「社員の声を汲み上げる」JR東日本グループが実践するボトムアップ型人材育成事例とは?

「社員の声を汲み上げる」JR東⽇本グループが実践するボトムアップ型⼈材育成事例とは? Web版インタビュー
昨今、⽇本企業・組織では、持続的な企業価値の向上を⽬標とした⼈的資本経営の実現が喫緊の課題となっています。新型コロナウイルスをはじめ、さまざまな要因によって事業環境が激変する中、それらに適応するための事業変⾰への取り組みや、それと連動した⼈材戦略の策定と実⾏が今まで以上に求められています。

今回、国内屈指の鉄道インフラをもつ東⽇本旅客鉄道株式会社の⼈財戦略部の後藤様と樋⼝様に、経営ビジョンの実現を⽬的とした⼈材育成⽅針の策定、またそれと連動した⼈材育成施策の取組みについてお話を伺いました。

産業能率⼤学総合研究所
マーケティングセンター

藤原 隆明

この記事は、2021年11⽉16⽇(⽕)に開催されたオンラインイベント「東⽇本旅客鉄道株式会社様における"⾃ら学ぶ"学習⾵⼟づくり〜⼈材戦略と育成施策において⼤切にしていること〜」の内容を基に再編集しました。

東⽇本旅客鉄道株式会社 概要

1987年4⽉1⽇、⽇本国有鉄道(国鉄)が⺠営化されて発⾜。2021年4⽉1⽇現在現在の社員数は49,780名。1⽇当たり12,000本を超える列⾞を運⾏する輸送サービスのほか、駅ビル、ホテルなどの⽣活サービス、Suicaを中⼼としたIT・Suicaサービスなど、ヒトの⽣活における豊かさを起点とした新たな価値の提供を⽬指している。

この⽅々にお話をうかがいました

東⽇本旅客鉄道株式会社
⼈財戦略部 ⼈財育成ユニット(⼈材育成)

マネージャー 後藤 光

駅・⾞掌・運転⼠を経験し、IT・Suica事業、総合企画本部(経営企画)等を経て2021年より現職

東⽇本旅客鉄道株式会社
⼈財戦略部 ⼈財育成ユニット(⼈材育成)

樋⼝ 雄治

駅・⾞掌・運転⼠を経験し、JR東⽇本総合研修センター、⽀社⼈事課を経て2018年より現職

事業概要と取り組みの背景

3つの事業ドメインにより「信頼」の基盤を構築

樋口

私たちの強みは、⽣活インフラを⽀える重層的で“リアル”なネットワークとヒトの交流の拠点となる駅などを持ち、⾸都圏を中⼼に、ヒト・モノ・カネ・情報が交流・蓄積していることです。

後藤

この独⾃の強みを活かし、技術⾰新や、移動・購⼊・決済のデータ活⽤により「ヒト(すべての⼈)」を起点に「安全」「⽣活」「社員・家族の幸福」にフォーカスし、都市と地⽅、そして世界を舞台に、“信頼”と“豊かさ”という新たな価値を創造していきます。

JR東⽇本グループのインフラを⽀える3つの事業

輸送サービス「東⽇本エリアに網羅された交通網」

「輸送サービス」の強みは、東⽇本エリアに広がる重層的で“リアル”な鉄道ネットワークと⼈が交流を⾏う拠点となる駅などのインフラに加え、「安全」を裏付ける技術⼒を持っていることです。JR東⽇本グループは、社会インフラとしての役割を果たしていく中で、顧客や地域からの「信頼」を築いてきました。

 

⽣活サービス「魅⼒的なくらしづくり(まちづくり)」

⽣活サービスでは、輸送サービスで築いた「リアルに⼈が集い、動く場」である駅などを中⼼に、顧客や地域住⺠にとって魅⼒的な「くらしづくり(まちづくり)」を展開できる基盤が整っていることが⼤きな強みです。スタートアップとの連携や不動産事業など幅広い事業展開を進めつつ、地域や⾃治体との繋がり・ネットワークを活⽤し、「⼼豊かな⽣活」の実現を⽬指していきます。

 

IT・Suicaサービス「シェアNo.1のICカード」

IT・Suicaサービスの強みは、Suicaを中⼼としたデジタルネットワークを保有していることです。これまで鉄道ネットワークをベースに交通・決済のインフラとしてSuicaを拡⼤してきました。今後はMaaS、JREPOINTを加えたデジタルネットワークをさらに拡充し、部⾨を超えた新サービスの創造とデータを活⽤したOne To Oneアプローチによるマーケティングを実現していきます。

JR東⽇本グループの新たな経営ビジョン「変⾰2027」

JR東⽇本グループが推進するグループ経営ビジョン「変⾰2027」は、2018年の発表当時、⼈⼝減少やEコ マースを中⼼とした⼈々のライフスタイルの変化を踏まえ、10年後の未来に向けて我々⾃⾝のビジネスモデ ルを変⾰することを⽬指し策定しました。しかし、コロナ禍の影響により当初想定していた未来が突如、⽬ の前に現れたことから、この「変⾰2027」の実現に向けた取組みのレベルとスピードを上げ、ポストコロナ 時代に求められる新たなテーマに挑戦しています。

「変⾰2027」では、運輸セグメントそれ以外のセグメントの営業収益⽐率を「64」に設定してますが、将来的には「55」の早期実現を⽬指すこととしました。多くのお客さまにご利⽤いただく鉄道や駅という限られた領域の中でサービスを展開することをメインとしてきましたが、今後、⼈が集まる機会や移動する機会が縮⼩していくことが想定されるため、お客さま⼀⼈ひとりに焦点を当てた価値提供に発想を変えていくことが重要になります。

後藤

当社グループは、輸送サービス、⽣活サービス、IT・Suicaサービスの3つの事業を有しています。お客さまのニーズに合わせ、これら3つの事業が重なる部分を広げ、それぞれが相乗効果を発揮させていくこと新たな価値を提供するサービスを創造することに取り組んでいます。

JR東日本グループの教育担当者に特別インタビュー!
「社員の声を汲み上げる」ボトムアップ型⼈材育成施策の実際を聞く

はじめに、経営ビジョン(変⾰2027)と⼈材育成⽅針を連動させる際に留意したことについてお聞かせください。

藤原
後藤

JR東⽇本グループ経営ビジョン「変⾰2027」では、「鉄道のインフラ等を起点としたサービス提供」から「ヒト(すべての⼈)の⽣活における『豊かさ』を起点とした社会への新たな価値の提供」へと「価値創造ストーリー」を転換していくというものです。そのため、従来通りの⼈材育成ではなく、内向き志向の打破や新たな価値創造につながるような、これまでにない柔軟な⼈材育成をしていこうと考えています。

樋口

例えば研修教材についても、これまでは紙の資料を使っていましたが、柔軟な⼈材育成を⾒据え、全社員にタブレットを⽀給したうえで、紙の⽂化からデジタルデータの⽂化への転換をしています。ただ単にタブレットを⽀給するだけでなく、ITリテラシーを⾼めるために、タブレットを活⽤した研修の設定や、「SANNO e ACADEMY」のようなeラーニングを受講料全額補助のうえで導⼊する(※)など、さまざまな取り組みを進めています。

※2022年3月31日時点

ソフト⾯に加えて、ハードの⾯からもいろいろアプローチされているということですね。では、⼈材育成⽅針を策定する上で、どのようなことに苦労されましたか?

藤原
後藤

JR東⽇本グループ経営ビジョン「変⾰2027」では、従来の「鉄道のインフラ等を起点としたサービス」中⼼から、「⼈の⽣活における『豊かさ』を起点とした社会への新たな価値の提供」へと⽅向性を転換しています。これを実現するためには、トップダウンだけでなく、社員の声を汲み上げるボトムアップ型のしくみも必要だと思います。⼈材育成⽅針の策定についても同様であると考えていますが、社員の声の集め⽅については苦労しました。やはり社員が求めていることを理解することが重要だと考えています。

⼈材育成⽅針の策定におけるボトムアップ、つまり社員の声の汲み上げに苦労された、ということですね。具体的にはどのような⽅法で社員の声を集めているのでしょうか?

藤原
樋口

研修を実施した後のアンケートはもちろんですが、⼈事部⾨を中⼼に現場に⾜を運んで現場の社員から直接話を伺ったりしています。加えて、⼈事施策の⼀つで、「本社訪問」の場も活⽤しています。「本社訪問」は⼈気の⾼い施策で、⻘森や秋⽥など、遠⽅を含めたさまざまな職場から本社に来て、本社内各部の⾒学と意⾒交換を交わすというものです。

それは興味深いですね!社員の声を施策等に反映した例があれば教えてください。

藤原
樋口

⼈事施策の⼀つに「海外体験プログラム」があります。2013年から始まった施策になりますが、欧⽶やアジア各国へ社員を3ヶ⽉派遣し、語学⼒向上とグローバルマインド醸成を図るという研修です。これまでは3カ⽉間で実施していましたが、現場社員から「3カ⽉は難しいけれど1カ⽉ならチャレンジしたい」という声があがり、1カ⽉間コースを導⼊することにしました。また、管理者から「海外で勉強したい」という声もあり、1カ⽉間の管理者コースも始めることにしました。

社員の声を⼈事施策に反映しているのは素晴らしいですね。ボトムアップとして社員の声を汲み上げたうえで、⼈材育成⽅針や⼈材施策が考えられていることが社員に伝わると、研修の⽬的に納得感をもって受講してくれるのではないかと思いました。

⼈材育成⽅針を社内通知する上で⼯夫した点について、お聞かせください。

藤原
後藤

⼈材育成⽅針をそのままの⾔葉で伝えることも⼤事ですが、作成の想いに加え、各プログラムの⽬的や効果などを研修や会議の場で伝えることにも留意しています。他にも、「いつでもどこでも⾃発的に学び、成⻑できるための環境づくり」を⽬的に、2019年4⽉から「⼈材育成ポータル」を開設しました。これは弊社の⼈材育成⽅針のマップが閲覧に加え、各種研修申し込みの機能も備えたポータルサイトになります。

⼈材育成⽅針をただ機械的に伝達するのではなく、作成した想いや各プログラムの⽬的などを、さまざまな場⾯を通じて丁寧に伝達されている、ということですね。貴社のように規模の⼤きい企業が、草の根の活動のようなことを⼤切にされているというのは、⼈材育成⽅針を社内に浸透するうえで重要なポイントではないかなと思います。

藤原

最後に、具体的な⼈事施策についてお話を伺います。社員の⾃律的なキャリアプラン実現の⼿段の1つとして、社内と社外の通信研修といった⾃⼰啓発制度を展開されているかと思います。その中に、2021年度から本学のeラーニング『SANNO e ACADEMY』を導⼊いただきましたが、その理由についてお聞かせいただければと思います。

藤原
後藤

eラーニングを選定するうえでコンテンツの質に加えて、量も重視しました。SANNO eACADEMYには、ビジネス関連のコースに加えて、リベラルアーツもあります。例えば経営企画の勉強をしていて、少し疲れたから今度はリベラルアーツを学習しよう、といった活⽤ができ、受講者を飽きさせないのも導⼊した理由の1つになります。

樋口

学習時間が多種類あることも導⼊した理由の⼀つです。eラーニングは⽐較的⻑めのコンテンツをイメージしていましたが、「SANNO e ACADEMY」には、3〜10分で終わるものから30〜60分程度の⻑いものまであります。通勤電⾞の中で学習することもでき、乗っている時間を考慮して、朝はこのコースを、帰りはこのコースを、といった形ですき間時間に応じてコース選べるのが⾮常に便利です。

SANNO e ACADEMYでは2022年4⽉時点で300を超えるコースをご⽤意しています。
全ての映像教材は3つのカテゴリに分かれ、3分〜60分ほどの映像までさまざまです。

ご評価いただき、誠にありがとうございます。最後に読者の皆さまに向けて、⼀⾔メッセージをお願いします。

藤原
後藤

当社の事業環境はかなり厳しい状況ですが、この先の会社の発展や社会の発展に向けて、⼈材育成に努めていきたいと思っています。⼈材育成は⼀朝⼀⼣に成果が出るものではありませんが、取り組みを続けることが⼤事だと思います。様々な観点から様々な施策を、⼀⽣懸命に取り組んで参ります。

貴重なお話の数々、ありがとうございました!

藤原