネジメントスタイルなど、より高度なマネジメントが求められてくる部分です。

島津氏

飯塚センター長からは、事業戦略のコンサルティング支援の実感として、技術・ノウハウと市場/顧客へのアプローチの2軸から区分される事業展開のレベルに応じた、「現実的な4つの壁」が紹介されました。また、人・組織のKPI→事業活動のKPI→企業価値向上につながる成果のKGIの連動において、PI(目標指標)が多すぎる現状やK(key)の背景が不明瞭で連関が曖昧といった、KPI検討時における現実的な壁も紹介されました。
この問題提起により、既存事業の深化・拡大、また新事業開発におけるリスキルのあり方や「示された目標指標は何のためにやるのか」という意味理解とそのための共有の機会・場づくりの重要性について、議論が発展し質問も寄せられました。

Q:「新しいビジネスを推進するには、外部調達も必要ではあるが、既存事業においても新しいビジネスを創る体験や思考は有効ではないかと考えます。お金で時間を買う、外部から調達をするだけでは、自分たちの力が弱体化するのではないでしょうか?」

この質問はリスキル、学びなおしに関連しますね。どういう思いでリスキリングさせているかは、その会社の新事業開発の命運を分けます。人材版伊藤レポート2.0「実践事例集」(※2)の中では、新しい分野のキーパーソンを連れてきて、スキルを伝播させる勉強会を開催すると、もともといた社員に「新しいものを教えてもらえるぞ」という気持ちが高まり、次々に学ぶ人が増加するサイクルが生まれることを紹介しています。

※2「実践事例集」の事例09:P.39 サイバーエージェント様

島津氏

あるいは兼業・副業や社内起業をさせて、戻ってきて本業にも活かしシナジー効果を発揮させる、事業部長経験という高次の修羅場経験を活かすなど、こういう取り組みが前向きにできる会社かどうかが、今後ポイントになっていくでしょう。

島津氏
横溝

市場深化でだけやはり戦略的経営といえません。新たな市場への展開があっての戦略だと思います。戦略というのは10年ぐらいを見据えるべきですが、市場深化に関わっている既存の人的資源の知識やスキルも市場の変化の中では進化しており、いわゆるダイナミック・ケイパビリティを仕掛けていく必要があるのではないでしょうか。

Q:「経営戦略や人材戦略、KPIの意味を伝えるという観点で、何か情報提供いただけますか?」
飯塚

意味を伝えるだけではなく、どういう経験をさせるのか。さらには、やっていくプロセスを通じて、自身に不足している知識やスキルを考えさせたり、自覚してもらうことも必要でしょう。さらには、そこに人事部も入って一緒に考えさせるべきですね。

経営戦略目線と現場の目線を合わせていく点については、トップが何回も何回もタウンホールミーティングを繰り替えて意味を伝えていく事例があります。十分に浸透させるために5年かかったそうです。

島津氏

また、自社の独自戦略を自社の言葉に置き換えて伝えること(わかるように伝える)も大切です。パーパス浸透のための「マジきら会(真面目な話を気楽に話す会)」(※3)、や「あした会議(役員と社員が未来の重要な経営課題について議論・発表)」(※4)など、会社独自のコミュニケーションの場づくりを通じて、独自のワードの浸透、共有化を図っています。ここまでやらないとお互いの気づきは得られないでしょう

※3「実践事例集」の事例13:P.57 東京海上ホールディングス様

※4「実践事例集」P.40サイバ―エージェント様

島津氏

登壇者3名からのメッセージ

今回のイベントは新しい考えを巡らす良い機会となりました。経営戦略と人材戦略の連動について、膝づめで話し合う機会を設けることは逃れられません。そしてとりあえずやってみる。こうした状態が高まることを期待しています

島津氏
飯塚

議論をし、問題と課題を抽出することをまずは進めましょう。その際に、総論賛成はなく、「本当にこの経営戦略のために、この人材戦略や施策で良いのか」といった、あえて対立構造軸をもって議論することが大切です。例えば「本当にこの経営戦略のためにこの人材戦略や施策で良いのか」といった思考を持つということです。

横溝

企業経営と戦略実現に向けて、その源泉は「人的資本」であることを改めて再認識できました。


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