「女性版骨太の方針2023」を人事の視点で読み解く-組織が注力すべきポイントを解説

「女性版骨太の方針2023」を人事の視点で読み解く-組織が注力すべきポイントを解説

2023年6月13日、「女性版骨太の方針2023」が閣議決定されました。岸田内閣の看板政策である「新しい資本主義」の中核として女性活躍が位置づけられ、その具体的な方針を示しています。
この記事では、企業・組織の人材開発を支援するコンサルタントが、「女性版骨太の方針2023」を人事部の視点から読み解き、女性活躍を推進するためのポイントをご紹介します。

筆者プロフィール

遠藤 勉仁 (Endo Katsuhito)

学校法人産業能率大学 経営管理研究所
戦略・ビジネスモデル研究センター 主任研究員

遠藤 勉仁
(Endo Katsuhito)

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女性版骨太の方針2023とは

女性活躍推進の現状

世界経済フォーラム(WEF)は6月21日、2023年版「世界男女格差報告書」を発表しました。日本のジェンダーギャップ指数は、日本は146カ国中125位という過去最低の順位となりました(前年は116位)。
この指数は、男女平等の実現度を測るもので、政治、経済、教育、健康の4分野で評価されます。日本は、教育と健康ではトップクラスの順位であるにもかかわらず、政治分野では国会議員や閣僚の男女比が低く、経済分野では女性管理職の割合が少なく、かつ男女間の所得格差が大きいことが評価を下げています。
日本の女性活躍、男女平等の実現が待ったなしの取り組みであることを突き付けられました。
骨太の方針では、経済社会の持続的発展には、女性はもちろんすべての人が生きがいを感じられる、多様性が尊重される社会の実現が不可欠とし、女性活躍推進の諸施策を通じて、いわゆる「L字カーブ」が生じる構造的な課題の解消を目指すとしています。

L字カーブとは

L字カーブとは、女性の正規雇用率が25歳から29歳の間にピークを迎えた後に低下する傾向を示す言葉です。
M字カーブとは、女性の就業率が出産や育児の影響で30代から40代にかけて落ち込むことを表しています。
M字カーブは緩和されつつありますが、正規雇用から非正規雇用への移行が多く見られます。
正規雇用を維持すること、あるいは再就職することの困難さ、パートナーの意向などが要因となり、非正規雇用を選ばざるを得ない人が増えています。
骨太の方針は、この問題の根源に「固定的な性別役割分担意識」があると指摘しています。この意識を変えることで、社会経済の多様性と活力を高め、女性の活躍が組織のイノベーションと成長に寄与するとしています。

「女性版骨太の方針2023」の重点項目

方針には以下の4点が重点項目として掲げられています。

  1. 女性活躍と経済成長の好循環の実現に向けた取り組みの推進
  2. 女性の所得向上・経済的自立に向けた取組の強化
  3. 女性が尊厳と誇りを持って生きられる社会の実現
  4. 女性の登用目標達成(第5次男女共同参画基本計画の着実な実行)

ここでは、上記の重点項目を具現化するための取り組みとして、特に人事部門や人材開発部門が注力して欲しい下記2点の施策について解説します。

女性役員比率を目標設定

今回の女性版骨太の看板施策といっても過言ではないでしょう。企業の女性登用を加速させるために、プライム市場の上場企業に対して、女性役員比率に関する数値目標が設定されました。

  • 2025年までに、女性役員を1名以上選任することを目標とする。
  • 2030年までに、女性役員の比率を30%以上とすることを目指す。
  • 目標達成のための行動計画の策定を推奨する。

内閣府の資料では、22年のプライム市場上場企業の女性役員比率は11.4%にとどまっており、目標に掲げられた数値はかなりハードルが高そうです。
しかも、その内訳は社外取締役の比率が圧倒的に高く、生え抜きの取締役は女性役員のなかでも13%程度に過ぎないという調査結果もあります。
さらに女性の社外取締役の多くが複数の企業で役員を兼務していることから、このままでは限られた社外取締役候補の争奪戦が予想されます。社内から女性取締役を育てる体制づくりが急務といえます。

働き方を変革する

方針では、男女が家事・育児等を分担して、ともにライフイベントとキャリア形成を両立できる環境づくりに向けて、下記の施策を講じています。

  • 長時間労働慣行の是正
  • 投資家の評価を利用した両立支援の取組の加速
  • 「多様な正社員」制度の普及促進等に取り組む。
  • 「男性育休は当たり前」になる社会の実現に向けて、制度面と給付面の両面からの対応を抜本的に強化する。

コロナ禍を経て、私たちは、時間や場所に縛られない自由度の高い働き方の可能性を感じるようになりました。
性別ではなく成果で評価される文化が浸透し、男性育休が当たり前になれば、女性は今よりも能力を発揮しやすくなると思います。
しかし、現実はそう簡単ではありません。
先日、ある企業に研修講師として伺った際に、中堅の女性受講者からこんな発言がありました。
「うちの会社も女性の管理職が登用され始めてきたが、出産や育児で時短勤務に入る人もいる。メンバーだけでは埋めきれない業務時間が発生する。だから女性の管理職登用には限界があるのではないか。」と。
この発言には、管理職は長時間労働するものという”職場の常識”が反映されており、発言した女性自らも管理職への可能性に制限をかけているようです。
職場の雇用慣行を見直すことや、事業や業務上の特性に合わせた形で、働きやすくやりがいが感じられる職務設計、制度設計をすることが、女性活躍はもちろん企業の競争力にも大きく影響すると考えます。

なぜ私たちは女性活躍推進に取り組むのか?

改めて女性活躍推進に取り組む価値について確認しておきます。

業績の向上につながる

2007年にマッキンゼーが行った国際調査では、女性登用が進んだ企業はROEなどの財務指標や株価上昇率で業種平均を上回っているというリポートが注目を集めました。その後の調査でも同様の傾向が確認されています。
国内の調査では、業績や財務面との因果関係は明らかにされていませんが、多くの調査でその相関性が指摘されています。
産業構造が労働集約型から知的創造型へと変化する中で、競争力の源泉は個人の創造性と、個人を活かす組織力です。女性を含めた多様性は、組織の持続的な成長に寄与するのです。

採用力の強化につながる

金融庁は、2023年度から上場企業に人的資本の情報を有価証券報告書に記入することを求めています。人的資本の開示は、企業の採用力に影響を与えると考えられます。

人的資本開示のポイント

  1. サステナビリティ(持続可能性)を記載する
    「人材育成方針」「働きやすい職場環境づくりの方針(社内環境整備方針)」
  2. 人材の多様性を示す指標を記載する
    「女性管理職比率」「育児休業取得率」「男女間賃金格差」

これらの情報は、自分の成長や活躍が期待できる会社を探している学生や求職者にとっても重要です。
若い世代は性別に対する価値観が比較的フラットであり、女性が一生働くことや男性が育休を取ることにも前向きです。そのため、女性が働きやすい組織や職場を作ることは、少子化と人口減少が進む中で採用力を高めるために必要な取り組みです。

エンゲージメントの向上につながる

女性が活躍できる職場は、男性や家庭の事情がある人にも働きやすい職場です。多様な人材が意欲的に働ける環境を整えることが必要です。
しかし、私が支援している企業の中には、性別役割意識が強すぎて、女性社員のやりがいを阻害している事例もあります。そのような時は、職場の問題の根を探り、メンバー間で話し合うことで問題が解決されます。
風通しの良い職場では、立場に関係なく意見が出やすく、アイデアや発想も生まれやすいです。そのような職場では、仕事に対する社員のエンゲージメントが高まり、仕事のパフォーマンス向上はもちろん、離職率や欠勤率の低下にも貢献します。

女性活躍推進に効果的な研修をご紹介

ここまで、「女性版骨太の方針のポイント」と「女性活躍推進に取り組む価値」について述べてきました。
女性活躍推進のキーパーソンは、現場の管理職であると私は考えています。最後に、私が企業の女性活躍推進をサポートする中で、特に効果の高かった管理職研修をご紹介します。

管理職研修でマネジメントスタイルを見直す

私が管理職研修で重視するのは、部下への共感力です。そのために、エンパサイズ・マネジメントという考え方を提唱しています。

エンパサイズ・マネジメントとは、女性を含む多様なメンバーやチームの能力を最大限に引き出すために、管理職の共感力を高めることを目指しています。メンバーの志向性や置かれた環境に対する上司の感度を高め、メンバーそれぞれに合わせた関わりと支援を期待するものです。

具体的な方法としては、「face to faceシート」というツールを使います。
「face to faceシート」では、自分が担当するメンバー数名を選んで、その人たちの強みや業務上の関心事、キャリア構想などを記入してもらいます。これをすることで、自分がメンバーそれぞれをどれだけ理解しているか、また理解度にばらつきがないかをチェックできます。
グループワークでは実名は伏せて、「face to faceシート」に書いた内容を他の管理職と共有します。そして、自分や他人がメンバーに対して持っている見方や判断に偏りや先入観がないかどうかを確認し合います。

例えば、ある管理職が、「時短勤務中の女性メンバーは長期プロジェクトに参加させない方がいい」と捉えている場合、それは本人の希望や事実に基づいて決めたものなのか、それとも自分の思い込みやバイアスによるものなのかをグループで検証します。
多くの管理職はメンバーに対して誠実に接しようと努めていますが、無意識にかけてしまうバイアスや思い込みがメンバーの可能性を制限してしまうこともあります。同じ立場の管理職からフィードバックを受けることで、自分のメンバーへの対応を客観的に見直すことができます。

この研修のポイントは、「女性の活躍」を前面に打ち出すのではなく、「職場力を高める」ことを目的としているため、女性メンバーへの向き合い方についても先入観なく学べる点にあります。

最後に

私は定期的に妻とお互いのキャリアについて話し合うことにしています。妻がスタッフ職から営業職に変わるとき、時短勤務を終えるとき、マネジメント職を打診されたとき、多くの男性が当たり前に受け入れているキャリアの転換期を、女性はこんなにも迷いや不安の中、「決断」をしているものなのか、と思い知らされてきました。
多くの女性がワークとライフのバランスに悩み、負担を抱え込んでしまっているのではないでしょうか。男女を問わず自らが望むキャリアを安心して歩める組織と社会の実現に向けて、これからもより多くの方と共に取り組めたらと願っています。