【第3回】対話型コミュニケーションの⽅法論-ホールシステム・アプローチ

はじめに

第2回のコラムでは、「事実に対するお互いの考えや意味づけを相互に理解しあうプロセス」を重視する「対話型コミュニケーション」について解説しました。

⼈の⾏動は、その⼈が「事実」をどのように意味づけるかによって、その⽅向性が決められるという特徴があり、⼈の意識や⾏動を変えるためには、コミュニケーションを通じて「事実」を意味づけるプロセスを共有することが有⽤とされています。

「対話」とは、そうした「事実」に対する「意味づけ」の共有を促進するためのコミュニケーションの⽅法論なのです。

では、「対話」を促すために、どのような⽅法があるのでしょうか。

今回のコラムでは、その1つとして「ホールシステム・アプローチ」と呼ばれる対話型コミュニケーションの⼿法について紹介していきたいと思います。

Case:A⼤学のビジョン策定ワークショップ

2014年に学校創設100周年を迎えるA⼤学では、学校創設100周年記念事業の⼀環として、「みんなで描くA⼤学の未来」と題する対話型ワークショップが開催されました。

このワークショップには、A⼤学の現役の学⽣や教職員だけでなく、付属中学・⾼校の教職員や⽣徒、⽗兄、A⼤学の卒業⽣やA⼤学のある地域の住⺠、A⼤学と関係のあるさまざまな団体、企業の関係者など、A⼤学になんらかの関係のあるさまざまな⽅々が総勢500名以上も参加し、みんなで「A⼤学の未来」についての対話が⾏われました。

このワークショップで活⽤されたのが、「ワールド・カフェ」と呼ばれる⼿法です。

「ワールド・カフェ」とは、街中にある「カフェ」のような、オープンでリラックスした雰囲気の場の中で対話を⾏う⼿法で、1995年にアニータ・ブラウン⽒とデイビッド・アイザックス⽒が⽣み出したものとされています[1]。

「ワールド・カフェ」では、主催者(カフェ・ホスト)から提⽰される「問い」に対して、4~5⼈単位の⼩グループで話し合いを⾏っていきます。ただ、途中、メンバーの組み合わせを変えながら、話し合いを続けていきますので、最終的にはあたかも参加者全員が話し合っているような効果が得られるとされています。

各テーブルには⽩紙の模造紙が置かれており、そのテーブルに座ったメンバーが話し合いの内容や話し合いながら気づいたことなどを⾃由に「落書き」していきます。

「ワールド・カフェ」では、⼈々の⾃由な関係性作りを促す、オープンでリラックスした場づくりに加え、対話を促すために適切な「問い」を設定することが重要とされています。

現役の学⽣や教職員、OB・OG、地域住⺠などが「A⼤学の未来」について皆で対話するA⼤学主催の「ワールド・カフェ」では、この⽇、3つの「問い」について話し合いが⾏われました。

最初の対話では「皆さんが考えるA⼤学の“強み”や“魅⼒”って何でしょうか︖」という問いについて話し合いが⾏われました。

メンバーの組み合わせを変えて⾏われた2回目の対話では、「A⼤学の持っている“強み”や“魅⼒”を活かすと、地域や社会に対してどのような貢献ができるでしょうか︖」という問いについて話し合いが⾏われました。

さらにメンバーの組み合わせを変えて⾏われた3回目の対話では、「100年後のA⼤学がいまよりももっと輝いている⼤学になっているとしたら、その時A⼤学はどんな姿になっているでしょうか︖」という問いについて話し合いが⾏われました。

このワークショップに参加した参加者は、そのほとんどが初対⾯同⼠であったため、最初は緊張した⾯持ちの⽅も⾒られましたが、リラックスした場の雰囲気や、メンバーの組み合わせを変えながら対話が⾏われたことなどが功を奏し、対話が進むにつれて、参加者の多くが個々の問いについて積極的に⾃分の意⾒を述べるようになっていきました。

3つ目の「問い」についての対話の後、各グループでどのようなことが話し合われたのかが紹介されました。中には、A⼤学の100年後の姿を「絵」や「寸劇」で発表したグループもあり、発表は⼤いに盛り上がりました。

最後に、「A⼤学学校創設100周年記念事業プロジェクト」のリーダーを務めるA⼤学総⻑よりコメントがなされ、ワークショップは盛況のうちに終了しました。

4時間というという短い時間のワークショップでしたが、最終的には年齢や⽴場の違いを超えて、これからのA⼤学の100年に向けて、関係者の⼀体感が醸成されました。

参加者からも「A⼤学の魅⼒について再認識することができた」「A⼤学と⾃分のつながりを強く感じることができた」「⼀OBとしてA⼤学の発展にどのような貢献ができるかを考える、いいきっかけになった」など、肯定的な感想が多数寄せられました。

ホールシステム・アプローチとは

前述の「A⼤学ビジョン策定ワークショップ」は架空のケースですが、このケースのように、「ワールド・カフェ」などの⼿法を⽤いて、街や市、企業グループの今後のありたい姿を、さまざまな利害関係者が集まり話し合う対話型ワークショップは、現在多くの企業、地域、⾃治体等で⾏われています[2]。

こうした、「できるだけ多くの関係者が集まって⾃分たちの課題や目指したい未来などについて話し合う⼤規模な会話の⼿法」(⾹取・⼤川,2011,p.15)を総称して「ホールシステム・アプローチ」と呼称します。

「ホールシステム・アプローチ」にはさまざまな⼿法があり、その代表例に、前述の「ワールド・カフェ」や「AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)」、「OST(オープンスペース・テクノロジー)」、「フューチャーサーチ」などの⼿法があります。

これらの⼿法は、下図のように、①全体性を感じ取る②未来の可能性を思い描く③実現に向けた検討項目を洗い出す④⾏動計画を作成する、という4つの段階を経ながら、話し合いが進められるように標準プロセスが設計されています(⾹取・⼤川,2011,p.189)。

ホールシステム・アプローチに共通する特徴

これらの⼿法には共通するいくつかの特徴があります。

できるだけ多くの利害関係者を巻き込む

1つ目の特徴として、「対話のテーマに関係するできるだけ多くの多様な関係者を参加させること」が挙げられます。「ホールシステム・アプローチ」と呼称されるように、対話のテーマに関わる「全体システム(ホールシステム)」を巻き込みながら変⾰に向けた話し合いを進めていくことが志向されているわけです。

前述のケースで、A⼤学の未来の姿を考える際、A⼤学の現役の教職員だけでなく、A⼤学になんらかの関係を持つ⽅々も幅広くワークショップに参加させるようにしていたのはそうした理由からです。

対話(ダイアログ)を⼤切にしている

そして、どの⼿法も「対話(ダイアログ)」を⼤切にしていることが共通する特徴の2つ目に挙げられます。
「ワールド・カフェ」をはじめ、これらの⼿法は、参加者が投げかけられた「問い」について、⾃分の思っていることをオープンに話し、また、相⼿の考えを真剣に聴き、多様な考えを統合しながら新しいアイデアや発想を⽣成していくという点が共通しています。

ポジティブな思考や発想を⼤切にしている

参加者相互の対話を促すためには、適切な「問い」が必要となります。

前述のケースでも、3つの問いが参加者に投げかけられましたが、いずれの問いも参加者の前向きな発想を促すようなポジティブなものでした。

「ホールシステム・アプローチ」の⼿法の1つである「AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)」という⼿法でも、問題解決に際し、組織や個⼈の問題点に着目するのではなく、⾃分たちが持っている「強みや価値(ポジティブコア)」、組織が本来持っている問題解決能⼒に着目し、それらを最⼤限発揮させることを⼤切にしているという点で、ポジティブな⼿法であると⾔えます。こうしたポジティブな思考や発想を⼤切にしている点が3つ目の特徴として挙げられます。

⾃主的・⾃律的な対話のプロセスを重視する

4つ目の特徴として、これらの⼿法は、ファシリテーターの介⼊がなくとも、各グループでの対話が⾃主的・⾃律的に運営されることを重視しているという点が挙げられます。

したがって、「ワールド・カフェ」でも、「OST(オープンスペース・テクノロジー)」でもワークショップをコーディネートするファシリテーターは、個々のグループで⾏われる対話への介⼊は必要最⼩限にとどめます。

参加者が⾃主的に話し合いを進めることで、投げかけられた問いに対して⾃分たちなりの意味づけを⾏うことができ、また、参加者が⾃分たちの⾒出した意味づけに納得することで、参加者の主体的な⾏動を⾃然に引き出すことができるという思想が前提にあります。

五感を重視する

A⼤学のワークショップでは、A⼤学の100年後の姿を「絵」や「寸劇」で発表したグループがありました。

このように、「未来の可能性」についてのイメージを表現する際、「絵」や「寸劇」、「物語」を活⽤するなど、ありたい姿を描く際には五感を重視した⽅法が活⽤される点も特徴の1つです。

「ワールド・カフェ」で、各グループの対話がなされる際、カラフルなペンを⽤いて、対話の内容を⾃由に「落書き」していくのも、そうした五感を重視していることの表れです。

おわりに

今回は対話型コミュニケーションの⼿法である「ホールシステム・アプローチ」について紹介し、その特徴について⾒てきました。

「対話」を促進するためには、こうした「ホールシステム・アプローチ」の各⼿法の内容や背景、設計思想についての理解が必要です。

また⼀⽅で、参加者に投げかける「問い」のデザインや、参加者がリラックスできるような「おもてなしの場作り」など、対話の場をデザインする際の観点についての理解も必要です。

次回は、こうした対話の場をデザインする際の観点について紹介していきたいと思います。

[1]「ワールド・カフェ」の詳細は、⾹取⼀昭・⼤川恒(2009)『ワールド・カフェをやろう︕会話がつながり、世界がつながる』⽇本経済新聞社.や、アニータ・ブラウン&デイビッド・アイザックス著、⾹取⼀昭・川⼝⼤輔訳『ワールド・カフェ カフェ的会話が未来を創る』株式会社ヒューマンバリュー出版.をご参照ください。

[2]たとえば、横浜市では2009年に横浜開講150周年を記念して「イマジン・ヨコハマ」というプロジェクトを実施し、その⼀環で、多くの市⺠が横浜の未来について語り合う⼤規模な「ワールド・カフェ」が開催されています。このプロジェクトの詳細は⾹取・⼤川(2011)をご参照ください。

参考⽂献
⾹取⼀昭・⼤川恒(2011)『ホールシステム・アプローチ 1000⼈以上でもとことん話し合える⽅法』⽇本経済新聞