【最終回】駐在妻の心の動き~キャリアの悩みと新たなスタート~

【最終回】駐在妻の心の動き~キャリアの悩みと新たなスタート~

「駐在妻という経験から見えるもの in 台湾」も今回が最終回となります。
これまでは、台湾生活の様子や体験談を中心にお伝えしてきました。今回は、帯同生活を決意してから今日に至るまで、私自身の心の動きや葛藤、キャリア感についてお話したいと思います。

私個人の話ではありますが、さまざまな駐在妻の方と共感してきた気持ちや変化です。
今、悩んでいる駐在家族の方、これから駐在家族になられる方、そして駐在員とその家族を送り出す企業の方々と共有できたら幸いです。

心の葛藤~無力感と夫への依存心

駐在生活のスタートは、環境(日常生活/人間関係)の変化だけではなく、自分の役割(働くこと/親を近くで見守っていること/地域活動など)も変化します。また、カルチャーショックも重なり、多くの駐在妻は、最初の半年くらいが一番つらかったと話します。

私自身も同様でした。

ランタンフェスティバルの写真。
旧正月明けに開かれるランタンフェスティバル、今年は台中市で開催されました。青森のねぶたを思い出すような大きなランタンが所狭しと会場に飾られ、圧巻でした。

渡航後、1ヶ月くらいは旅行気分もあり、その真新しさにワクワクしながら生活をしていました。
しかし、3ヶ月頃も過ぎると、生活のルーティンができ、行きつけのスーパーもできてくるのに、いっこうにレジの人の会話が聞き取れない、ほしい食材が見つからない。慣れてきているはずなのに、思うように物事が進まないことに無力感が生じました。

また、夫への依存に対しても自分を責めてしまいがちでした。
生活のいろいろな場面で夫や会社を頼りにすることが多い帯同生活。加えて、収入源が夫のみになったことで勝手に肩身の狭さを感じていた部分もありました。
そのような夫への依存心から自分への評価が小さくなっていきました。

また、駐在生活を送る難しさの1つは、終わりがいつくるのか分からないため、中長期の目標をたてづらい点です。それゆえ、未来を見据えて考えようとすればするほど悶々としてしまうこともありました。

心の変化~3つの要因

しかし、今はさまざまな経験や人との交流を経て、「今ここ」を大切にしようという視点に切り替えることができるようになってきました。
考え方の変化に影響を与えた要因を探ってみると、以下の3点にあるのではないかと思います。

いちご狩りの写真
台湾でも12月~2月頃にいちご狩りが楽しめます。しかし、台湾のいちご狩りはその場で食べてはいけません。量り売りで持って帰ります。

〈心の変化~3つの要因〉

  1. 「できた」を認めることで自信を回復
  2. サードプレイスをつくることで自律した時間を創出
  3. 「家族のキャリア」という新たな視点の獲得

(1)「できた」を認めることで自信を回復

前述のとおり、自分への評価が小さくなり、自信をなくしていました。

これらを克服するのに必要だったのは、できたことの積み上げと、時間でした。
ツールとして有効だったのは、「語学学習」「駐在妻同士の交流」「日記(発信)」です。

〈自信回復に有効だったツール〉

  • 語学学習:必ず前に進める。一つの単語でも増やしていけば必ずプラスになる
  • 駐在妻同士の交流:不安な気持ちを共有することで自分の今の気持ちを認める。一緒にチャレンジすることで一歩を踏み出せる
  • 日記:昨日より今日できるようになったことを言語化する

できないことではなく、できたこと・チャレンジしたことに目を向けるようにしたこと、また、「この問題は私の価値とは関係ない」と切り離して考えられるようになったことで、小さくなった自信を少しずつ回復していったように思います。

(2)サードプレイスをつくることで自律した時間を創出

駐在生活は、「自分はなぜここにいるのか」という気持ちとぶつかります。
なぜなら、自分で選択した生活ではあるけれど、きっかけは、「夫の会社生活のサポート」が目的です。どうしても、妻や母の役割期待が大きくなります。

ふと、日本にいたころの自分と比べ、否応にも喪失感や社会からの疎外感を抱いてしまいます

私も自分の道を歩いていない感覚、被害者意識といった負の感情が渦巻いたり、それが時に爆発したりしていました。
しかし、「自分主語の時間をもつこと」を意識的に増やすことで、徐々に自分自身がこの生活に意味をもつことができるようになりました。

駐在生活の場合、第一の場が「家族」とするならば、第二の場が、「駐在コミュニティ」といえます。それだけ、生活自体が駐在コミュニティに深く関わっています。
そして、駐在妻にとって、自分が主語で心地よくいられる場、サードプレイス(第三の場)を持つことが重要と考えます。

私にとってのサードプレイスは、「ボランティア活動」「キャリアコンサルタントとしての勉強を継続すること」「台湾文化を学ぶこと」などです。
自分で選び、コントロールができていると思える時間は、達成感や充実感に繋がります。

(3)「家族のキャリア」という新しい視点の獲得

日本で共働きをしていたときは、夫と私はおそらく、家族であってもそれぞれのキャリアを描いて生活していたと思います。お互いのそれを尊重しあいながら家族を築くということが理想の姿でした。

しかし、台湾生活を通じて、私と夫のキャリアの輪の重なりが増え、家族としてどんなキャリアを形成していくのかという視点が増えました。それは、仕事というキャリア観だけではなく、どのように生きたいかを話すことでもあり、子どものキャリアの存在を認識するものでもありました。

きっかけは、私が悶々とした日々を送っていた時に、話し相手になってくれた夫の行動であり、異文化の中に飛び込んでみようという同志のような家族の存在があったからだと思います。
この「家族のキャリア」という視点を獲得したことで、渡航前から抱えていたキャリア喪失感に囚われることが減りました。このことは、私のキャリア観を深め、視野も広げてくれました。

「今ここ」にフォーカスする

3点の要素の蓄積が、不安やモヤモヤした気持ちを軽減し、私は「今ここ」を大切にすることにフォーカスできるようになってきました。

今は、なくなった未来ではなく、いま立つ道から続く未来にワクワクできます。
今の期間はキャリアロスではなく、キャリアブレイクだと捉え、帰国するときにどんな自分になっていたいかを想像しながら、種をまくことを楽しめるようになりました。そして、この視点を持てるようになったことで、ようやく異文化の理解が深まってきたようにも感じます。

原住民セデック族のご自宅訪問の写真
元旦に、中国語の先生のご紹介で原住民セデック族の方のご自宅を訪問させていただきました。昔から伝わる織物や道具などを見せていただいたり、日本統治時代のお話を聞いたり、大変貴重な機会となりました。

夫の駐在が決まってから、家族が同行する意味をたくさん考えてきました。
今は以下のようなことに貢献できているではないかと感じています。

〈家族が帯同することで得られる駐在員(夫)のメリット〉

  • 生活や家族の安定
  • 仕事以外での異文化交流や機会の多様化
  • 個人そして家族としてのキャリア観の醸成

帯同生活は会社の支援なくして成り立ちません。
夫の成長を介して、企業活動に間接的に貢献できていると思えるならば、それはとても嬉しいことです。

しかし、欲をいえば、送り出す会社からのメッセージとして、

「駐在員の健康・生活のサポートをしてほしい」という点だけではなく、「駐在家族であるあなたが、健康に、そして自律した生活を目指すことで、駐在員を含めた家族全員が異文化での経験を通じてキャリア形成をしてほしい」

そんなメッセージをいただけたら、それほど嬉しいことはありません。

転勤は、家族にとってとても大きな転機です。その転機を前向きな力に変えて、家族みんなで乗り越え、「今ここ」を楽しむことができるように、また今日からたくさんのアンテナを張って過ごしていきたいと思います。

全5回の体験談にお付き合いいただき、ありがとうございました。

それでは、再見(ザイチェン)!

  • 原住民について
    日本では少し差別用語のように聞こえてしまうかもしれませんが、台湾では「先住民」という言葉は「現在はもう存在しない」という意味にあたるため、原住民という言葉が使われています。