若手社員の成長と定着を促す人材マネジメントとは?
企業が持続的に成長・発展するためには、次世代を担う若手社員が主体性をもって意欲的に働き、活躍できるような環境を整備することが欠かせません。若手社員の成長と定着を促すにはどういった取り組みが有効なのか、ここでは「ワーク・エンゲイジメント」という概念に焦点を当て、若手社員のパフォーマンスを最大化するための人材マネジメントについて考察します。
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1.ワーク・エンゲイジメントとは
ワーク・エンゲイジメントとは、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態のことを指します。具体的には、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)、「仕事に誇りとやりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)の3つの要素が揃った状態を意味します。つまり、ワーク・エンゲイジメントが高い人は、仕事に誇りを持ち、仕事そのものから活力を得ながらいきいきと熱心に取り組んでいる状態であるといえます。厚生労働省発表した労働経済白書(注1)では、こうした状態を「働きがい」のある状態と定義しています。
さらに、2024年に本学が実施した「第9回マネジメント教育実態調査」によると、人事担当者から見た若手社員の課題として、「働きがいを高めること」に最も多くの回答が集まっています(図1)。この結果から、人事担当者にとって、ワーク・エンゲイジメントが若手社員の育成において注目すべきテーマであることが分かります。
2.ワーク・エンゲイジメントを高めることの意義
では、若手社員のワーク・エンゲイジメントを高めることが、そのパフォーマンスを最大化し組織としての業績向上に寄与することになるのでしょうか。
図2は、厚生労働省が労働経済白書(注1)で示した「仕事の要求度・資源モデル」をもとに作成したものです。たとえ仕事の要求度が高くとも、十分な資源が提供されることでワーク・エンゲイジメントを高められる、結果としてアウトカムにつながるということを表しています。
ここで注目すべきポイントが3つあります。
①アウトカムの代表に、仕事パフォーマンスの向上や離職率の低下が挙げられています。ある百貨店の売り場に勤める従業員調査では、ワーク・エンゲイジメントが高い売り場ほど売り上げが高く、またワーク・エンゲイジメントが低い売り場ほど売り上げが低かったという結果が出ています。また、人手不足に陥っている企業でも、ワーク・エンゲイジメントと企業業績に正の相関が出ていることが示されています。つまり、若手社員のワーク・エンゲイジメントを高める人材マネジメントを遂行することは、企業の競争力を高める重要施策の一つになりうると言えます。
②この他のアウトカムとして、従業員の革新性、創造性、主体性の向上が示されています。つまり、ワーク・エンゲイジメントを高めることで、若手社員の「言われたことしかしない」、「決められたことしかしない」という受け身状態からの脱却が期待できます。
③図2は正の循環として構成されています。すなわちアウトカムが高まることで、主体的な資源獲得の動き、例えば上司へのフィードバックを積極的に要求したり、キャリア開発に果敢に挑戦したり、社内ネットワークを広げるような場に参加したり、という活動が期待できることを表しています。これはワーク・エンゲイジメントが従業員エンゲイジメントを高める可能性を示唆しています。確かにワーク・エンゲイジメントを高めることで結果として離職につながることを懸念する議論もあります。(この仕事は好きだ、誇りに思っている、でもそれをよその企業で実現したい。)しかしこの図に示す通り、メンバーのワーク・エンゲイジメントを高めることに成功できれば、組織に対するコミットメントを引き出せるということです。つまり、企業も信念をもって従業員一人ひとりのワーク・エンゲイジメントを高めること、そのために必要な資源をできる限り提供することに注力すべきと言えます。
3.若手社員のワーク・エンゲイジメントを高める人材マネジメント
それでは、若手社員のワーク・エンゲイジメントを高め、彼らのパフォーマンスを最大化する人材マネジメントを具体的にどのように実現していくのか、以下の3つの視点で考えてみたいと思います。
Ⅰ.目標統合に基づくマネジメント
若手社員の成長と定着を図るうえで最大のキーパーソンは、他ならぬ直属上司です。直接的な接点が多いマネジャーによる最適な関わりなくして、若手社員の飛躍は期待できません。図3のデータが示す通り、将来に対するメンバーの不安は拡大傾向です。昨今よく耳にする「キャリア不安」という言葉が示す通り、先行き不透明な厳しい競争環境を案じ、早く成長しなければという不安感や焦りを抱えています。言い方を変えるなら、自身の成長が実感できない職場や上司のもとでは彼らの不安が増長し、場合によっては若手社員を離脱させてしまうリスクすらあります。
そこでこれに応えるため、上司による人材マネジメント機能を以下の点で点検する必要があります。
1)メンバーとの目標統合対話
図4右側のモデルのように、個人の志向と組織目標をうまく統合させ、メンバーの目標達成と成長意欲を生み出す目標統合対話を実施することは何よりも優先事項です。
目標統合によってこそ、メンバー自身の主体的な試行錯誤を生み出すことが可能となります。
部下指導においてもっとも重要とされる目標設定において、メールや文書などの通達で終わらせることは何としても避けなければなりません。
2)ビジネスコーチングと定期的フィードバック
たとえわずかな時間でも構いません。1on1ミーティングなどを活用してコーチングを実施し、
メンバーの成長点と課題を明らかにする機会を「定期的に」設けることが大切です。
これには適正な人事評価とフィードバック面談も含まれます。
3)キャリア・ビジョンの設定および開発支援
短期的な目標達成に加えメンバーの中期的なキャリア開発を後押しする指導やコミュニケーションが求められています。
キャリア・ビジョンの設定を支援し、その実現に向けた情報や機会を積極的に提供していくことで、メンバー自身の主体的なキャリア開発意識を刺激します。
こうしたことを要求する場合、既に十分な負荷がかかっているマネジャーから相応の反発を招きそうです。しかし、目標統合対話による初期設定でメンバーの自走状態をうまくつくり出せれば、あとは適時のビジネスコーチングやフィードバックにかかるコストで済みます。何よりも、メンバーのワーク・エンゲイジメント、すなわち業務に対する熱量や活力を生み出す人材マネジメントがうまく機能さえすれば、マネジャーは他の管理業務にエネルギーを割くことが可能となります。
こうした、メンバーとの目標統合に基づくマネジメントを実装させるためには、新任マネジャーはもちろん既任マネジャーに対する再教育が必要と言えます。
Ⅱ.メンバー自身のキャリア自律
当然のことながら、若手社員のワーク・エンゲイジメントを高めるうえでは、指導する側の責務もあれば指導を受ける側の責務も考えられます。メンバー自身が自らのキャリアを自分の手で切り拓いていくというマインドセット(キャリアオーナーシップ)なくしては、どれほど上司や組織が環境づくりに尽力しても徒労に終わります。これに対しては採用内定段階に始まる早期教育が必要です。
キャリアオーナーシップとは
個人一人ひとりが「自らのキャリアはどうありたいか、如何に自己実現したいか」を意識し、納得のいくキャリアを築くための行動をとっていくこと
経済産業省(2018)から引用(注2)
昨今、就活生が企業を選ぶ基準として、福利厚生制度やワークライフバランスなどの労働環境、OJT制度をはじめとした教育制度の充実ぶり、などに焦点があたりがちですが、「企業に期待するばかりでなく自己成長の主体はあくまで従業員一人ひとりであり、企業が整備した環境を有益に活用できるかどうかはあくまでも自分自身に委ねられている」という自律意識を早い段階から育むことが肝要です。こうした意識を所与のものとして捉えるのではなく、内定者研修者や新入社員導入教育の段階から早期に開発していくことが大切です。またその際、目標とは組織から縦に付与されるものではなく、諸条件を踏まえ自ら設定するものであるという「目標設定リテラシー」を実装させるプログラムを組み込むといいでしょう。
今こそ、「企業に消費される人材」としてではなく、「企業を活用し自分の成長やパフォーマンスを高める人的資本」としての主体者意識をもち、キャリアを自らマネジメントしていく姿勢を若手社員に獲得してもらうことが強く期待されます。そしてこうした意識を喚起していくための教育制度、また一人ひとりのキャア実現を組織的に支援していく仕組みや環境が整備されていることそのものが、若手社員のワーク・エンゲイジメントを高めることにつながると考えています。
Ⅲ.HR部門が担う人事施策
以上2つの視点で見てきましたが、こうしたマネジャーやメンバーを育成し、かつ最適な育成環境を実現していくためにHR部門に期待されている役割はきわめて大きいと言えます。ここでは、職場支援に焦点を当てて述べたいと思います。
HR部門による職場支援例
体系的OJTシステムの機能化と育成能力の開発
本部主導によるOJTシステムの導入および運用の徹底
中堅クラスへのコーチングスキルトレーニング
育成活動に対する積極的評価
人材育成において成果を上げたマネジャー・メンバーをより積極的に評価するような人事評価制度
人的資本としてのヒューマンデータベースの整備
メンバーの業務履歴や研修受講履歴、キャリア志向などをマネジャーへ情報提供
新技術、最新テクノロジーの導入
※最新の調査で、新しい技術の導入が従業員のワーク・エンゲイジメントを高めることが判明しています
そして当然のことながら、採用や配属のミスマッチを回避する対策も必要です。ワーク・エンゲイジメントの高低と「採用戦略と入社後の人材戦略の一貫性」の関係を確認したところ、若手社員のワーク・エンゲイジメントが高い企業では、採用戦略と入社後の人材戦略に一貫性がある企業の割合が高くなりました(図5)。HR部門が経営層と密に連携しながら中長期的な人材戦略をもち、それに基づいて採用・教育・配置といった人事施策を遂行することが重要です。
まとめ
今回の調査結果が示すように、若手社員のワーク・エンゲイジメントを高め彼らの成長と定着を促すためには、マネジャーとメンバー、経営と現場が向き合い一体となって協働していくような組織をつくり上げていくことが求められます。またそのためには、図6に示す通り、経営と現場をつなぐHR部門が、各人事施策を点ではなく線としてストーリーで語り、直接対話などを通じて現場に粘り強く働きかけていくこと、一方で現場の実態を経営に伝達するプロセスを通じ積極的に経営に参画していくことが求められていると言えます。
人的資本経営の重要性が問われる今こそ、中長期視点に立った競争力強化をめざすこと、そしてそのために全社で人材育成のあり方を見直し、人が育つ環境の整備と働く人の意識改革を積極的に推進していくことが求められているのではないでしょうか。
(注1)厚生労働省(2019)『令和元年版 労働経済の分析』、第Ⅱ部「人手不足の下での『働き方』をめぐる課題について」、第3章「『働きがい』をもって働くことのできる環境の実現に向けて」
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