イノベーションのボトルネック

イノベーションのボトルネック

1.イノベーションとは

「イノベーション」という概念は、経済学者のヨゼフ・シュンペーターがその著書『経済発展の理論』(1912年)で使った「新結合(neue Kombination)」が基となっている。

当初は、アントレプレナーがイノベーション(当時は、鉄道、鉄鋼、電気、自動車などが代表例)を起こすことで、経済が発展するという経済成長理論の中核概念であったようだが、時代とともに柔軟に使われるようになり、現在では、新しい価値を創出し、人類社会の進歩に貢献するという壮大な概念に発展してきている。

イノベーションの概念は拡大しているが、新結合は複数の要素(既存のものでもかまわない)を組み合わせて、従来にはない価値を生むわけであるから、その本質は、「組み合わせの妙」である。

2.イノベーションの拡張性

シュンペーターが定義したイノベーションの領域は、現在の言葉で表現すると、以下のようになる。

① 新しい商品
② 新しい生産方法
③ 新しい売り方
④ 新しい原材料、素材
⑤ 新しい組織

これらは、100年以上前の定義であるため、現在ではこれらに以下の5つの領域を追加すると網羅性が高まるであろう。

⑥ 新しいビジネスモデル(Google、Uber等)
⑦ 新しい資金調達(マイクロファイナンス、クラウドファンディング等)
⑧ 新しい通貨(仮想通貨、物々交換等)
⑨ 新しい人間代替物(AI、ロボット等)
⑩ 新しい経済システム、国家システム(ポスト資本主義、民主主義?)

特に、新しい人間代替物のインパクトは大きく、経済システム、国家システムを根幹から覆す可能性を秘めている。
例えば、身近な企業経営において、IoTでリアルタイムに、正確に整理された大量のデータを収集する。そのデータをAIで分析し、的確な意思決定をし、それに基づいてロボットが仕事をする。このようなことが実現すれば、かつて人類が経験したことがない大きなパラダイムシフトが起こるであろう。
資本の論理は、人間の労働よりも生産性が高い代替物を、ほぼ確実に採用してきた歴史があり(最近では銀行業務のRPA化等)、意外と近い将来にパラダイムシフトが起きるかもしれない。

また、世にいう第4次産業革命は、レッドオーシャンということを肝に銘じておく必要がある。レッドオーシャンにおいては、規模の経済がものをいうのはどの時代も変わらない。これを、現在の言葉に言い換えれば、いかに早くプラットフォームを確立できるかということになる。

3.イノベーション焦点の変遷

ここでは、産業におけるイノベーションの焦点が、どのように変遷してきたかを俯瞰してみることにする。

第2次世界大戦後から1960年代までは、家電製品に代表されるように、新製品がイノベーションの焦点であった。この時期の主役は、欧米、特に米国企業である。
1970年代から1980年代は、欧米企業が開発した製品を、大量に安く、高品質で安定的に生産するプロセスがイノベーションの焦点であった。この時期の主役は、日本企業であった。「ジャパンアズNo.1、日本的経営は素晴らしい!」と海外からの褒め殺しにあったのもこの頃であった。日本が長く不況で苦しんだ20年間の焦点は、米国企業が、ずっと主役を務めている。

1990年代は、Google、Yahooに代表されるように、インターネットを活用したビジネスモデルがイノベーションの焦点であった。2000年代に入ると、イノベーションの焦点は、AppleのiPodとiTunesに代表されるように、製品とビジネスモデルの組み合わせが焦点となった。
そして、2010年代のイノベーションの焦点は、製品+ビジネスモデル+IoT+AI+ロボットであり、2020年代もこの傾向が続くであろう。

イノベーションの焦点の変遷のイメージ

日本企業は、ビジネスモデルが焦点となった時代に、米国企業に大きく後れをとり、得意のものづくりの領域でも、中国や韓国の台頭により、苦戦を強いられている。日本独自のイノベーションの焦点を見いだすことが肝要である。

4.日本のイノベーションの特徴

ここでは、公益財団法人 発明協会が1996年に作成した『戦後日本のイノベーション100選』(選定委員会委員長 野中郁次郎)をもとに日本のイノベーションの特徴を見てみよう。

図(a)は、縦軸に有形/無形、横軸にデジタル/アナログをとり、日本のイノベーションを分類したものである。

(a) 戦後日本のイノベーション100選の分類(有形/無形×デジタル/アナログ)

この分類によると、有形・アナログ型のイノベーションが圧倒的に多く(48個)、次いで有形・デジタル型(29個)、アナログ・無形型(15個)、デジタル・無形型(13個)となっている。このまま、強みを生かして有形・アナログ型に投資を続けるのか、弱みを克服するためにデジタル・無形型に経営資源を集中するのか、悩ましい問題である。最近、スタートアップ企業を買収する日本企業が増えてきているようであるが、これは、弱みを克服するための取り組みの1つである。

図(b)は、縦軸に時代、横軸に非製造業/製造業をとり、日本のイノベーションを分類している。

(b) 戦後日本のイノベーション100選の分類(時代×非製造業/製造業)

日本のイノベーションの牽引役は、今も昔も変わらず製造業であることが読み取れる。保有する資源の厚みから、今後も日本の製造業が、イノベーションを牽引することを多くの日本人が期待していると思われるが、そのためには、分かっていても変えられない二律背反的な課題を解決する必要がある。

5.イノベーションのボトルネック

まず、前提として日本企業におけるイノベーションはどの階層が起こすべきかについて述べたい。

創業者が強力なリーダーシップでイノベーションを起こす例は多いが、大半の大手企業の経営トップは、多くのステークホルダーに気を使わざるを得ないサラリーマン社長である。内部統制やコーポレートガバナンス強化の流れは、近年勢いを増すばかりで、取締役会はリスク管理委員会の様相を呈している。本来は、取締役会がMMR&D(Money Making R&D)機能を持つべきであるが、社外取締役の経営監視の目が厳しくチャレンジよりもリスク管理がその主命題になってきている感がある。取締役会の前段階である経営会議もミニ取締役会化が進んでいる。

それでは、若手社員が柔軟な発想でイノベーションを起こすべきなのか。残念ながらほぼ不可能である。イノベーションは組み合わせの妙であることはすでに述べたが、若手はビジネス経験が浅く、組み合わせる材料が決定的に不足している。また、仕事の進め方も、まだ修練中であり、新たな事業を具体的に推進するには荷が重すぎる。安易に、若かりし頃のビル・ゲイツやスティーブ・ジョブス、孫正義といった天賦の才を期待してはいけない。

日本企業のイノベーションの立て役者は、ミドル層である。中でもビジネス経験が長く、人間的に成熟し、組み合わせる材料に事欠かない部長層がイノベーションを担うべきである。

イノベーションの立役者のイメージ

近年、部長層が、チームを組み新規事業といったイノベーションに取り組むケースが増えてきているが、成功している事例は多くはない。20年近く日本企業の経営幹部育成に携わってきた中で、イノベーションを阻害するいくつかのボトルネックが見えてきた。

一番大きなボトルネックは、過大な責任と、過小な権限、あいまいな信賞必罰という企業風土である。これでは、モチベーションが上がらず、思い切った取り組みは期待できない。このボトルネックを解消するためには、掛け声ではなく、思い切り権限を委譲し、信賞必罰を明確にする制度づくりが必須である。

次のボトルネックは、新規事業のステージゲートが確立されていないことである。各ステージの期間、KPI等の評価指標を設定し、進捗状況、推進・撤退の判断基準を定量化することが求められる。

また、ガバナンスが強化される中、日本企業の管理コストが徐々に上昇している印象を受ける。管理コストをどのように捉えるかは、今後の課題ではあるが、報告書の種類は確実に増え、それに関わる時間工数も確実に増えてきている。多くの企業が、イノベーションが至上命題であると言いながら、管理コストが上昇するとイノベーションを起こすための原資が減少するという二律背反のボトルネックが生じているのではないかと危惧される。

一方、これらを打開するための方策として、近年、従来のヒエラルキー組織に代わるティール組織など、組織に焦点を当てた取り組みも提唱されてきている。いずれにせよ管理コストの低減とイノベーション原資の確保は喫緊の課題である。

最後に、イノベーションを起こすための方法論として、近年注目されているアートについて少し触れたい。
AppleやYouTubeの創業者がアートを学んでいたことは有名な話であるが、現在のユニコーン企業創業者もかなりの割合で、アートをバックグラウンドとしている。

本学の経営幹部育成ワークショップにおいても、10年ほど前から、事業を1枚の絵で表現する、事業を20コマ以上の漫画でストーリー化するという取り組みを行っているが、意外に日本企業の部長層の創造性は高い。日本企業が、ボトルネックを克服して、部長層が思う存分活躍することを期待している。

出典

  • Schumpeter, Josepf A.,(1912) “Thoeir der Wirtschaftlichen Entwicklung,”
    (J・A・シュムペーター著、塩野谷祐一他訳(1977)『経済発展の理論 上・下』)岩波文庫

第8回マネジメント教育実態調査 報告書
イノベーション創出に向けた人材マネジメントの現状と課題

こちらの報告書には、本コラムが寄稿されています。
併せて、調査ではさらに詳細な項目についてご回答いただき、集計結果をご報告しております。

執筆者プロフィール

蔵田 浩(Hiroshi Kurata)

学校法人産業能率大学 総合研究所
経営管理研究所 主席研究員 総合研究所教授

※筆者は、マーケティング戦略、事業戦略、経営戦略をテーマとした研究・支援を実施。また、次世代リーダー育成研修、上級管理職研修、面談アセスメント等の実務家指導を担当。
※所属・肩書きは掲載当時のものです。

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