ジョブ型人事制度を取り巻く誤解と導入に必要な覚悟

ジョブ型人事制度を取り巻く誤解と導入に必要な覚悟

1.ジョブ型人事制度導入の背景

昨今、ジョブ型人事制度導入の機運が高まっています。
ジョブ型人事制度と一口に言っても様々な定義が存在しますが、本記事では「職務価値に基づいて処遇を決定する人事制度」と定義します。ジョブ型人事制度の導入理由を以下のように分類しました。
明確に切り分けることは困難であるため、多少の重複はご容赦ください。

図1.ジョブ型人事制度導入理由の4分類

テレワークの急速な拡大に伴う人材管理方法の変化や高度専門人材の獲得競争の激化といった複数の要素の影響を受け、ジョブ型人事制度の導入を求める声が高まっています。
その一方で、「ジョブ型人事制度」という言葉だけが独り歩きし、多くの誤解を生んでいる状況にあります。
そのため、本記事では、ジョブ型人事制度を取り巻く誤解とその導入に必要な覚悟について整理します。

2.ジョブ型人事制度導入を取り巻く3つの誤解

(1)「ジョブ型人事制度下では人事評価が不要」という誤解

ジョブ型人事制度を導入すれば、人事評価が不要になるという認識を持たれている方が非常に多いです。
ジョブ型人事制度導入によって新たに必要となる職務評価の評価対象は「職務」、人事評価の評価対象は「人」であり、全くの別物です。
この違いを分かりやすくするため、職務を椅子に例え、「人に値段をつける人事評価」と「人が座る椅子に値段をつける職務評価」という表現が昔から用いられてきました。

図2.「人事評価」と「職務評価」の違い

多くの場合、企業が大切にしている経営理念や行動規範を反映させた評価制度に基づき、人事評価を実施しています。そのため、「職務評価のみで処遇を決定する」ということは、言い換えれば、「企業理念や行動規範に則った行動をとったかどうかは考慮せず、担当する職務の価値のみで処遇を決定する」ともいえるでしょう。

職務評価に企業理念や行動規範を反映させるといった工夫も考えられますが、人と職務の評価が混在することで、評価対象と評価基準の両方が曖昧になり、評価者と被評価者双方の混乱を招きます。

つまり、人と職務を切り離して評価できるという職務評価本来の価値が失われるだけでなく、人事評価と職務評価の両方が機能しなくなる可能性が高まるため、個別に取り組んでいく必要があるということです。
当然、各企業の判断によりますが、職務評価のみで処遇を決定している企業は少ないと認識しています。

(2)「ジョブ型人事制度=成果主義」という誤解

上述の通り、本記事では、ジョブ型人事制度を「職務価値に基づいて処遇を決定する人事制度」と定義しており、筆者としては、この定義が最も筋が通ると考えています。

つまり、純粋なジョブ型人事制度においては、担当する職務の価値のみに基づいて処遇を決定するため、個人が成果を出せているか否かは処遇決定の査定外となります。

「職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)」に期待される成果を明記するケースは多数存在しますが、それは職務評価と目標による管理(MBO)を組み合わせたものであり、純粋なジョブ型人事制度と呼ぶことはできません。
期待される成果(職責)を職務記述書に明記する場合、厳密には「職務・職責記述書」と呼ぶべきとも考えています。

テレワークの普及後、「成果創出のプロセスが見えないため、成果主義のジョブ型人事制度を導入すべき」といった論調の記事が目立つようになりました。
しかし、成果を重視したい場合、ジョブ型人事制度ではなく、目標による管理を基軸とした人事制度を構築することが望ましいといえるでしょう。

図3.評価方法による「職務」と「職責」の区分

(3)「ジョブ型人事制度=適所適材」という誤解

ジョブ型人事制度下では、「適材適所(人材を前提に担当職務を設定)」ではなく、「適所適材(職務を前提に人材を配置)」が当然のこととして語られるケースが多くあります。
上記は、アメリカにおける人材活用の一般的な考え方ですが、日本では従業員と企業が職務だけでつながっているわけではないため、解雇(厳密には整理解雇)の要件を満たすことは困難です。

日本における解雇規制を理由とし、「適所適材」から「適材適所」へ転じるメカニズムは下図のとおりです。

図4. 「適所適材」から「適材適所」へ転じるメカニズム

青枠は部や課といった単位組織、枠内のピースは人(職務)を表します。
左側のように、適所適材の考え方に基づき人を配置した後、環境変化により職務が消失した場合でも、日本国内では解雇できず配置転換する必要があります。
そして、適所適材に基づいた配置転換先を確保できない場合、余剰人員の活用、つまり適材適所への転換が必須となります。

更に、余剰人員を抱えている状況では、社内人材で対応できない新たな職務が発生しても、人件費負担の面から外部人材を採用する選択を取りにくくなります。

このような解雇規制の違いから、適所適材を前提としたアメリカ式の人事制度を日本でそのまま活用することは難しいといえるでしょう。

3.ジョブ型人事制度導入に必要な3つの覚悟

ここまでジョブ型人事制度の定義と導入を取り巻く誤解を述べてきました。ジョブ型人事制度を導入するということは、既存の人事制度の概念・序列にメスを入れる行為といえます。
これまで述べてきた誤解を解いた上で、更に3つの覚悟が必要と考えます。

ジョブ型人事制度導入に必要な3つの覚悟

  1. 職務価値を最重要視し、既存の序列に固執しない
  2. 職種間における職務価値の差を受け入れる
  3. 新制度の導入準備に時間的余裕を設けること(可能であれば1年以上)
  4.  

職務価値という新たな軸に基づき処遇を抜本的に見直すため、不利益変更による特定個人との衝突という問題に留まらず、職種間や部門間の対立といった規模の問題にまで発展するリスクが潜んでいます。

ジョブ型人事制度の導入を検討する際には、時間的余裕を設けた上で、時流に流されることなく、“人事制度に求める機能とは何か”、“自社に適した人事制度とは何か”ということを部門横断で議論することが重要です。

執筆者プロフィール

中拂 美樹(Haruki Nakaharai)

学校法人産業能率大学 総合研究所 経営管理研究所 研究員

※筆者は主に、賃金・評価・等級制度等の見直しを通じた人事制度再構築の
 コンサルティングを担当
※所属・肩書きは掲載当時のものです。

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