"社員のキャリア自律で離職者が増える"は真実か?「キャリア自律」に関する5つの疑問

社員のキャリア自律で離職者が増える?「キャリア自律」に関する5つの疑問

このシリーズでは、⼈材育成の現場を数多く⾒てきた産能⼤のアドバイザーからのヒアリングを踏まえ、本当に効果的な人材育成施策に役立つ視点や考え方をご紹介します。 第3回は、産能大で長年組織の人材育成に携わってきた2人の専門家の対談から、今の時代に求められる「キャリア自律」についてお話します。


ヨシダ

人材育成におけるキャリアデザインの専門家。

ナカダ

組織の人材育成やマネジメントに関するさまざまな課題に日々向き合っている。

1. 「キャリア自律」とは何か?

かつて、「キャリア」というと「同一企業内での地位(肩書)獲得のプロセス」、という意味合いが強い言葉でした。 極端に言えば、これまでのキャリアをめぐる企業と個人の関係は、企業による社員のキャリアの一括管理が主流でした。もちろん入社した全員が上に登れるわけではありませんでしたが、社員は企業から与えられる階段を、おおよそ定められた時期に登ろうと考えればよかったのです。

しかし、その前提となる年功序列・終身雇用は多くの企業で維持することが難しくなり、さらに仕事人生が長期化する「人生100年時代」の現在、キャリアという観点から企業と個人の関係は大きな変化の時を迎えています。 そんな中、人材育成施策を考えるうえで注目されているのが、「キャリア」に「自律」(=自分の立てた規範に従って行動する)を加えた「キャリア自律」という考え方です。

2. なぜ今「キャリア自律」が求められているのか?

仮に4年制大学を卒業して70歳まで働くとすると、仕事人生は約50年。その間には、事業が転換(消滅)したり、新たなテクノロジーへの対応を求められたり、所属企業が買収(合併)されたりと、仕事内容や働き方が大きく変わる場面に直面することは避けられません。また、転職や副業、兼業など、個人の働き方の選択肢も増えていきます。キャリアパスは複線的になり、キャリアは個人と企業との協同デザインによるものへと変化していきます。

これは何も若手だけの問題ではありません。前回、シニア社員にまつわる問題を取り上げましたが、シニアになって大きな喪失感に見舞われる、会社の中での役割を見失ってしまう、という悩みも、こうした仕事の変化に起因するケースは多いと思われます。不確実性の高まった時代では、誰かが決めたゴールに向かって一直線に歩むのではなく、自らゴールを設定すること、そのゴールを何回も設定しなおすこと、設定したゴールに向かってその都度学び直すことが求められるのです。

>前回の記事:シニア社員のパフォーマンスが組織の未来を変える!年上部下をもつ管理職に知ってほしい3つのポイント

3. なぜ企業が社員の「キャリア自律」を支援するのか?

「社員にこれからのキャリアを考えさせる機会を与えたい」というご相談は、ここ数年で本学にも多く寄せられています。一方、「社員のキャリア自律を促すことで、組織への帰属意識が薄れ、離職者が増えるのではないか?」という懸念を持たれる人事担当者がいるのも事実です。

企業が社員のキャリア自律を支援する意義はどのように考えたらいいでしょうか。キャリアデザインが専門のヨシダさんに聞いてみたいと思います。

ナカダ
ヨシダ

キャリア自律を促進することで、社外に活躍の場を求める社員が一定数生まれることは否定できません。ただ、企業にぶら下がって、何とか定年まで雇用を保証してほしいという受動的な社員が増えることのほうが、はるかに企業経営にとってリスク要因ではないでしょうか?

それに自律的キャリアを支援することで、企業業績が向上したり、社員の組織への求心力が高まったりする事例も見られます。

それは興味深いですね。キャリア自律した社員が増えることが企業業績の向上につながったり、自組織への求心力が高まったりするのはどういう理由からですか?

ナカダ
ヨシダ

そもそも「キャリア自律」とは、未来志向で自分自身と環境変化に向き合い、なすべき行動を考え、実行しながら、自分でキャリアをデザインしていくことができる状態のことです。めまぐるしく変化する環境の中で企業が業績を向上させるには、言われたことを忠実にこなすだけでなく、自ら考え行動する人材、つまりキャリア自律した社員の存在が必要不可欠ですよね。

また、キャリア自律をしている社員は、「なすべき行動を考える」習慣が身についていますから、自ら会社にとって必要な仕事を提案し、創り出すことができます。この時に、会社側が適切なジョブアサインができれば、社員の自己効力感を引き出し、結果として組織への求心力を高めることにつながります。

4. 企業は個人のキャリア自律をどのように支援するべきか?

実現したいキャリアが個人で異なる以上、そのキャリアを実現するプロセスも個々で異なりますよね。画一的なキャリア支援では、多様化するキャリア自律のニーズに対応できません。では、企業は個人のキャリア自律をどのように支援すればよいのでしょうか?

ナカダ
ヨシダ

1つめは、環境変化に対応するために、「モノの見方・考え方」を発展させることです。
例として、キャリアを考える枠組みを社内の中から外へと視野を広げることが挙げられます。検討の範囲をあくまで自社内でのキャリアアップに限定すれば、「〇年後に●●課長になる。今の●●課長は、■■というポジションを2年務めて、▲▲という業績を上げていたので、自分も…」という前例踏襲的な考え方に陥りやすくなります。

2つめに、そのキャリアを実現するためにどのような「能力(知識・スキル・マインド)」が必要なのかを考え、自らの意思で主体的に学ぶ姿勢を育むことです。 これまで積み上げてきた資産や将来予測にもとづいて、いくつもの方向性を持って自由に検討させることで、本当に自分らしいキャリアを描けるでしょう。

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なるほど。先ほどの話からすると、不確実な時代においては社員一人ひとりが自分の発揮できる価値は何か?を見つめて自律的にキャリアをデザインすることが、個人の成長だけでなく企業にとっても発展の鍵を握るということですね。

ナカダ
ヨシダ

その通りです。もちろん、そのためには企業としてもキャリア自律を促進するしくみ・環境を整備するだけでなく、マネジメントスタイルを変容させる必要があります。キャリア自律により個人が主体性を発揮しようとしても、それを押し殺してしまうようでは、社員は組織への諦めを抱くだけになってしまいます。

上意下達でメンバーを型にはめるようなマネジメントがまだ行われているとしたら、メンバーの個性を尊重し、多様性を活かすようなマネジメントに転換しなければなりません。そうでなければ、あっという間に組織の力は衰えてしまうでしょう。

5. マネジメントスタイルは現状維持でいいのか?

企業が社員の自律的なキャリア開発を支援するためには、これまでの一括管理のマネジメントから、多様な能力を活かし育てるマネジメントへ移行する必要があります。そのためには職場を預かるマネジャー自身も、時代に適応した考え方を身に付け、マネジメントスタイルをアップデートしなければなりません。

最近、ある企業の経営企画部門の方から、事業改革が思うように進まないため、現場にヒアリングしたところ、マネジャーからは「メンバーが主体的に動いてくれない」、メンバーからは「マネジャーが方向を示してくれないから動きようがない」と言われたという話を伺いました。

ナカダ
ヨシダ

それはありそうですね。どちらが悪いということではなく、それぞれが一生懸命動いていてもかみ合わないという…。これはまさにマネジメントスタイルの変容で解決すべき問題ではないでしょうか。

マネジャーが育った時代と今とでは10年以上のタイムラグがあり、環境が大きく異なります。同期入社の中で最初にマネジャーに昇格するため、ひたすら組織の求めるノルマをこなしてきた……という方に「メンバーの多様性を大切にし、それぞれのキャリア自律を支援してください」と言っても戸惑うだけかもしれません。

しかし、それぞれ異なるメンバーの強みを一つの方向に向けて発揮させ、組織として成果を出すことはマネジャーの重要な使命です。そのためには、自分が若い頃に見てきたのと同じマネジメントスタイルでは対応しきれないでしょう。

マネジメントに影響を与える大きな要因として、企業の『人材ポリシー』社員の『人材特性』の2つが挙げられます。日本企業では従来、「育成重視」「同質性重視」のマネジメントが行われてきたといわれています。ある程度先が見通せる状況では、その会社らしい人材を画一的に育成することが大きな強みになりましたが、それだけでは変化を乗り越えていくことが難しくなってきました。これからは、多様な能力を重視し、イノベーションを生み出す「調達・活用重視」「異質性重視」のマネジメントが求められます。

人材ポリシー

事業戦略の実行に向けて組織が人材に対して持っている認識


育成重視

・新卒一括採用を中心とし、その会社らしい人材をきちんと育成していく。
・その会社で通用するゼネラリスト・スペシャリストを育てる。

調達・活用重視

・事業戦略の実行に必要な人的資源については、職場内外から調達する。
・チーム構成の権限が、マネジャーに付与される。

人材特性

組織がメンバーに求める思考や行動・価値観など


同質性重視

・同じ方向を向いて、同じような行動様式でいることが組織としての強みを有するという前提に立っている。
・対面でのコミュニケーションを好み、副業を許容しない。

異質性重視

・違いが強みやイノベーションを生み出すという価値観を大切にし、各自の強みや「らしさ」を発揮することを期待している。
・環境も対面にこだわらず、副業なども許容しようとしている。

時代の変化に適応する新たな考え方を知り、今、活躍できるマネジャーの育成実現を目指しましょう。

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「キャリア自律」は企業と個人が双方で創り出すもの

キャリアは非常に広く、深いテーマです。社員の主体性・自律的の重要性が高まっていますが、個人の努力に任せず、企業と個人の双方がキャリア開発を進めていくことが大切です。管理職のマネジメント能力を高めるとともに、組織のしくみ・環境の整備からもアプローチする必要があるでしょう。

昨今、「人的資本経営※」の重要性がうたわれていますが、職場を離れて行う研修は、組織としての「人的資本」を棚卸し、その価値をさらに高めるための場ともいえます。より広い見地からの情報を得るためにも、本学のような外部団体の活用が有効だといえるでしょう。

※「人的資本経営」…人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方 (出所:経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」

人材育成に関するお悩み、課題など、お気軽にご相談ください。

▼ 第1回の記事を読む
「若手社員研修の失敗事例から学ぶ「教育担当者が持つべき3つの視点」「若手社員研修の失敗事例から学ぶ「教育担当者が持つべき3つの視点」
▼ 第2回の記事を読む
「シニア社員のパフォーマンスが組織の未来を変える!年上部下をもつ管理職に知ってほしい3つのポイント」「シニア社員のパフォーマンスが組織の未来を変える!年上部下をもつ管理職に知ってほしい3つのポイント」