事業創出を担う次世代リーダーのあり方~コアリーダー選抜研修~

事業創出を担う次世代リーダーのあり方~コアリーダー選抜研修~

はじめに

本学が2018年に実施した「イノベーション創出に向けた人材マネジメント調査」では、日本企業は変革型イノベーションが弱いことが浮き彫りとなっている。なぜ変革型イノベーションが弱いのであろうか。筆者は、この調査を受けて、社員のモチベーションと教育のあり方について注目した。ここではその点を考察した上で、今後変革型イノベーションを生み出す人材創出の方法論を提示したい。

1.社員の「本気度」でイノベーションを起こす

図1 過去3年間の状況変化(2010年、2015年調査との比較)

図1のとおり、2018年と2015年を比較し、会社の業績および設備投資とも改善傾向である。これには、さまざまな要因が考えられるが、各社が努力を惜しまず、地道に業務改善や商品開発を行ってきた賜物であろう。しかしながら、社員の仕事に対するモチベーションは、「向上している」「やや向上している」を合わせ24.7%の状況であり、およそ4社に1社の割合である。2015年と比較して僅か+1.0%、2010年と比較しても+4.9%と低水準で推移していると言わざるを得ない。「やや低下している」については、30.5%と2015年より4.4%も増加している。

なぜ、業績が向上しているにもかかわらず、現場のやる気は上がらないのだろうか。筆者は、社員の「本気度」が弱いのではないかと危惧している。では、「本気度」とは何か。簡単に言えば、新しいことにチャレンジしたい、仕事に熱中したいという純粋な仕事に対するやり甲斐のことであり、内発的動機づけである。

「イノベーションが起きていないから、イノベーションを起こせ!」と言っても、始まらない。たとえ、社内プロジェクトを立ち上げ新規事業プランが作成できたとしても、「組織から言われたから作りました」では困る。そこには、必ず成功させたい、自分たちがやり遂げるという強い思いが必要だ。そのためには、組織が本気になって、働く社員の思いを引き出させ、「誰の何のために働く」のかを明確にした上で、ビジネスアイデアを着想し、事業計画を立て、実行することが必要であると考える。

2.イノベーション創出に向けた教育のあり方

図2 人材マネジメント上の方針や考え方

もう1つ気になる点がある。それは人材マネジメント上の方針や考え方の矛盾点である。図2のとおり、多くの企業が能力開発方法はOJTが中心である(85.6%)と回答している一方で、重視する教育効果は中長期的な観点である(58.6%)点だ。組織における人材育成は、OJT、Off-JT、SD(自己啓発)の3要素がそれぞれ連動して効果が高まる。その中でOJTは実務を習得する上で欠かせない重要なファクターであるが、時間軸では短期的にならざるを得ない。

中長期的な教育効果をもたらすには、これまで以上にOff-JT、SDを充実させることが肝心である。特にイノベーションを起こすには、幅広い知識・多角的なものの見方・考え方が必要であろう。そこで、今回は、イノベーション創出に向けたOff-JTの方法論を提示したい。

要旨は、イノベーションを創出する人材を生み出すために、どのような人材に(教育対象者)、何を習得させ(教育内容)、どのように学ばせればよいか(教育方法)である。
まず、教育対象者は若手・中堅から中間管理職までとし、教育方法は選抜形式型の研修で行う。この教育を受けるメンバーをコアリーダー(次世代の経営幹部候補)と呼ぶ。

3.コアリーダー選抜型研修のススメ

このコアリーダーに対して、経営戦略・マーケティング・人事マネジメント・財務などの経営管理知識を教育し、早期段階からマネジメントの思考習慣を習得させるべきである。若手・中堅社員を対象とした教育は、主にロジカルシンキングや問題解決力、そしてコミュニケーションスキルなどのビジネススキルの強化が一般的であろう。もちろん、これらの要素が現場での実務で欠かせないスキルであるが、さらに経営管理知識を早期に付与することで、より強固で実践的な能力開発につながる。つまり、ビジネススキルと経営管理知識の連動がポイントとなる。

その連動を機能させるためには、研修でのインプットのみならず、プロジェクトチームを編成した自社経営課題の提言やマーケティング戦略の立案など、質の高いアウトプットを創出させることだ。
事業を企画立案・実行するには、いつまでにどのレベルまで事業を進めるのかという「ゴール設定」と、そこに辿りつくための「戦略シナリオ」、そして実行段階において、いつまでに何をするべきかという「行動マネジメント」が欠かせない。

この一連のプロセスを、コアリーダーに体験させることが、将来の強い経営幹部輩出に意義をなす。しかし、単なるプロセス体験だけではなく、そこに成功体験を積ませることが1つの十分条件となる。

図3 事業創出を担うコアリーダーの育成

4.プロジェクト活動で成功体験を積ませるべき

成功体験を積ませるキーワードは「創発性」「行動力」「意思決定力」の3つである。イノベーションは、「新結合である」とシュンペーターは言っている。つまり、既存の組み合わせでイノベーションは可能である。そのためには、それを考え出すメンバーの組み合わせも新結合でなければならないだろう。

ユニークなアイデアや発想には、メンバーが「創発」を生み出す環境が欠かせず、部門を越えたメンバーと若い世代を交えた招集が望ましい。さらに、若手には昨今のイノベーションに欠かせないデジタルリテラシーが備わっており、フットワークや体力もある。つまり、若い世代にプロジェクト活動をさせることは、実行段階における「行動力」が期待できるのである。

一方、弱みとしては、近視眼的になりやすく、ここだという意思決定の勘所も脆弱だ。そこでコアリーダーに、マネジメントの経験値がある中級管理職を混成させることで「意思決定力」の発揮を期待する。コアリーダーの選抜メンバーは、部門横断、役職縦断で招集することが、成功体験創出への鍵となる。

次に、プロジェクト活動におけるアウトプット内容であるが、「収益化」をもたらす仮説立案を提示させるべきである。組織は存続・成長することが命題であり、そのために収益化は必要条件である。コアリーダーは将来の経営幹部候補であり、自分が経営幹部になった際には、自らが事業を牽引できる事業構想力とそれにともなう意思決定力が必要である。その力量を発揮するには、まず自社商品(製品・サービス)のマーケティング戦略を立案できるスキルが必要となる。

コアリーダーの選抜形式の図
図4 コアリーダーの選抜形式
成功体験の創出の図
図5 成功体験の創出

5.目標設定力強化とフィジビリティ・スタディの経験

さらに、マーケティング戦略立案の教育重点項目として、「目標設定力の強化」と「フィジビリティ・スタディの経験」の2つを挙げたい。

目標設定力強化

第1に「目標設定力」であるが、日本企業がイノベーションを起こしにくい要因として、目標設定力が弱くなっているのではないかと考えている。実際にコンサルティングの現場で新規事業の支援を行うと、あまりにも現実的すぎる数値目標を設定する場面に遭遇する。ポジティブに捉えれば、慎重かつリスクヘッジが考えられているプランである。しかし、既存事業の延長線上での目標設定であり、内容も業務改善・商品改良の域を脱しないことが多い。部門横断・役職縦断の多様なメンバーで議論を重ねながら創発的なプランが出ても、この目標設定が弱いことは否めない。

目標設定力強化のイメージ

なぜ、目標値を高くできないのか。多くはそのメンバーの心理的障壁だろう。これまでの仕事の中で飛躍的に成果を出した経験が足りず、地に足の着いた目標にならざるを得ない。では、どうすれば売上高目標、顧客数、営業利益など定量目標を高く設定できるのか。それは、自社以外に視野を広げ、成功企業を見ることだ。まずは、同業他社の財務分析を行い、あらゆる数値の比較をする必要がある。売上高やシェアだけでなく、利益にも着目し、収益力の違いを把握するべきである。次に、自組織が属する産業内(第1次・第2次・第3次)での優良企業および産業を越えた国内外の優良企業の財務分析を行い、数値面から目指すべきロールモデルを探すことが、目標設定力を高める近道である。

フィジビリティ・スタディの経験

マーケティング戦略立案の教育重点項目の第2は、「フィジビリティ・スタディの経験」である。フィジビリティ・スタディとは、実行可能性調査のことである。机上論にとどめず、現場での市場調査やテスト販売などを行うことで、マーケティング戦略をつくり上げるプロセスが組み込まれることになり、成功体験につながりやすい。具体的には、インタビューやアンケート、エスノグラフィ(定性調査)などの調査手法をコアリーダーに教育し、プロジェクト活動で実際に行いながら、マーケティング戦略を仕上げていく。これにより、新たな顧客ニーズの発見や数値目標の具体化などができ、メンバーの主張に対する根拠となり、自信が生まれてくる。本人たちが自信を持てば、行動にも力強さが生まれ、「本気度」が強化されていく。結果として、マーケティング戦略の成功確率が上がり、事業化へつながっていくのである。

フィジビリティ・スタディの経験イメージ

以上、これからの日本企業がイノベーションを創出する人材育成の手法として「コアリーダー選抜研修」を取りあげ、選抜方法および学習内容、アプトプットの方法を提示した。ぜひ、筆者もイノベーション創出に向けて、組織および産業界に貢献できればと願っている。

出典

  • Schumpeter, Josepf A.,(1912) “Thoeir der Wirtschaftlichen Entwicklung,”
    (J・A・シュムペーター著、塩野谷祐一他訳(1977)『経済発展の理論 上・下』)岩波文庫

第8回マネジメント教育実態調査 報告書
イノベーション創出に向けた人材マネジメントの現状と課題

こちらの報告書には、本コラムが寄稿されています。
併せて、調査ではさらに詳細な項目についてご回答いただき、集計結果をご報告しております。

執筆者プロフィール

齋藤 隆行(Takayuki Saito)

学校法人産業能率大学 総合研究所 経営管理研究所 主任研究員

※筆者は、次世代リーダー育成研修をはじめ、新規事業立案やCS向上などのコンサルティング等を担当
※所属・肩書きは掲載当時のものです。

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