イノベーションは⽬標に依存する

イノベーションは⽬標に依存する

戦略 or 組織︖

経営史家のアルフレッド・チャンドラーは1962年に著書“Strategy and Structure”で組織戦略に従う」と主張しました。その後、戦略論の⽗イゴール・アンゾフは1979年に著書“Strategic Management”で戦略組織に従う」と全く反対の説を主張しました。

両説とも企業の事例研究から帰納的に導きだされた結果論的な仮説で、研究時期、研究対象が異なることもあり、法則というよりも企業の類型として捉えるべきものです。しかし、その後、この⼆つの仮説は、経営戦略の領域において⼤きな潮流を形成することになります。「組織は戦略に従う」からは、マイケル・ポーターに代表されるポジショニング学派、「戦略は組織に従う」からは、ジェイ・バーニーに代表される資源ベース理論が⽣まれました。

⽇本企業においても、この2つのいずれかを採⽤すべきであるという考え⽅が定着しているのではないでしょうか。代表的な経営戦略の2学派を否定するわけではありませんが、これらの学説が⽣まれた経済成⻑の時代と今⽇の⽇本企業の置かれた状況は⼤きく異なっています。成⻑経済から成熟経済、縮⼩経済へと事業環境が変わる中、多くの⽇本企業がイノベーションを志向しつつも実現できない閉塞状況に陥っています。

戦略・組織は⽬標に従う

市場のパイが拡大する成長経済においては、イノベーションを起こさなくても「組織は戦略に従う」「戦略は組織に従う」のいずれかのアプローチで企業は成長することが可能です。しかし、日本企業の閉塞状況を打破するには異なるアプローチが必要となります。そこで提唱したいのが第3のアプローチ戦略組織目標に従う」です。基本となる考え方は、環境適合思考から環境創造思考(合目的的思考)への転換です。

公開されている日本企業の経営理念、中期経営計画を見ると、そのほとんどに「変革」や「イノベーション」という言葉がうたわれています。日本全体が変革・イノベーションを志向している印象さえ受けます。これだけ変革・イノベーションを目指しているのになぜ改善レベルにとどまっているのでしょうか。

あくまでも仮説ですが、その根本原因は「目標設定」にあると思います。

現在の延長線上で少し頑張れば達成できる目標からは改善しか生まれません。一方、非連続的でチャレンジングな目標からは、新たな発想、思考、行動が生まれ、それにより戦略・組織が変革されてイノベーションが起こるはずです。

ではどのように目標を設定すればよいのでしょうか。

目標設定の型

目標設定を類型で整理して考えてみましょう。

① 安易型(思考停止)

・対前年比
景気がいいから(悪いから)売上、利益は対前年でこのくらいだろう、という考え方。

② 現状維持型(ほぼ思考停止)

・市場予測×現状のシェア=売上目標
・売上目標×現状の利益率=利益目標

①および②のパターンでは何も新しいことは生まれず、時代遅れになる可能性が高くなります。

③ 競争思考型(改善効果逓減)

・ライバル会社に勝つために必要な市場シェア×市場予測=売上目標
・売上目標×現状より低い利益率=利益目標

このパターンではマーケティング・ミックス(商品政策、価格政策、販売チャネル政策、プロモーション政策の最適化)が成功すれば売上目標、利益目標を達成し、市場地位の逆転が可能となりますが、コモディティ化(どの会社の製品やサービスも似たような状況)が進んだ業界ではマーケティングコストがかかりすぎて当初想定した利益目標を大きく下回るケースが多くなります。

④ M&A型(良い意味でも悪い意味でも他力本願)

・(自社の売上+他社の売上)×市場の伸長率=売上目標
・売上目標×現状より高い利益率=利益目標

このパターンはM&Aのシナジーを期待して現状より高い利益率を想定しますが、実際にはアナジー(相互マイナス効果)が発生し利益率が下がるケースが多くなります。

⑤ 非連続型(市場制覇)

・新市場の規模×提供価値に見合った価格=売上目標
・売上目標×高い利益率=利益目標

このパターンは、イノベーションにより新市場を創造し必然的に市場を独占することを目指します。この非連続型の目標設定は経営者に高い志を求めます。高い志とは、正しい思いの強さであり、「正しい」とは社会貢献(人類の幸福への貢献)と同義です。

強欲に突き動かされて市場を独占するのではなく、あまねく社会に貢献するために新市場を創造し、制覇して独占を目指すことこそが逆説的ですがイノベーションを起こす鍵ではないでしょうか。

  • ⅰ チャンドラーはデュポン、ゼネラル・モータース、スタンダード石油、シアーズ・ローバックの4社を研究、アンゾフはロッキード社を研究。
  • ⅱ 外部環境、特に競争環境を分析し利益が集中するポジションを目指すべきとする。
  • ⅲ 内部資源のうちコア・コンピタンスに注目し、それを活用して成長、競争優位をめざすべきとする。
  • ⅳ 強いものが生き残るのではなく、環境に適合できたものが生き残るというダーゥインの進化論に基づく考え方。
  • ⅴ 環境変化の激しい時代に将来を予測して適合行動をとることは困難であるため、やりたいこと(目的)をやって将来の環境を創造しようとする考え方。

執筆者プロフィール

蔵田 浩(Hiroshi Kurata)

学校法人産業能率大学 総合研究所
経営管理研究所 主席研究員 総合研究所教授

※筆者は、マーケティング戦略、事業戦略、経営戦略をテーマとした研究・支援を実施。また、次世代リーダー育成研修、上級管理職研修、面談アセスメント等の実務家指導を担当。
※所属・肩書きは掲載当時のものです。

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