【第2回】⼈はコミュニケーションを通じて事実を意味づける-対話型コミュニケーション のアプローチ

企業理念研修をめぐる2つのアプローチ

Case1:A社の企業理念研修

ここはA社の研修室です。創⽴50周年を迎えるA社では、現在全社員を対象に「企業理念・⾏動規範研修」が⾏われています。

この研修は、創⽴50周年を機に、改めて⾃社がどのような価値観を⼤切にしながら事業を⾏っているのか、社員が判断に迷った際、拠って⽴つ⾏動規範は何か、を社員に理解させるため、社⻑の肝いりで実施されることになったものです。

「それでは、今から、わが社の⾏動規範について皆さんと⼀緒に唱和をしていきたいと思います。私の後に続けて唱和して下さい」

「⼀つ、私たちは、独創的な商品・サービスの創造を通じて、お客様に貢献し続けます」

インストラクターに続いて、受講⽣が⾏動規範の⽂⾔を1つずつ唱和し、その意味をインストラクターが解説する流れで研修が進められています。

研修では、⾏動規範の読み合わせと解説の後、A社の役員が、当社の歴史を紐解きながら、企業理念や⾏動規範に込めた想いを講演することになっています。

この研修を開始して既に3ヶ⽉が経ちました。研修担当であるA社⼈材開発部の⾺場さんも既に4回インストラクターとして登壇し、⼤分研修の進め⽅にも慣れてきました。

しかし、⾺場さんはこのやり⽅に早くも限界を感じつつありました。

「みんなで⾏動基準を読み合わせたり、役員の話を聴くやり⽅で研修を進めているけれど、こういう進め⽅で本当にわが社の⼤切にしている価値観が社員に深く理解されるのだろうか?」

Case2:B社の企業理念研修

グローバル化が進んでいる製造業のB社でも、B社のものづくりの考え⽅を「B社WAY」として明⽂化し、それを国内のみならず、グローバルレベルで共有する研修を展開中です。研修は3ヶ⽉に1回ずつ開催され、毎回テーマを変えて「B社WAY」を1つずつ学ぶ形式となっています。

今⽇は、「B社WAY」の1つ「プロ集団として常に⾼みを目指せ」をテーマに研修が⾏われています。

アイスブレイクの後、B社でこの研修を担当する⼈材開発部の内藤さんが受講者に投げかけました。

「では、今⽇のテーマである、“プロ集団として常に⾼みを目指せ”、について話し合いましょう。まず“プロ集団”という⾔葉について、皆さんはどのようなことをイメージしますか︖仕事上のエピソードなどを交えながら、各グループでそれぞれ感じたことを話し合ってみましょう。」

内藤さんの指⽰を受け、早速各グループで話し合いが始まりました。

Aさん:「僕は職場の⼤先輩である真⽥さんの⼀切妥協しない仕事の進め⽅にプロのスタンスを感じます。プロにはこだわりが必要だと思うんです・・・」

Bさん:「なるほどね、仕事のこだわりとかプライドって⼤切だよね。それに加えて、僕は“プロ”には成果を出し続けることが求められているように思うよ」

Cさん:「“成果を出し続ける”のは必要だと思うけど、ただ単に成果を出せばいいかというとそうじゃないような気もするんだよな。なんというか、謙虚さというか、成果を出しても驕らない態度というか、そういうものも“プロ集団”には必要ではないかと思うんだけど・・・」

Bさん:「なるほど・・・確かにそうだなぁ。“成果だけ出せばいい”、となると、なんかギスギスしたチームになってしまうような気もするなぁ・・・」

B社の企業理念研修は、いつもこのように、「B社WAY」に関してインストラクターが投げかけた問いに対して、受講者が感じたことを⾃由に話し、それを他者と共有する形で進められます。

特に話し合った内容について、インストラクターから解答が提⽰されることはありませんが、それでも、研修後には、「B社WAYの意味がよく理解できた」、「B社WAYを⾃分の仕事に⽣かせそうだ」など、受講⽣から前向きなコメントが多く寄せられ、内藤さんは毎回⼿ごたえを感じています。

コミュニケーションに対する考え⽅の違い

「企業理念・⾏動規範」をテーマにした2つの架空の研修を紹介しました。いずれの研修も、組織の⼤切にする理念や価値観の内容や意味を社員に伝えるという点では共通していますが、そのやり⽅は随分と違うようです。

まず、A社の研修では、インストラクターの⾺場さんがA社の企業理念や⾏動規範の内容を受講⽣に唱和させたり、その意味するところを解説するという流れで研修が⾏われていました。

⼀⽅、B社の研修では、インストラクターの内藤さんが「B社WAY」について直接何かを講義するような場⾯はなく、「B社WAY」をめぐる個々の経験談の共有や、インストラクターから投げかけられる「問い」について、受講者同⼠の話し合いが⾏われていました。

単なる研修の進め⽅の違いのように感じられるかもしれませんが、実は両者が重視するものには⼤きな違いがあります。

A社の研修では、「⾏動規範の読み合わせ」や「インストラクターによる解説」、「トップの講演」という⽅法を⽤いて、A社の企業理念や⾏動規範に関する情報が受講者に伝えられていました。そこでは、いかに⾏動規範の⽂⾔の意味を正しく理解するかなど、「情報の正確な伝達」が重視されています。

⼀⽅、B社の研修では、「B社WAY」の⽂⾔について、受講者が⾃⾝の意⾒を述べ合う形で進められていました。そこでは、「B社WAY」に対する個々の受講者の解釈や意味づけが共有され、相互に理解されることが重視されています。

情報を受講者に正確に移動させることを重視するのか、客観的な情報の意味づけを⾏う過程を重視するのか。A社とB社では、こうしたコミュニケーションに対する考え⽅が全く異なっているのです。

コミュニケーションを通じて事実を意味づけるプロセスを重視する-「対話型コミュニケーショ ン」

B社の研修では、インストラクターが「B社WAY」の情報を⼀⽅的に伝えるのではなく、「B社WAY」をめぐる問いについて、受講者がそれぞれ⾃分の意⾒を述べ、それをお互いに受容し合い、お互いの考え⽅を相互に理解しあうプロセスが提供されていました。

こうしたプロセスを重視するコミュニケーションのあり⽅に「対話」があります。

「対話」では、「客観的な情報」(事実)の共有にとどまらず、その「事実」について、各⼈がどのような「意味づけ」を⾏っているのかが共有され、その違いを受容しあいながら、テーマに対する理解が深められていきます。テーマをめぐる各⼈の考えが語り合われる中で、時には、当初想像していなかった考えに気づかされるようなこともあり、その点で、「対話」は、⼀⽅通⾏ではない「創造的なコミュニケーション」⾏為(中原・⻑岡,2009)とも⾔われています。

「事実を効率的に伝達する」コミュニケーションに⽐べ、「事実に対するお互いの考えや意味づけを相互に理解しあうプロセス」を重視する対話のコミュニケーションは⼿間や時間がかかります。

しかし、⼈の⾏動は、その⼈が「事実」をどのように意味づけるかによって、その⽅向性が規定されるという特徴があり[1]、コミュニケーションを通じて、「事実」を意味づけるプロセスを共有することは⼈の意識や⾏動を変える上で、⼤変有⽤です。

そうした「事実」に対する「意味づけ」の共有を促進する⽅法論に、「対話」があるのです。

しかし、⼀⾔で「対話」と⾔っても、様々な⼿法があります。

次回は、この「対話」をめぐる様々な⼿法のうち、「ホールシステム・アプローチ」と呼ばれる対話型コミュニケーションの⼿法について具体的に紹介していきたいと思います。

[1]コミュニケーションを通じて、⼈が事実に対する意味づけを⾏い、その意味づけの仕⽅によって⼈の⾏動が規定されていくという考え⽅を「社会構成主義」と呼称します(中原・⻑岡,2009,p.78)。例えば、年度末まであと1ヶ⽉を残した、2⽉末の時点でメンバー全員が個々の売上目標を達成した営業所があるとします。この「全員売り上げ目標達成」という状況は誰が⾒ても変わらない「事実」です。しかし、この「事実」に対して、あるメンバーが「もう目標を達成したんだから今期の活動は⼗分だ」と意味づけたとするならば、おそらく彼は3⽉の営業活動の⼿を抜いてしまうでしょう。⼀⽅で、あるメンバーが「今期はたまたま運よく達成できたに過ぎない」と意味づけたとするならば、このメンバーは3⽉も⼿を抜かずに活動を⾏い、来期の仕込みに向けた活動を⾏うかもしれません。このように、「事実」は1つでも、「事実」に対してどのような「意味づけ」を⾏うかによって、その後の個⼈の⾏動のあり⽅は変わってくるのです。

参考⽂献 中原淳・⻑岡健(2009)『ダイアローグ 対話する組織』ダイヤモンド社