シリーズ「各国の駐在妻が見た、新型コロナと現地の今」【第5弾】チリ・バルパライソ州

新型コロナウイルス感染拡大に直面する世界の駐在妻がリポート! ~駐在家族たちは、今、何に戸惑い、何を思っているのか~

執筆者プロフィール

宇佐美 美和子
(うさみ・みわこ)



現在、チリ・バルパライソ州在住。夫との2人暮らし。
趣味は旅行。地図を見ているだけで数時間は過ごせます。

私は1年半ほど前から夫の赴任に同行して、チリ中部に位置するバルパライソ州ビニャ・デル・マール市という都市に住んでいます。

ビニャ・デル・マール市の風景。夏には各地から多くの人が訪れる人口30万人ほどのビーチリゾート地です。

チリというと東アジアからは地球の真裏となり、この遠さゆえ新型コロナウイルスの影響もさほど深刻ではないイメージがあるかもしれません。
しかし、ここでも感染は急激に拡大し、災害事態宣言下での暮らしが続いています。
今回はチリの現状や住んでいて感じることなど、一生活者の視点からお伝えしたいと思います。

新型コロナウイルス流行前

現在、新型コロナウイルスによって、世界各地で「非常事態」と言われる状況になっています。
しかし、チリではこのコロナ騒動が発生する数か月前、すでに非常事態宣言が出され、国内は混乱した状態となっていました。

昨年2019年10月、地下鉄料金の値上げを発端に、格差是正を求めて反政府デモが激化。

スーパーや公共施設への放火・略奪等が起こり、政府が非常事態宣言や夜間外出禁止令を出す中、暴徒化したデモ隊と軍・警察との衝突が続いていました。
その後、事態はいったん鎮静化したものの、2月後半頃から再び反政府運動が活性化。SNS上でも、店舗破壊やバリケード封鎖など物々しい雰囲気の投稿がタイムラインに流れ始め、私も中心部に出かける際には、デモ等の危険情報が出ていないかをチェックするようになっていました。

この頃すでに欧米では感染が急拡大し始めていたものの、チリでは当初4月に憲法改正の国民投票が控えていたこともあり、「3月は反政府デモが再び活性化する可能性があり、注意が必要」というのが一般的な認識だったように思います。

チリでの感染発生と政府の対応

このようにチリでは反政府デモに注目が集まっていましたが、3月3日、海外帰国者による初の新型コロナウイルス感染が発表されました。
その後の政府による対応は早く、2日後には、水際対策として主に東アジア地域に対する入国拒否や検疫の強化が発表されました。そして初感染から2週目にして、全外国に対する国境閉鎖(3月16日/155人)、災害事態宣言(3月18日/238人)、夜間外出禁止令(3月22日/632人)が次々と発表されました。

  • 括弧内表記は、政府発表日および、その時点での国内感染者数の累計
普段は人で賑わうショッピングセンターも、スーパーと薬局以外クローズしています。スーパーによっては年齢による時間別対応も行なわれています。

日本では当初、新型コロナウイルスへの対応が緩やかだった情報(ニュース)があったため、「そんなにいきなり厳しくするの?」というのが当時の私の印象でした。
しかし、その後も首都を中心に感染者は爆発的に増加。初感染から3週目には首都サンティアゴで義務的自宅待機措置が取られました。
これは、外出時に通行許可証が必携とされ、例えば食料品の購入は居住区内3時間以内、ペットの散歩は自宅から2ブロック以内20分間までなど、目的・エリア・時間まで規制されるのです。

初感染から約2か月経過した5月2日時点で、人口約1900万人のチリの感染者数は18,435人、死亡者数は247人。現在も感染者の増加は止まらず、感染拡大防止に向けた対応は続いています。

変わる街の風景

チリは旧スペイン植民地であり、ラテン文化を持つ国です。
街中では「オラ〜!」というかけ声とともにハグとキスの挨拶をする人たちであふれ、日本にはない陽気さが漂っています。特に我が家は、ビーチ沿いのショッピングモールが建ち並ぶエリアにあり、休日ともなると多くの人が訪れる賑やかな場所でした。

しかし、このコロナ騒動で、だいぶ街の雰囲気も様変わりしています。

公園では遊具の使用が禁止されています。そばに建つショッピングモールもクローズし、普段は家族連れで賑わっていた公園も人影がなくなりました。

ショッピングモールは閉鎖され、隣接する公園の遊具は使用禁止となり、今や家族連れで賑わう光景は見られなくなりました。
スーパーや薬局などは開いているものの、入り口で検温と手の消毒をされたり、入場には人数制限がかけられていたりと、日増しに感染防止措置は強まっているように感じます。

スーパーの入口では、検温や手の消毒が行なわれます。
ホームセンター。入場制限がかけられているため、店の前には人の列ができています。

現在は、マスク着用義務法令が施行されており、もともとマスク文化がないチリで全員がマスクをつけているさまは、かなり異様に映ります。

そして私が寂しく感じているのは、最近すっかり街中でハグを見かけなくなったことです。
日本人には馴染みのない習慣ですが、ハグやキスをすると相手の体温や声が体に響いてきて、心も通じ合うような感覚があります。見ているだけでも思わず笑顔になってしまう、チリの素敵な光景の一つだと私は思っているのですが、今は見かけることもなく、そんな街並みは少し冷たく感じてしまいます。

束の間の静けさと、くすぶり続ける格差問題

現在、私は週1回スーパーに行く以外は、一歩も外に出ない生活を送っていますが、感染流行前と比べて今はどうかと聞かれれば、「とりあえず、暮らしは静かになった」というのが率直な私の感想です。

スーパー店内。目立った食料品や日用品の不足は我が家の周りでは起きていません。洗浄や消毒を励行する看板をよく見かけるようになりました。
レジ係との間にはプラスチック板が設置され、店員もフェイスシールドをつけています。

感染流行直前、ニュースやSNSからは、再び反政府デモが活性化しそうな雰囲気が漂っていました。もちろんデモや暴動というのは四六時中やっているものではないので、普段は問題なく過ごせます。しかし、ひとたびデモ隊が暴徒化すると略奪や破壊が行われ、家の中にいても、人々の騒ぎ声や催涙弾の音などが聞こえてきます。格差是正はなされるべきだと思う一方、人と人とが暴力で争うさまを見るのは辛かったです。

そしてコロナ禍で規制が敷かれた今、人の出は少なくなり、反政府の大規模デモを見ることはなくなりました。まるで新型コロナウイルスという人類共通の敵が現れたことで、束の間の静けさが訪れたような、そんな感覚です。
しかし、これはただ問題が先延ばしされているだけで、むしろ今後さらなる経済の減速で、格差や経済的困窮による治安の悪化、反政府デモの再燃などが懸念されています。
チリ人の友人からも、新型コロナウイルスの‘今’よりも‘後’に関する心配をよく聞く気がします。

海外で暮らすことと各自の判断

コロナ禍において、現地に留まるのか、一時帰国をするのか。帰国に関して会社から打診があったのか、他の駐在家族はどうしているのか。
こういった話は友だちになった各国の駐在妻との間でも、よく話題になりました。
しかし、どの話を聞いていても、各地域の現状や家庭の状況に応じて何が最適かは異なり、正解はないように思えます。状況を踏まえ、まずは各自が意思を持ち判断するのが大事なことだと感じています。
また「自分としては留まりたかったけれど、会社や夫の判断により帰国を要請された」という話も多く耳にしました。もし仮に自分がその立場だったら、自分の意思に反する決定を下されるのは辛いことだろうなと思います。しかし何かあった際、夫や会社に頼ることなく自力で解決できるかと問われるとそれも難しく、そうである以上、決定は素直に受け入れて早く気持ちを切り替えるしかないのだろうとも感じます。

今回は世界中が新型コロナウイルスという同じ危機下に置かれたため、世界の駐在家族の動向にも注目が集まりました。
しかしたとえ日本では報道されなくとも、海外ではテロ・紛争・自然災害など、さまざまな有事が発生します。
そういった有事に対してどう向き合うのか。日頃からある程度の想定をしておくことや、自分でコントロールできないことに関しては一定の諦めを持つことも、心の平静を保つ上では必要だと感じています。

いずれにせよ今は、1日も早くこの新型コロナウイルスが収束するのを祈るばかりです。

バルパライソ州に属するイースター島。本土から飛行機で約5時間の孤島ですが、ここでも新型コロナウイルスの感染が発生しました。

(2020年5月2日 チリ)

  • このコラムは、『駐妻カフェ』を運営する〈グローバルライフデザイン:飯沼ミチエ氏代表〉にご協力いただきました。