ビジネスモデル・イノベーション(2)~人のいく裏に道あり花の山 いずれを行くも散らぬ間に行け~

ビジネスモデル・イノベーション(2)~人のいく裏に道あり花の山 いずれを行くも散らぬ間に行け~

前回「ビジネスモデル・イノベーション(1)」ではビジネスモデルの変革事例について触れた。今回はビジネスモデルの定義と変革の重要要素について述べていきたい。

1.ビジネスモデルとは

そもそも、“ビジネスモデル”とは何か。数多の経営者が語る「自社のビジネスモデルは云々・・・」に耳を傾けていると、どうにも前提がバラバラのような気がする。なんとなく意味は分かるが、詳しくは説明できない人が多い。それもそのはずで、下記に示すように経営学者の数だけビジネスモデルの定義が存在するのだ。

  • 「端的に言えば“物語”、つまりどうすれば会社がうまくいくかを語る筋書き」(マグレッタ)
  • 「企業の戦略における収入、コスト、利益の経済性に関わるもの」(トンプソン&ストリックランド)
  • 「いかにして長期的に利益を上げるかの計画」「儲けるための仕組み」(アフア)
  • 「アイデアやテクノロジーを経済的な結果に結びつけるための枠組み」(チェスブロー)
  • 「どのように価値を創造し顧客に届けるかを、論理的に記述したもの」(オスターワルダー&ピニュール)

……等々

いずれの説明も的を射ているのだが、翻訳文の宿命として、表現が抽象的になりやすい。このままでは、研修講師にとっては明確な枠組みとして伝えにくく、受け止める実務者にとっては分析や加工がしにくい。そこで、実践場面で活用しやすくするために、本文ではビジネスモデルを「価値提供の仕組み」「オペレーションの仕組み」「儲けの仕組み」と定義し、具体的には以下の構成要素で表現することとする。

「誰に」「何を(どのような価値を)」「どうやって提供し」「それでどうやって儲けるのか」(筆者定義)

この4つの構成要素は、シンプルだが本質的である。厳密に言えば、もう少し細かく要素を分けてもよいのだが、本文では活用のし易さを優先的に考えた。革新的なビジネスモデルのほとんどはすでに存在していたモデルの組み合わせであり、まったく新しいものはほとんどない。他の業界で行われていることを応用的に利用することで、新たなビジネスモデルを構築することは十分可能である。

2.イノベーションの時間軸

この「誰に」「何を」「どうやって」「どう儲けるか」という構成要素を変更し、模倣困難な仕組みを構築して、自社の競争優位性を大きく向上させることをビジネスモデル・イノベーションと呼ぶ。厳格な決まりこそない(あえて厳格な決まりは設けない。それで儲かるのはコンサルタントだけである)が、通常は複数の構成要素を変更する。その場合は、単に従来の延長線上で新商品を出したり、新技術を導入したりするだけではなく、全組織的な構造変革が必要になる場合が多い。

前回の記事で述べたように、製造業のビジネスモデル・イノベーションの典型例は、「モノ売りからコト売りへの転換」だ。今では聞きなれた言い回しだが、これが口で言うほど簡単なことではない。モノづくりを担う社員の多くは、自社の技術や商品のことは分かっているが、顧客が自社の商品をどのように使っているのかをあまり分かっていない。ゆえに、顕在的にフィードバックされる要求(価格、納期、品質など)以外には、顧客の根源的な欲求がどこにあるのか、何をすれば顧客にとっての価値が向上するのかを理解していない。この状態から“イノベーション”にもっていくためには、相当な学習プロセスの強化、組織変革、新たな経営資源の投入、そして何よりも、組織風土や事業責任者の意識変革が必要になる。

製造業のイメージ。

一方で、コト売りを生業とするサービス業では、イノベーションの主眼は生産性向上に向けられている。コト売りのプロは、モノづくりのプロ(=製造業者)に学ぼうとする姿勢がある。例えば、「マルチタスク」の導入によって現場の生産性向上を図った星野リゾート。ホテル業界の最大の問題は、朝と夜に仕事が集中し、昼間は手待ち時間となる“中抜けシフト”にある。スタッフがホテル内のすべての技能を身につけ、多能工化すれば、連続して働けるので、中抜けシフトをなくすことができる。同社のマルチタスクはトヨタ自動車の多能工を手本にしている。その他にも、日本メーカーの持つ独自の仕組みや、生産性を高める手法から学んだ点は多いという。

星野リゾートの事例は経営者によるトップダウンの“イノベーション”であったわけだが、導入当初は社長のやり方に反発する社員の退職が相次いだ。社長の星野は、社員との関係を徹底的に見直す必要を痛感。自由な発言を奨励して議論を活発にし、社員が働く気持ちを高めた。仕事の目的、目標などを明確にし、権限委譲を進めた。階層化した組織を廃し、フラットな組織をつくった。結果として、社員は次第に自分で考えて動くようになったと言う。

星野リゾート・トマム 雲海テラス(占冠村)
星野リゾート・トマム 雲海テラス(占冠村)
モノ売りであれコト売りであれ、ビジネスモデルを大きく変えようとすれば、社内の意識・行動変革を避けては通れない。数ある“意識”の中で、真っ先に変えなければならないのが「時間軸」の捉え方である。

短期的な収益に責任を負う経営幹部は、仮に将来的に収益性の見込める面白いビジネスアイデアを思いついたとしても、それを徹底的に練りこみ、経営資源を投下してまで育て上げようという気にはなれない。うまくいかなくて責任を背負うよりは、現在の安定的な地位を保全するほうが得だからである。ゆえに、将来のビジネスを立ち上げるにあたっては、責任と権限を明確にしなければならない。トップなのか組織なのか。これを曖昧にしていては、いつまでたっても次世代の柱が育たない。今のビジネスはいずれ必ず衰退する。未来を拓くという強い意志を持ち、誰がどの時間軸に責任を持つかをはっきりさせていく。これが、ビジネスモデル・イノベーションの大前提である。

出典

  • Afuah,A.(2003)“Business Models: A Strategic Management Approach”,McGraw-Hill
  • Alexander Osterwalder & Yves Pigneur(2010)“Business Model Generation: A Handbook for Visionaries, Game Changers, and Challengers , Wiley
    (アレックス・オスターワルダー&イヴ・ピニュール著、小山龍介訳(2000)『ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書-ビジョナリー・イノベーターと挑戦者のためのハンドブック』翔泳社)
  • Chesbrough, H.(2006)“Open Business Models:How to Thrive in the New Innovation Landscape”, Harvard Business School Press
    (ヘンリー・チェスブロウ著、栗原 潔訳(2007)『オープンビジネスモデル』翔泳社)
  • Clayton M. Christensen (1997) “The Innovator’s Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail”
    (クレイトン・M・クリステンセン著、玉川俊平太監修、伊豆原弓訳(2000)『イノベーションのジレンマ 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社)
  • Magretta, J.(2002)“Why Business Models Matter”, Harvard Business Review, May.(ジョアン・マグレッタ著、村井章子訳(2002)『ビジネスモデルの正しい定義』Diamond ハーバード・ビジネス・レビューAug)
  • Tompson, A. A. & A.J.Strickland(2003)“Strategic Management Concepts and Cases”, McGraw-Hill

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執筆者プロフィール

飯塚 登(Noboru Iizuka)

学校法人産業能率大学 総合研究所 経営管理研究所 主席研究員

※筆者は、管理職研修、中長期ビジョン・戦略の策定、新規事業立案コンサルティングを担当。
※所属・肩書きは掲載当時のものです。

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