不確実性の時代を乗り切るスキル ~認知的柔軟性とは~

不確実性の時代を乗り切るスキル ~認知的柔軟性とは~

目標やルールが変わっても行動を変えられない

コロナ禍以降、社会の急激な環境変化に適応しようと、中期経営計画を見直す企業が相次いでいます。2020年に公表された上場企業の中期経営計画の変更や延期の件数は、対前年比で7割増えたといわれます。(注1)

そのような中、皆さん自身は自社の新しい方向性にうまく順応できたでしょうか。私は管理職研修の場で、経営層に代わり新しい経営計画の落とし込みを依頼されることがあります。その背景に、現場を預かる管理職の多くは、経営計画の変更は頭で理解できても、すぐには自分自身の行動、そして職場のメンバーの行動を変えることができないという問題があります。
ただ、この問題は経営方針の変更に現場が付いていけないケースだけではなく、新たな経営方針が前提としている環境変化に、現場が確証を持てないケースもあるのではないでしょうか。

不確実性の高い時代は「認知バイアス」に頼りがちになる

なかなか行動を変えられないのはなぜでしょう?いろいろな理由が考えられますが、私たちは環境変化を認識できたとしても、これまで馴染んだ思考回路はすぐに変えられないという特性があります。

特に、 先行きの不透明感や不確実性が高まれば高まるほど、“偏見に満ちた思考”が逆に重要な役割を果たします。それは、心の健康を維持するための自己防御作用です。
「コロナが落ち着けば社会はまた元に戻る」「当社の技術は間違いない」「自分の経験はこれからも通用する」などと自分自身を落ち着かせることで、思考回路のオーバーヒートを防ぐのです。これらは、一般に「認知バイアス」と呼ばれる心理現象です。これによって、人は過度に精神的なストレスを抱え込まずに済むのです。

また、私たちの経済活動に大きな影響を与える要因はパンデミックだけではありません。気候変動、地政学リスクの増大、デジタル技術を活用したテロなどを考えると、これからも「認知バイアス」は個人の精神衛生を安定させるのに一定の役割を果たしそうです。

「認知的柔軟性」は異なる選択肢を生み出す

一方、企業活動においては「認知バイアス」は負の側面が大きく現れます。経営者が「認知バイアス」にとらわれたままでは、設備投資や企業買収など重要な意思決定場面で大きな代償を被ることになります。
それでは、認知バイアスに頼らずに精神の安定を保つことは無理なのでしょうか?

ここで注目したいのが、これまで心理学や医学で研究されてきた「認知的柔軟性」です。古典的な理論ですが、コロナ禍からのレジリエンス(回復力)やウェルビーイング(幸福)に大きく寄与するスキルとして注目されています。(注2)
「認知的柔軟性」とは、一般に「外部環境からの変化に対して考え方を柔軟に変化させることができる能力」と定義されます。認知的柔軟性が高いと、複雑な状況下でも、複数の視点や見解、多様な考え方を駆使し、それ以前とは異なる選択肢をより多く見出すことができます。これは、認知バイアスを克服する有効な手段となります。

例えば、コロナ禍は人と人が対面で行うコミュニケーションを大きく制限しました。これは多くの人にとって歓迎せざる事態ですが、それゆえに大きく進展したのが企業活動や行政のデジタル化です。経費精算や年末調整など、これまで紙ベースで行っていた業務の多くがデジタル対応を進めています。いずれコロナ禍が収束しても、進展したデジタル化は企業活動や行政の生産性を上げることでしょう。対面コミュニケーションの制限を「制約」要因とみるか、デジタル化の「促進」要因とみるかは、視点をどこに置くかで変わってきます。

認知的柔軟性をスキルとして鍛える

今後、世界の不確実性はますます高まることが予想されます。つまり「認知的柔軟性」の重要性も増していくのです。多くの企業がDX、SDGs、脱炭素、ダイバーシティ&インクルージョンへの対応を重要課題としてあげていますが、これらの課題に取り組むうえでは、一つのやり方に固執するのではうまくいきません。そもそも唯一の正解があるわけではありませんので、どこかに正解があるのではないかと思い、正解を探そうとすると、時間ばかり浪費し、なかなか行動に移せなくなります。
そこで、「認知的柔軟性」をビジネススキルとして鍛えることが必要になるのです。

自らを「変える」、自らが「変わる」アプローチで認知的柔軟性を高める

前章で述べた通り、私たちがコントロールできない外部環境の変化により、未来の不確実性が高まっています。
特にDX(デジタル・トランスフォーメーション)が進展すると、既存業務がなくなったり、反対にデータ関連の業務が新たに発生することが頻発します。そこで、デジタル時代に対応するためには認知的柔軟性を身に付けることが重要になります。(注3)

この認知的柔軟性を高めるために私が行っているアプローチが「自分の外に目を向け、外部環境のシナリオを自ら描く」という方法です。
適切に実施できれば、自分を「変える」、自分が「変わる」ことに繋げることができます。

「外に目を向け、外部環境のシナリオを自ら描く」とは?

先述のとおり、コロナ禍による外部環境の激変を受け、多くの企業が中期経営計画を見直しました。しかし、実際はコロナ禍よりももっと多くの要因が複雑に絡み合い、中期経営計画に影響を与えています。そのため、今後も外部環境の激変を想定しておく必要があります。 もちろん100%の未来予測は不可能ですが、複数の「ありうる未来」のシナリオを描くことは可能です(注4)。

シナリオを描く効果は2点あります。1点目は、シナリオ作成過程で外部環境を多面的・多角的に見ることから、必然的に外部環境の感知力を高められることです。これまでは見逃していたような小さな事象から大きな変化の前触れを捉えられるかもしれません。
ただし、より重要なのは2点目の効果です。それは自ら未来のシナリオを描くことで、環境変化にただ翻弄されるだけではなく、「あるべき未来」の実現に向けて、自ら働き掛けようというマインドが醸成されることです。

先日開催されたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)では、石炭火力発電所の段階的削減や、1.5℃目標(注5)に向かって世界が努力することが正式に合意されました。環境問題の議論では、国際社会の利害が複雑に交錯しますが、それでも今回の合意が可能になったのは、気温上昇による「ありうる未来」の(悲観的な)シナリオを描いたことで、気温上昇による壊滅的な環境破壊をただ待つのではなく、「少しでもましな未来」を作ろうというマインドが国際社会に醸成されたからではないでしょうか。

不確実な未来に「備える」のではなく、未来を「創り出す」姿勢が認知的柔軟性を鍛える

データサイエンスやAIなど新しいテクノロジーの出現は私たちの仕事をする環境を大きく変えます。しかし環境変化に対してただ受け身になっているだけでは、自分自身も変わりません。
かつて、パソコンの父とも言われる米国の計算機科学者アラン・ケイは、「未来を予測する最善の方法は、自らそれを創りだすことである」と述べました。そうした主体的なマインドが認知的柔軟性を高めるのです。
最後に、認知的柔軟性を高めるうえで、シンプルですが重要な点があります。それは環境変化、それに伴う自己変容を楽しめるようになることです。この「前向きに楽しむ」ということが、ビジネススキルとして認知的柔軟性を鍛えるうえでもっとも重要な姿勢なのです。

本学の集合研修『DXマインドセット』プログラムでは、問題状況の変容を体験するため
カードワークを行います。
変化への前向きさ、および、「楽しむ能力」の重要性を指摘します。


1) 日本経済新聞電子版(2021年3月9日) 『中計の延期・変更7割増 20年、コロナ禍で環境急変 設備投資や配当抑制』 (参照:2021年11月8日)
2) 2021年6月25日 世界経済フォーラム “Why is cognitive flexibility important and how can you improve it?”
3) 世界経済フォーラムは、認知的柔軟性を第4産業革命以降の仕事に求められるスキルの一つに位置付けています。“The 10 skills you need to thrive in the Fourth Industrial Revolution”
4) 詳細については、次のコラムも参考にしてください。『未来環境をデザインし不確実性に備える』
5) 2015年に採択されたパリ協定では、異常気象など気候変動による悪影響を最小限に抑えるために、産業革命前からの気温上昇幅を、摂氏2度を十分下回る水準で維持することを目標とし、さらに摂氏1.5度に抑える努力をすべきとしています。COP26ではこの1.5度目標が正式に合意されました。(参考:国立環境研究所コラム『COP26閉幕:「決定的な10年間」の最初のCOPで何が決まったのか?』

執筆者プロフィール

学校法人産業能率大学 総合研究所
経営管理研究所
主幹研究員 内藤 英俊

※筆者は主に、変革時代に対応した思考、リーダーシップ、コミュニケーションスキルトレーニングを担当。
※所属・肩書は掲載当時のものです

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