賃金を切り口とした年功序列型人事制度の検証

プロフィール

中拂 美樹(Haruki Nakaharai)

学校法人産業能率大学 総合研究所 経営管理研究所 研究員

※筆者は主に、賃金・評価・等級制度等の見直しを通じた人事制度再構築のコンサルティングを担当
※所属・肩書きは掲載当時のものです。

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1.日本型雇用慣行の三種の神器と人事制度の関係

日本的雇用慣行の特徴には、「年功序列」、「終身雇用」、「企業別労働組合」があり、これら三つは「日本的雇用慣行の三種の神器」と呼ばれている。これらと並んで、「新卒一括採用」も日本型雇用の大きな特徴として挙げられることが多い。

多くの日本企業が日々運用している人事制度は、この中でも特に、「新卒一括採用」、「年功序列」、「終身雇用」の三つを前提とし、設計されたものといえる。

高度経済成長期の日本において、20代~30代の約20年間の若年層では、自己の会社への貢献度に対し、低い賃金の下で働くことが一般的であり、その行為について疑問に感じる人は少数派であった。

この背景には、上述の「年功序列」と「終身雇用」の二つがあり、40代~定年までの約20年間の中高年層にて、会社への貢献度よりも高い賃金を受け取れる保証が暗黙のルールとして成立していた。

つまり、賃金が貢献度を下回る若年層における未回収の賃金を中高年層で後から受け取る構図といえる。当時の日本では、この構図は自然なことであり、若い時の下積みを美徳とする日本人の価値観とも適合していたため、賃金に対する不満が生じていなかったものと考えられる。

「多数の企業で採用されている賃金カーブ」と「貢献度曲線」の関係を図1に示す。

図1 「賃金カーブ」と「貢献度曲線」の関係

知識集約型の職種(知識や経験の蓄積が貢献度に直結しやすい職種)を除き、30代後半~40代前半で貢献度がピークに達した後、年齢の重なりと共に貢献度が逓減していく。このような貢献度の経年変化を表したものが貢献度曲線と呼ばれている。

昨今の終身雇用と年功序列の崩壊により、若年層で生じた未回収の賃金を中高年層で後から受け取る構図も崩壊し始めている。これにより、労働者の価値観や考え方も変化し、20代や30代の段階で貢献度に見合った賃金を求める意識が強まってきている。

また、賃金カーブが貢献度曲線を上回る青色で示す期間、つまり、「入社後」と「定年前」の二期間は、賃金を支払う企業側からみればコストパフォーマンスが低い期間ともいえる。40代や50代を対象とする人員削減が頻繁に行われる背景には、貢献度と賃金に基づくコストパフォーマンスがある。

2.年功序列・終身雇用型の賃金カーブによる人材流出

人事制度設計をご支援する過程で、「挑戦に対して消極的な年功主義の組織風土が蔓延している」、「成果主義の徹底による年功主義からの脱却が必要」といった内容のご意見を経営層の方々から伺う機会が多い。

このようなご意見を伺った後、人事データを分析する過程で年齢別の人員構成を調査するが、年功序列・終身雇用型の賃金カーブを採用している企業に共通してみられる一つの傾向がある。それは、“他の年代に比べて20代と30代の人員が圧倒的に少ない”ということである。

あるA社では、採用競争が激化する中で、高い費用を掛けて獲得した新卒者の8割近くが入社から30代前半までの間に退職し、「同業他社に転職すれば給料が3割増しになる」といった噂が広まるなどしていた。

このような状況にあるA社の賃金カーブを同業他社と比較すると、図2のような結果となる。

図2 年功序列・終身雇用型の賃金カーブが招く人材流出のイメージ

若年層の賃金水準が同業他社に比べて低いことが原因となり、20代~30代の人材流出が生じているケースが多く見られる。

このような状況下では、40歳未満の賃金の引き上げを図る一方で、人件費の原資に限りがあることから、40歳以上の賃金を同業他社と同じ水準まで引き下げる対応を選択する企業が多い。

ただし、「40歳以上の賃金を引き下げるということ」は、「若年層で生じた未回収の賃金を受け取る権利を従業員から奪うこと」と等しいため、従業員の理解や納得を得ることが重要といえる。

3.終身雇用と年功序列の崩壊に対応するための人事制度の検討の観点

「貢献度曲線」と「賃金カーブ」の二つの観点から、年功序列・終身雇用型の人事制度がもたらす弊害についてこれまで触れてきた。

終身雇用と年功序列の崩壊に対応するための一つの方法として、「貢献度曲線」と「同業他社の賃金カーブ」の二つの曲線と「自社の賃金カーブ」の“乖離”を無くすことが挙げられる。この“乖離”は人材流出の原因となり、特定年代の空洞化に繋がりやすい。

近年では、就職支援サービスのIT化や従業員の口コミサイトの発展が目まぐるしい速度で進んでいる。その結果、「自分の専門性の高さや希少性、実績を踏まえた適正年収はどの程度か」、「自分と同年代の同業他社に在籍する社員の年収水準はどの程度か」といったことが容易に把握できる時代になっている。

図3 人事戦略の全体図

図3には人事戦略の全体図を示した。自社の人事戦略を検証する観点として、「人事評価が適切に運用されているか」、「人材開発・教育制度が整備されているか」、「労働基準法を遵守した制度運用がなされているか」等々も重要な観点ではあるが、客観的かつ定量的に判断できる「賃金」という観点からも自社の人事戦略を検証してみてはいかがだろうか。