ビジネスモデル・イノベーション(1)~人のいく裏に道あり花の山 いずれを行くも散らぬ間に行け~

ビジネスモデル・イノベーション(1)~人のいく裏に道あり花の山 いずれを行くも散らぬ間に行け~

1.変化に向かう姿勢

変わりたいのに変われない。クリステンセンが自著「イノベーションのジレンマ」で指摘しているように、成功した技術を有する企業ほど、次なる技術革新の波に乗り遅れやすい。新たな展開を模索しつつも、明快なビジョンを描くことができず、結局は既存の技術や商品に依存した年月を過ごす。これは技術の領域だけにとどまらず、広くビジネスモデル全般に当てはまる。

社会・経済のグローバル化、新興国企業の台頭、国内産業の空洞化、技術革新の加速、情報化、人口・労働構造の変化、地球規模での環境問題への対応等々。私たちが生きている時代は変化が急激で競争が激しい。こういう状況下では、脚光を浴びた新たなビジネスモデルですら、短期間で陳腐化してしまうリスクが大きい。革新的なビジネスモデルのお手本であったDellすらも、今では台湾や中国メーカーにおされて業績が悪化し、2013年には上場を廃止して再建途上にある。

一方で、“選択と集中”という美名のもとに、今うまくいっているビジネスモデルだけに経営資源を集中投下し、新たな挑戦をしないことも大きなリスクである。日本で存続する100年企業のうち、創業時と事業内容が変わらない企業は15%程度と言われる。つまり、変革が常態化している企業のみが“老舗”になれる。会社を継続させたいと願うならば、未来を洞察して成長の可能性を見極め、リスクを取りながら次なる事業の柱をつくっていかなければならない。

その際、目先の変化のみに惑わされて本筋を見失ってはいけない。いつの時代でも、顧客の切実な課題を解決できる商品・サービスのみが生き残る。真贋(しんがん)を冷静に見極め、変わるものと変わらないものを正しく認識する姿勢を忘れてはならない。本当の創造性は、変わらないものを追求するために、自らを意識的に変えていくところから生まれるものである。

2.大企業のビジネスモデル イノベーション

イノベーションはスタートアップ企業だけの専売特許ではない。さまざまな慣習や制約条件に縛られがちな大企業にあってもユニークなイノベーションを起こすことができるし、そこにこそ学びや醍醐味がある。

General Electricの航空機エンジン事業

伝統的な大手企業がビジネスモデルを変革した例として、General Electric(以下GE)の航空機エンジン事業のケースがよく知られている。1970年当時の民間航空機エンジン市場は、Pratt & Whitneyが市場をほぼ独占していた。それが、2000年前後にはGEの市場シェアが5割を超え、ライバル企業をはるかに引き離したリーダーポジションを獲得し、完成機メーカーをも上回る利益率を確保するに至った。その背景にあるのが、“航空機エンジンの製造販売”という旧来型のビジネスモデルから、“航空機エンジンの保守と金融サービスを一体化”させたビジネスモデルへの一大転換である。

航空機のイメージ。
GEは、数々のM&Aによって、航空機のエンジン製造からエンジンの遠隔監視による保守サービス、センサを使った航空機全体の予防保全、運行計画の最適化までビジネスを広げた。さらに、子会社の金融リース業と組み合わせることによって、航空会社に対して“カネ・モノ・コトのすべてを提供する”価値提供モデルをつくり上げた。

GEのビジネスモデルは、課金や情報分析の方法に特徴があった。顧客である航空会社は、大きな投資をすることなく、利用時間当たりの費用を支払うことでエンジンが手に入る。導入コストを下げる一方で、GEはモノ売り収入に加えて、保守メンテナンスやリース金融の収入も得ることができる。また、保守や遠隔モニタリングを通じて故障関連のデータを入手し、これを生かして故障率の低い商品開発につなげることが可能になる。こうなると、保守サービス事業の利益率も高くなる。顧客の問題を解決するために社内外のさまざまなソリューションを動員して提供し、それらの活動を重ねることによって利が増幅する循環を生み出したわけだ。GEは、このような「モノからコトまで」のビジネスモデルを、医療機器や原子力事業といった他の事業にも展開させた。

ネスレ日本のネスカフェ事業

“顧客の問題解決”という点では、ネスプレッソの事例も有名だ。日本のコーヒー市場は年間500億杯、金額にすると3兆円の規模になる。その4分の1を供給しているのがネスレ日本だ。同社は、インスタントコーヒーを世界で初めて商業ベースに乗せた会社であり、「ネスカフェ」の販売によって圧倒的なリーダー的地位を確立した。インスタントコーヒーに比べ、レギュラーコーヒー事業は利益率が低い。誰でも製造できるからだ。ゆえに、ネスレは長い間レギュラーコーヒー事業には参入してこなかった。だが、低利益率を理由に手をこまねいているわけにもいかない。儲かる仕組みに変えるためにどうすればよいのか。試行錯誤してつくり上げたのが「ネスプレッソ」である。

コーヒーのイメージ。
ネスプレッソは、カプセル式の一杯抽出型コーヒーマシンで、一度マシンを購入したら、専用コーヒーカプセルを継続購入させるビジネスモデルである。「家でおいしいコーヒーを飲みたいが、お湯を沸かすのが面倒くさい」という顧客の抱える潜在的な問題を発見し、解決策を示した点で、革新的だった。「マーケティングとは顧客の問題解決で、イノベーションは顧客が気づいていない問題を解決したときのみ生まれる」という高岡CEOのメッセージを、具現化したビジネスモデルだと言えよう。

日本では高齢化と人口減少により、家族消費から個食に移行し、食品は小サイズや上質かつ簡便なものが好まれ、デジタル化で直販チャンネルが強くなる。求められているのは、成熟先進国市場のそういう新しい現実を逆風と捉えるのではなく、ビジネス・チャンスに変えることである。

3.後発企業の知恵

ネスプレッソのビジネス手法は、一般的には「ジレットモデル」として知られている。プリンタやカミソリ、ウォーターサーバーなど、本体そのものを安価に提供する代わりに、本体に付随する消耗品で利益を取ろうとする“賢い”やり方である。ところが最近は、このモデルにも死角が見えてきた。

例えば、インクジェットプリンタのカートリッジは、全色セットの純正品が数千円で売られているのに対して、インターネットで探せば同等の非純正品が数百円程度で購入できる。メーカーは、ユーザーが純正品以外のインクを使用した場合には本体保証をしないと主張しているが、ユーザーからしてみれば、生活防衛のためにより安価な代替手段を探索するわけだ。前述のネスプレッソにしても、米国では他の食品メーカーSara Leeによって非純正カプセルが販売されている。ネスレは訴訟によって対抗したが、主要な特許が切れれば、競合企業が非純正カプセルを販売したり、ネスプレッソの技術を使って自社商品を開発したりすることも容易になる。

成功したビジネスモデルほど他社から目を付けられやすく、模倣や代替されるリスクを背負っている。先行企業は、単一の技術やサービス内容に頼ることなく、ビジネスモデル全般を磨き続けることによって、優位性を保つ努力を払わなければならない。

一方で、相対的に規模の小さい後発企業にとっては、大手企業とは真っ向から衝突しない戦い方のほうが理にかなっている。例えば、「消臭力」でおなじみのエステーは、自社でコントロールできる売り場のみをターゲットとしており、洗剤やシャンプーなどの大規模市場には決して参入しないという。規模が問われる市場では、大手に太刀打ちできないからである。同社の鈴木会長曰く、下手に市場を拡大させて他社の注目を集めることがないように、「目立たないように、頑張らないように」することこそが、生き残りの知恵なのだという。

新しいビジネスモデルを考えるとなると、どうしても「規模が大きく」「成長性の高い」市場ばかりを追いがちだ。だが、メディアに取り上げられるような華やかで目立つ先行領域は、強いライバル企業も同様に参入を狙っていると考えたほうがよい。身の程をわきまえた経営を心掛けるならば、「人のいく 裏に道あり 花の山 いずれを行くも 散らぬ間に行け」という金言を胸に刻んでおくとよい。自社のイノベーションを考えるにあたっては、目立たない市場、地味な市場の中に金脈を探し、着実に利益を上げていく策を練ることも、検討対象になろう。

出典

  • Afuah,A.(2003)“Business Models: A Strategic Management Approach”,McGraw-Hill
  • Alexander Osterwalder & Yves Pigneur(2010)“Business Model Generation: A Handbook for Visionaries, Game Changers, and Challengers”, Wiley
    (アレックス・オスターワルダー&イヴ・ピニュール著、小山龍介訳(2000)『ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書-ビジョナリー・イノベーターと挑戦者のためのハンドブック』翔泳社)
  • Chesbrough, H.(2006)“Open Business Models:How to Thrive in the New Innovation Landscape”, Harvard Business School Press
    (ヘンリー・チェスブロウ著、栗原 潔訳(2007)『オープンビジネスモデル』翔泳社)
  • Clayton M. Christensen (1997) “The Innovator’s Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail”
    (クレイトン・M・クリステンセン著、玉川俊平太監修、伊豆原弓訳(2000)『イノベーションのジレンマ 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社)
  • Magretta, J.(2002)“Why Business Models Matter”, Harvard Business Review, May.
    (ジョアン・マグレッタ著、村井章子訳(2002)『ビジネスモデルの正しい定義』Diamond ハーバード・ビジネス・レビューAug)
  • Tompson, A. A. & A.J.Strickland(2003)“Strategic Management Concepts and Cases” , McGraw-Hill

第8回マネジメント教育実態調査 報告書
イノベーション創出に向けた人材マネジメントの現状と課題

こちらの報告書には、本コラムが寄稿されています。
併せて、調査ではさらに詳細な項目についてご回答いただき、集計結果をご報告しております。

執筆者プロフィール

飯塚 登(Noboru Iizuka)

学校法人産業能率大学 総合研究所 経営管理研究所 主席研究員

※筆者は、管理職研修、中長期ビジョン・戦略の策定、新規事業立案コンサルティングを担当。
※所属・肩書きは掲載当時のものです。

飯塚登 研究員の詳細はこちら

飯塚登 研究員の写真。