人事考課とは?~基礎知識と効果的な運用方法~

人事考課とは?~基礎知識と効果的な運用方法~

人事考課とは、従業員の仕事ぶりを公正に見定めるためのしくみのことです。

人事考課は組織運営において重要な役割を担っています。しかし、その重要性を十分に理解せず、義務感だけで行っているビジネスパーソンも多いのが現状です。

この記事では、人事考課の基礎から始め、組織と従業員双方に役立つ運用のコツについて詳しく解説します。人事考課は組織の成長を支える重要なプロセスであり、この記事を通じて、それを単なる年中行事ではなく、マネジメントの質を向上させる強力なツールとして活用する方法を探りましょう。

プロフィール

原 義忠 (Hara Yoshitada)

学校法人産業能率大学 経営管理研究所
人事・マネジメント研究センター長 主席研究員

原 義忠
(Hara Yoshitada)

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人事考課(人事評価)とは

人事考課もしくは人事評価という単語は、組織で仕事をしている中で頻繁に耳にする言葉です。これら2つの言葉はほぼ同義に扱われている場合も多いですが、人事評価が従業員の仕事ぶりを検証、判断するためのしくみという幅広い意味を持つのに対して、人事考課は従業員の仕事ぶりを公正に見定める、言い換えれば査定するためのしくみという意味合いで使い分けられていることもあるようです。

いずれにせよ、組織が従業員に対する期待を明らかにし、実際の仕事ぶりを検証することは、あらゆる組織において必要不可欠であるはずですが、人事考課が上手く機能していない組織も多いのも現実です。また、昨今の人材マネジメントのキーワードの一つである「人的資本経営」という観点からは、人材に対する投資がもたらす効果を適切に評価するという点において、人事考課に求められる役割は従前にも増して大きくなっているとも言えるでしょう。

この記事では、査定のツールとして機能も持ち合わせている「人事考課」を、組織にとって、従業員にとって「役に立つしくみ」として使いこなすためのポイントを考えてみたいと思います。

人事考課の目的

自組織が毎年度人事考課に費やしている時間コストについて考えてみたことはあるでしょうか。人材確保が困難な環境の下で生産性の向上が叫ばれている今日の組織で、有用感の薄い作業のために時間を浪費している余裕はないはずです。しかし、研修などの場面で、実際に人事考課に時間を費やしている管理職層の反応を見ていると、必ずしも人事考課を通じて実現したいこと、すなわちその組織にとっての目的が浸透しておらず、単なる年中行事として取り扱われているように感じることも多いです。

人事考課の目的は、組織の人材マネジメントの方向性や他の関連諸施策との兼ね合いによって、組織ごとに多少の濃淡はありますが、一般的には次の4つに大別できると考えられます。

①組織と従業員を結び付ける

多くの組織で、従業員の仕事ぶりの成果(アウトプット)の側面を評価するための手法として広く認知されている「目標管理」ですが、本来、マネジメントツールとしての目標管理の意義は「組織の成果と従業員の成果を結び付けること」、言い換えれば、組織が目指す成果を出すために、誰に、何を、どのレベルまで実現してほしいのかという期待を明示することにあると言えます。

人事考課における目標設定において、上司が自部署の方針を示し、その内容に従って従業員が自分の目標を考え、さらにその内容について面談を通じて共有やすり合わせを行うというプロセスは、まさにこの目的に沿うように設定されていると言えます。

また、職種やグレードによって定められた一定の基準に沿って役割や行動を評価する場面においても、各組織が設定している「評価基準」は、組織として当該職種・等級の従業員に期待している役割や行動を明確にしたものであり、すべての従業員がこれらの基準を上回ることができていれば、組織も成長できるという前提に基づいたしくみであると言えます。

②達成感を増大させる

先に触れた目標管理の提唱者の一人であるP.ドラッカーは、目標管理の利点として、先に触れた組織と個人の連鎖とは別に、「支配によるマネジメントの代わりに自己管理によるマネジメントが可能になること」「自己管理は強い動機づけをもたらす」といった、自己統制手段としての意義も強調しています。多くの組織が人事考課のプロセスにおいて、目標を「本人」に検討させている(書かせてる)のは、こういったねらいに即した部分とも言えるでしょう。そして、自身に対する期待を事前に理解し、それが達成された際には大いに称賛されるという流れを通じて、自分の仕事に対する明瞭な達成感を感じることもできます。

時折、人事考課や目標といったものの存在が部下のやる気を損なっているのではないかとの不安を耳にすることもありますが、実態は人事考課の運用が適切に行われていなかったり、適切な目標が設定されていなかったりすることも多く、人事考課が達成感の向上に役に立つしくみとして機能するためには「正しい使い方」を知ることが重要であると言えるでしょう。

③仕事ぶりを査定する

人材マネジメントにおいて、処遇や配置といった人事管理の基礎情報として、一定のルールに基づいて作成された指標は必要不可欠なものです。すべての従業員が同じルールとプロセスに基づいて評価されているという、手続きとしての公正さが担保されなければ、査定の基礎指標として用いることはできません。

多くの組織で採用されている「行動に基づく考課」のしくみがある場合、部下の言動を完全に把握することは困難であり、かつ、基準も抽象的な表現が使われていることも多いことから、考課者(人間)の判断という、極めてアナログなプロセスが介在せざるを得ない面があります。そうすると、査定の公正さという点で、考課者ごとのバラつきが問題になりますが、行動に基づく評価のようなプロセスで導き出す評価結果は「不完全帰納推論」と呼ばれたりします。ここでは、小さなズレは避けられないものの、合理性が説明できないほどの大きなズレを防ぎ、いかに蓋然性(もっともらしさ)を高めるのかという点に注力するとともに、少なくとも「手続き」としては統一されているという状態を作っておくことも重要になります。

④公正な1on1の機会をつくる

昨今の職場は、上司と部下が食事や社外行事を共にするといった場面も減り、上司と部下の間で「自然発生的」にコミュニケーションが生じる機会も減りつつあるのではないでしょうか。一方で、本学が新入社員向けに実施した調査などからは、上司に寄り添ってもらいたい若手の姿も見えてきます。

リーダーシップの理論の一つにLMX(リーダーメンバー交換理論:Leader-Member-Exchangeの略)と言われるものがありますが、これは「上司と部下一人ひとりとの関係性」に着目したものであり、メンバー一人ひとりと良好な関係(交換関係と呼ばれる)をつくることが、職場の活性化や部下の成長につながるとされています。人事考課における面談をはじめとした一連のプロセスを契機として、上司と本人の間で幅広な話題で会話をし、個別でなければ話しにくいことも率直にやり取りできる関係を構築することが期待されます。さらに、「自分だけが特別扱いされる居心地の悪さ」を感じやすいとされる中堅~若手とのコミュニケーションにおいて、人事考課の面談が職場のすべてのメンバーが対象となる公正な機会であることも、昨今のメンバーの意識や価値観にマッチしているとも言えるでしょう。

人事考課の基本構造

人事考課とひとことで言っても、それぞれの組織で「何を評価するのか」については考え方もさまざまです。人事考課はその組織の人材マネジメントの基本的な考え方が投影されたシステムであり、各組織が採用しているしくみ(採用、教育、処遇など)との整合性の高さが求められます。

しかし、どのようなしくみが採用されていたとしても、人事考課の基本原則は変わりません。それは「期待(分母)をベースに、事実(分子)を把握して、評価基準に基づき判断すること」です。人事考課を適切に運用する上で、「自組織の分母」を正しく理解することが大前提となります。

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また、人事考課における「分母」にはいくつかの考え方が存在します。一定規模以上の日本の組織では、能力や意欲が投影される「職務行動」と、仕事を通じての「成果」の2種類の分母に基づいて人事考課を実施している会社が多いとされてきました。昨今では、「ジョブ型人事」という考え方の下、「職務記述書(ジョブディスクリプション)」に基づいた分母を設定している組織もあります。

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自組織の従業員の評価において、どの要素に比重を置くかはそれぞれの組織の人材マネジメントの基本思想に依存します。例えば、人材確保が新卒採用メインで、組織内での育成を前提としている組織においては、若手~中堅のうちは「スループット重視」の評価体系を採用することに一定の合理性があるでしょう。また、中途採用による人材確保がメインの組織では、「即戦力」を採用しているわけですから「成果重視」の人事考課がフィットするかもしれません。

ここでは人材獲得の考え方のみを例にとりましたが、人事考課が自組織で浸透し、有益なツールとして機能するためには、人事考課のしくみと人事システム全体がどのように結びついているのかを筋道立てて説明できる合理性が必須です。人事考課の適切な運用に苦慮されている組織や現場を見ていると、こうした「根本的な部分」の合理性や説明機会が足りていないと感じる場面も多々あります。組織の側には、人事考課に関するタスクの説明のみならず、根底にある目的や意図を発信する努力が求められ、考課者の側には「何の役に立てたいのか、なぜこのやり方でやっているのか」といったレベルの関心を高めることも求められているのです。

今日の人事考課の運用における留意点

ここまでは人事考課の概論的な話をしてきましたが、ここからは、人事考課を目的に沿った運用を実現する上での具体的なポイントをいくつか挙げておきます。

オープンな目標設定

「組織と従業員を結び付ける」ために、組織の目標に紐付いた個人目標を設定している組織もあると思いますが、目標設定が人事考課という人事管理上の手続の一環として行われているために、クローズドな意識(誰にも知られない、見られない)の中で作られていることが多いのが実態です。先に挙げたドラッカーの指摘に触れるまでもなく、本来、目標には組織とメンバーを方向づけるという効果があるのであり、その点からは各メンバーが設定している目標をメンバー間で共有していてもよいはずです。そして、他のメンバーとも共有できるような目標を設定していることにより、評価時点でのバラつきや妥当性の欠如を最小限にすることもできるのではないでしょうか。

一つの事例として、期初に目標設定作業を指示する際、考課者本人の設定目標を示し、それを踏まえて本人に目標を検討させている組織もあります。さらに、各メンバーから提出された目標について、考課者を含めた職場のメンバー全員で共有、検討しながら各自の目標を設定し、相互承認することを求めている組織もあります。期末の評価時には、査定のツールとしての性質上、個別に処理することが求められますが、目標設定をオープンにすることにより、職場の方向性がより一層明確になるでしょうし、評価時の納得感にも好影響を及ぼすことが期待できます。

やる気の向上につながる要件

人事考課は従業員の仕事ぶりを「公式に承認する場」であり、質の高い言動や高い成果を称賛することが、各人の達成感や成長意欲の向上につながることは言うまでもないでしょう。しかし、「称賛」の効果を最大限に引き出すためには、「何をどこまでやればOKなのか」を具体化した上で、上回った事実を明瞭にフィードバックすることが重要です。

目標というものの存在が働くメンバーの意欲向上とより高い成果につながるための要件をまとめたものとして「目標設定理論」と呼ばれる考え方があります(Locke&Latham,1984)。ここでは、以下の4つの要件が示されています。

  1. ある程度困難であること
  2. 具体的なゴールが見えること
  3. 本人が目標を受け容れていること
  4. 上司の支援やフィードバックがあること

これらは、目標のあるべき姿を示したものですが、人事考課の文脈で考えると「分母」全般に置き換えて考えることもできるでしょう。行動面の評価に対する何らかの基準に対して、具体的にどのような言動を期待しているのか、今までよりも質の高い行動をするためにどうすればよいのかを本人と共有し、行動変容を上司がサポートすることができれば、行動に基づく評価の一連のプロセスがメンバーの成果と意欲の向上につながる可能性も高まります。

「マネジメント」に主軸を置いた運用

ここまで見てきた人事考課の目的などを振り返ると、人事考課は「マネジメントレベルを映す鏡」であると言えるでしょう。したがって、本来は、人事考課というしくみの有無に関わらず、職場のマネジメントレベル、言い換えれば上司と部下による職場運営のレベルが高ければ、結果として人事考課も使いこなせているという状態になれることが理想です。

先に紹介したように、上司に対して「寄り添って、伴走してくれること」を期待している若手にとっては、目指す姿を一緒に考える機会、1対1でコミュニケーションできる機会、次のステップへの明確な道筋を示してもらえる機会として、人事考課に投資する時間は大きな価値を生むはずです。また、これは若手のみに限られた話ではなく、定年延長や再雇用によって働き続けるベテランと向き合う絶好の機会にもなり得ます。役職定年などもあって、職場における「自分の存在」に戸惑っているのは、上司の側だけではありません。部下や後輩の目を気にせず、胸襟を開いたやり取りをすることができる人事考課のプロセスを活用することができれば、上司の側も期待を伝えやすくなるでしょうし、ベテランの側の本音を引き出すこともできるのではないでしょうか。

まとめ ~人事考課をツールとして「利用する」

先にお示しした通り、人事考課には「査定」の側面があり、人事管理の基礎指標づくりに現場の時間を投資してもらっているというのは事実です。しかし、人事考課を査定のためだけに運用しているのであれば、いささか時間をかけすぎているのではないでしょうか。本稿で見てきたとおり、人事考課にはチームの方向づけや達成感の共有といった査定以外のねらいがあり、これらのねらいもあるからこそ、現場が時間を投資する意味があるのです。

組織として、また上司、メンバーとして、人事考課という投資に見合う成果を得るためには、人事考課をはじめとしたさまざまなコミュニケーションや教育研修の機会を通じて、
・自組織は人事考課に何を期待しているのか(効果、効能)
・自分たちが人事考課の運用に費やしていることによって得ているものは何か(実効性)
を確認し合い、「いろいろ難しい面はあるけど、役に立っている部分もある」というイメージが共有できる状態を作り出していくことが望まれます。

「人事考課はマネジメントの質をさらに高めるために利用価値がある道具のひとつ」

このように言い切れるマネジメントが実践されていれば、「年に数度の人事考課の行事ごとに時間を使わされている」という感覚から脱却して、「普段実践しているマネジメントを一定期間ごとに検証しようと言われているに過ぎない」という感覚で人事考課に向き合うことができ、おのずと人事考課の運用レベルは上がっていくことでしょう。

マネジメントが複雑化している今日だからこそ、人事考課のしくみ、評価者および被評価者の教育、フォーマットなど、人事考課を取り巻くすべての面で「マネジメントツール」として利用することに主軸を置いた取組みや見直しが求められているのではないでしょうか。

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