現場の⼈事部門への期待【第1回 業務効率化を実現する8つのステップと現場管理 職・⼈事部門の役割】

1.現場の⼈事部門への期待

[1]経営最適(全体最適)を志向した業務効率化のために

私が「⼈事のプロフェッショナルではない」ということを、はじめにお断りしておきたい。しかし、だからこそ「現場が⼈事部門に求めていること」を実感するのだ。 業務効率化というテーマを考えてみると、現場は⼈事部門に対して、企業が戦略目標を達成することを『下⽀えする』ためのコントロールタワー、セーフティネット(後掲[図表2]参照) としての機能を⼤きく期待している。

この意味で、まず⼈事部門の皆さんにお尋ねしたいのは、「⾃社のことをどれぐらい分かっていますか?」ということだ。戦略や目標(値)はもちろんのこと、顧客や競合企業、それらを含むミクロ/マクロの事業環境も対象である。

「⾃社のことを分かっている」状態でなければ、本質的には「⾃社が必要とする⼈材」を適切に描くことは不可能なのではないだろうか[図表1]。

本来、企業の戦略実現に寄与するはずの業務効率化や⼈財の育成も、『単なるコスト削減』や『戦略とは整合性のない⼈材の育成、登⽤』にとどまっているように感じられてしまうことが少なくない。

現場管理職に依存した個別業務の効率化(部分最適)ではなく、経営最適(全体最適)を志向した業務効率化が、今度こそ本当に求められている。経営最適を実現するための役割/⽀援について、公正感をもって果たすことができるのは、⼈事部門だけだ。そのためには、「⾃社のことを分かっていること」が⼤前提となる。

[2]『業務効率化』が間に合ううちに

「業務効率化」

この⾔葉を掲げたとき、皆さんの会社、職場では何を意味しているだろうか?

特に説明を加えなければ、「コストを削減せよ」という指⽰に『聞こえている』のではないか。納期の短縮など「時間」を削減することによって、お客様や市場に対して新しい価値を⽣むことに注⼒している場合もないではない。 しかし⼀般的に、指⽰を受けた側には「時間外労働の削減=コストカット」としか聞こえていない状況であるように思われる。

短期的なコスト削減に終始するのではなく、中⻑期的に組織として、⼈として成⻑することを目的とした業務効率化を志向したい。この後者の意味の業務効率化を、本コラムでは「労働時間の短縮化を実現し、創出した時間を新価値創造のために活⽤するための活動」として位置付ける。

これは、本学の創始者である上野陽⼀が⽣涯を通じて信念としていた、「⼈または物のもつ‶もちまえ"を⼗⼆分に発揮させる」ことを基調としている。
いわば、「業務が効率的でないのは‶もちまえ"を発揮させていない、しきれていない」という考え⽅である。

これを個々⼈の努⼒に委ねるのではなく、組織として⾎⾁としていく上で、現場管理職と⼈事部門の果たすべき(果たせる)役割は極めて⼤きい。

2.業務効率化に向けた現場管理職、⼈事部門の果たすべき役割

本項では、業務効率化を進める上で、[1]現場管理職と、[2]⼈事部門の果たすべき役割を述べる。

実際に全社的な活動として業務効率化を進める場合には、[2]が先⾏する形式が望ましいと考えている。既に「現場単位でのケチケチ運動」は⼀定以上取り組まれており、さらなる成果を目指すためには、個別現場単位での活動では超えられない領域が求められているからだ。
そして、この超えられない領域に対処し、業務効率化に加え、それ以上に将来の⾃社としての在り⽅をデザインするのは⼈事部門の役割である。

[1]現場管理職の果たすべき役割:まずは「現在の業務、遂⾏する⼈の把握」

確認の意味で、管理職の皆さんは「⾃⾝の管理(マネジメント)対象となる業務」を把握しているだろうか?「当然だろう」という答えを期待しつつも、「本当に?」と思わず聞き返したくなってしまう場⾯にしばしば出遭う。
なにも「管理職は部下が何をやっているかを全部知っているべき」と⾔いたいわけではない。
知りたいのは、以下の3点にすぎない。
  1. 現状の業務には何があるのか
  2. それらの業務の目的は何か
  3. 本来、実施しなければいけない業務は何か
そして、(3)以外を整理の対象とすればよいはずである。
しかし、(1)には(3)以外の業務が含まれていることが少なくない。そうした業務がどれであるのかを⾒極めるために、(2)を確認している。(2)によっては、その業務は廃⽌や移管の対象にもなり得る。これだけでも、現⼈員の負荷軽減機会を発⾒することができる場合もある……のだが、そもそも(1)を「分かっていない」ことが、今でも多いと⾔わざるを得ない。

(1)、すなわち「現状業務の把握」は業務効率化の第⼀歩である。また、業務効率化に限らず、現場管理職が当然果たすべき役割の⼀つである。この当然果たすべき役割がなされていなかったことが、狭義の業務効率化の必要性に迫られてしまうことの⼀因となってはいないだろうか。

さらに、業務を実際に遂⾏する「⼈」もまた、現場管理職が把握すべき対象である。 「ある業務を同⼀レベル、⼀定時間以内でできるヒトを⼗分に擁している現場は少ない」という前提に⽴てば、(3)をデザインできたところで、目標とした業務処理時間を簡単に達成できないことは明⽩だ。そしてそれが『普通の現場』である。限られた⼈的資源で本来、実施すべき業務を⾏い、目的・目標の達成にチャレンジすることが、現場管理職の第⼀の役割だ。

これを⼤前提として、現場管理職は「⾃社のバリューチェーン上における担当現場の役割」を正しく理解しておくことが必須となる。管理職がこの⼤前提に明解な回答を持っていない場合、適切な意味での部門間調整や部下への指⽰を、業務効率化の場⾯どころか、⽇常業務においても、果たすことができていない可能性が⾼いだろう。

[2]⼈事部門の果たすべき役割:「正義の味⽅として機能する」

業務効率化において現場が⼈事部門に期待する役割を⼀⾔で表すならば、「セーフティネット」で
ある。
これは雇⽤のセーフティネットといった狭義の意味ではない。⽂字どおりの「安全網」であり、⾔ってみれば『正義の味⽅』である[図表2]。

ビジネスや組織活動は、正義や論理だけで機能することはできない。逆にだからこそ、「現実と正義や論理にどれだけの乖離(かいり)があるか」を組織として認識しておくことが必要だ。
そうした認識がないために、受け⾝で惰性的な戦略、オペレーション偏重となってしまっているのではないか。ここでいう『正義』は、⼀般の企業でいけば経営理念や「創業の志」、社是・社訓をイメージしていただきたい。

この正義と現実との乖離を埋めようとすると、個別の職場や現場、および部門間などでしばしばコンフリクト(衝突)が⽣じる。その解決を個々に委ねると、客観性に⽋けた近視眼的解決に陥ることが少なくない。
結果、現場ではしばしば『正義』が失われることにつながっている。組織および個⼈の成⻑を目的に、コンフリクトを客観的に評価し、解消する、すなわち正義に近づく努⼒を後押しすることが、⼈事部門の果たすべき役割である。

セーフティネットという役割を果たすために、⼈事部門にまず確認していただきたいのは「⾃社の⼈材像」である。「“もちまえ”をどう発揮させるのか」を描き、キャリアパスを提⽰し、業務とひも付け、それに応じたローテーションも⾏う。それらを確実に運⽤するためには、現場との調整も当然含まれる。

こうして書くと、「今までやってきた(はずの)ことばかりじゃないか」という声が聞こえそうだ。
「今までやってきたこと」が完璧であるならば、本コラムはまったくお役に⽴たない。少しで「うまくいっていない、思うようになっていない」ところがあれば、それらの中には、業務効率化に貢献できる要因が多数含まれているとご理解いただきたい。

(産業能率⼤学 総合研究所 研究員 安藤紫)



※ 本コラムは、「労政時報」(労務⾏政研究所)に掲載(2013年1⽉11⽇発⾏)した内容に基づいています。
※ 著者の所属・肩書きは掲載当時のものです。