未来環境をデザインし不確実性に備える

未来環境をデザインし不確実性に備える

1.日本は不確実性に弱い国

2010年代は、予測困難性や不確実性を意味する軍事用語、VUCA(ブーカ)がビジネス用語として一般的になりました。不確実性は誰にとっても経営に混乱をもたらす否定的な要因ですが、国によってそのとらえ方は大きく異なります。不確実な出来事を回避しようとする姿勢を測る、不確実性回避傾向i(2010年調査)指数では、シンガポールが最も低く100点満点中8です。それに対して日本は92になります。一方で中国とベトナムは30、米国は46です。指数が低い国では、未知の出来事に対しても「まずはやってみよう」というポジティブな姿勢を示しますが、日本では、できるだけ事前に不確実性を排除しようとします。関係者が混乱しないように入念な準備や根回しを行い、「抜けや漏れのない段取り」に注力します。日本企業内で、コンプライアンスや社内ルールを徹底させようと努力するのも、不確実性回避傾向の高さと密接に関係していると言えます。

では、しっかりと準備したにもかかわらず、想定外の事態が生じると、人はどのような反応を示すでしょうか。これは日本だけに限ったことではありませんが、まじめな人ほど思考停止に陥る可能性が高いようです。もし組織の意思決定者が思考停止のまま、事前に決定された計画を実行に移してしまえば、将来に渡って大きな禍根を残すことは、多くの倒産事例からも明白です。

i ホフステッドの6次元モデル(https://www.hofstede-insights.com/country-comparison/)

2.2つの「想定外」を区別する

想定外という不確実性には2種類あります。

一つは、過去に存在が知られていなかったために想定できなかった、文字通りの「想定外」です。これは、ブラック・スワン理論iiと呼ばれます。白鳥(スワン)はそれまで白色と信じていたヨーロッパ人にとって、1697年のオーストラリアでのブラック・スワンの発見は衝撃でした。このような事象については、新しい発見がない限り、準備は不可能iiと言えます。できることは、それを積極的に生かそうとする「しなやかさ」を身に付けることです。この「しなやかさ」は、反脆弱性iiiと表現することもできます。

もう一つの想定外は、「実は既に存在しているのに知らなかった」、あるいは、「存在は確認されていないが予見されている」事象です。つまり、誰からも取るに足らない事象として扱われ、無意識の内に切り捨てられている「想定外」です。

例えば、神社やお寺でのQRコード決済によるお賽銭が注目されていますが、これは以前なら考えられなかったことかもしれません。しかし、QRコード決済ではなくキャッシュレス決済に視野を広げると、私たちが先端的な取り組みをしているお寺や神社を知らなかっただけです。東京都港区の愛宕神社は、2014年に電子マネー(楽天Edy)によるお賽銭を開始しました。つまり、6年前の時点で、何らかのトリガー(例:訪日外国人のコト消費)があればキャッシュレスお賽銭が普及することは、予見できていたのです。

ここからわかることは、未来社会を示唆する事象は今現在すでに存在している、もしくは予見されているということです。そして、多くの場合、人はそれが見えていないか、無意識に見過ごしているのです。つまり、人の認知バイアスivも「想定外」の不確実性を生み出していると言えます。

ii 参考:ナシーム・ニコル・タレブ、『ブラック・スワン 不確実性とリスクの本質』、ダイヤモンド社、2009
iii 参考:ナシーム・ニコル・タレブ、『反脆弱性 不確実な世の中を生きる唯一の生き方』、ダイヤモンド社、2017
iv 人が物事を判断する場合において、個人の常識や周囲の環境などの種々の要因によって非合理的な判断を行ってしまうこと。後述の確証バイアスなどいくつかの種類がある。

3.未来環境のシナリオデザインの不確実性に対する効果

既に存在している、あるいは、予見されている事象を感度良くとらえ、ビジネス上の意思決定に活用する手法の一つが、「未来環境のシナリオデザイン」です。複数の未来環境シナリオを創造的に描くことで、急激な環境変化に対して組織としてしなやかに対応することが可能になります。

例えば、「未来の働き方」のようなテーマは、情報通信技術の進展、兼業・副業の浸透、女性の社会進出、健康寿命の伸長、余暇の過ごし方など複数の要因が絡み合うため、未来を予想するのが非常に難しく思われます。このような場合、できるだけ思考をストレッチさせて、「未来の働き方」に影響を与える要因を幅広く検討します。結果として、ただ一つの未来に収束させることは難しくなり、「複数の生活拠点で働くスタイル」「電車・バスなどの交通インフラを活用して働くスタイル」など複数の未来が存在することが想像できるでしょう。

そのような複数の「起こりうる未来」の検討を通じて、「すでに先端的事例があるかもしれない」と考えられるようになることがシナリオデザインの効果です。今まで無視されていたかもしれない事象に注意を払い、それを検証する思考態度を身に付けることで、「不確実性」の範囲を大きく狭めることが可能になります。

ここで気をつけるべきは、確証バイアスです。これは認知バイアスの一つで、人は自分の考えを証明する証拠ばかりを探してしまい、自分の考えに反する情報を無視または集めようとしない傾向のことです。しかし、それでは今の自分の考えの延長線上にしか思考がストレッチせず、「起こりうる」他の未来の可能性を過小評価することになります。「未来の働き方」の例では、ついつい「現在、職場で働いている人」を中心に未来を想像しようとしますが、今後は情報通信技術の進展により「現在、職場に通勤できていない人」、つまり、心身にハンディキャップがある人、高齢者、育児・介護中の人や海外居住者なども「未来の働き手」になり得ます。彼らが「働き手」となったときの「働き方」を考えてこそ、「未来の働き方」を創造的に描くことが可能になるのです。

執筆者プロフィール

内藤 英俊(Hidetoshi Naito)

学校法人産業能率大学 総合研究所 経営管理研究所 主幹研究員

※筆者は、主に変革時代に対応した思考、リーダーシップ、コミュニケーションスキルトレーニングを担当。
※所属・肩書きは掲載当時のものです。

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