グローバル時代の仕事と働き⽅【第3回】

利害の表明が問題解決のスピードアップにつながる

第2回で、インドネシアに赴任した⽇本⼈マネジャーが赴任早々にたどたどしいインドネシア語のメールで、現地のローカルマネジャーに問題を指摘した事例を紹介しました。

この⽇本⼈マネジャーは、個⼈的な信頼関係を⼟台にしながら、⾃分が⾒たことを問題として認識し、その問題に対する「⾃分の考え」を素直に表明しました。
このように書いてしまうと、当たり前のように聞こえますが、同質性の⾼いコミュニティー(例︓国、業界)に慣れ親しんだ⽇本⼈マネジャーにとっては、⾃分の利害を明確にするのはあまり得意ではありません。現地の状況を理解するまで、⾃分の考えをすぐに表明しないのが⼀般的な海外赴任者だと思います。

それでは、なぜ⾃分の考え(利害)を素直に表明することが、海外赴任者にとって重要なのでしょうか。

海外、特にアジアの新興諸国では、⽣産拠点あるいは販売拠点が急速に⽴ち上がっていますが、⽣産ライン拡⼤、⼯員の確保・育成、サプライヤー育成、品質向上、改善活動など、数え切れない問題が次々と発⽣しています。現地社員にとっては初めて経験する問題ばかりですので、指摘されるまでは「問題」とすら認識していないかもしれません。ですから、海外赴任者が率先して⾃分の考え(利害)を素直に表明し、新しいコミュニティーの仲間と問題を共有するのです。

残念なことに、⽇本の社会では⾃分の利害を表明することが敬遠される傾向にあります。
その理由の⼀つは、垣根で守られたコミュニティー内の対話に慣れ過ぎたことにあります。お互いの利害を表明することよりも、ゆずりあいや駆け引きの⽅が重要だと誤解している⼈が多いのです。

そのような「ゆずりあいや駆け引き」は、異なる背景を持つ仲間からなるコミュニティー(=グローバル環境下)では通⽤せず、誤解を⽣み時間ばかりを浪費してしまうのです。

⽇本⼈は相⼿の⽴場で物事を考えることができる国⺠です。
この良さをビジネスにおいても最⼤限⽣かすことは⼤切ですが、グローバル環境下において、⾃らの考えや利害をはっきりと表明することが問題解決の基点になることを肝に銘じる必要があります。

仮説推論による柔軟な問題解決⼒

さまざまな⼈と新たなコミュニティーをつくり、問題を解決するためには、「柔軟な問題解決⼒」を発揮する必要があります。『柔軟』であるとは、客観性を必要以上に重視するのではなく、仮説推論的なアプローチが必要という意味です。

グローバル化は、国、業界、市場、職場などさまざまな既存のコミュニティーの「垣根」を壊していきます。ですから、問題は、必ずしも既存の⼀つのコミュニティーの中だけに存在しているわけではありません。
例えば、環境問題、エネルギー問題、資源問題、財政問題などは、国という「垣根」を越えた議論がなされています。つまり、それらは⼀つの国(コミュニティー)の中で解決できる問題ではないのです。

業界を論じる際も同じです。例えば「⾞の衝突防⽌」というテーマをとりあげてみましょう。
それを伝統的な⾃動⾞業界の問題として定義すると、ブレーキやアクセルの制御、あるはエンジン制御から解決策が検討されるでしょう。
しかし、⾞は急速に家電化、電⼦化、IT化、社会インフラ化しています。もはや、⼀つのコミュニティーの中(=伝統的な⾃動⾞業界)だけで解決すべきではないのです。
⾞にさまざまなセンサーを搭載し異常を検知するという電⼦的な解決策が登場していますし、事故の発⽣しやすい場所や時間帯で⾞の速度を最適化する、あるいは、道路の混雑状況や他の交通機関の運⾏状況から衝突リスクの低いルートをリアルタイムで提⽰する、などのようにITのアプローチからも解決策が考えられるはずです。

上記の例のように、単純に⼀つのコミュニティーの中だけで議論するのではなく、さまざまなコミュニティーから英知を集め、問題を解決するのがグローバル時代なのです。

しかし、背景が異なる⼈が集まる新しいコミュニティーにおいて、客観性重視の問題解決(例︓「○○システム」の標準仕様の策定)を採⽤してしまうと、問題そのものがいつまで経っても定義できず、解決策がでてこなくなってしまいます。グローバル環境下ではコミュニティー⾃体が目まぐるしく変化します。
そのような状況の中で、客観的に問題(例︓標準仕様)を定義するために「コミュニティー(例︓業界)の未来のあるべき姿」を考えたとしても、だれもが合意できる正解などなかなかでてこないはずです。

そこで、限られた事実から仮説推論的なアプローチで合意できる問題をとらえ、与えられた時間の中で解決策を考え、解決策を実⾏しながら新たな解決策を⽣み出すという、柔軟な問題解決法が求められるようになっているのです。

思考のプラットフォームを変⾰する

急速に発展するアジアの新興諸国では、とくに柔軟で迅速な問題解決法が必要です。
では、海外赴任者はどのようにすればよいのでしょうか。

赴任したばかりであっても現地の関係者を集め、遠慮せずに⾃分の問題認識を仲間と共有します。
そして、仲間同⼠対等な⽴場で解決策を検討してみましょう。
そうすると、⽇本⼈が慣れ親しんだ理路整然とした議論の展開にならず、問題定義(=現地法⼈の今後のあるべき姿や現状)もあいまいなままで、「なんとなく有効と思われる解決のアイデア」が出てくることでしょう。
私⾃⾝も、海外現地法⼈での現地社員を対象にした研修場⾯で、よくこうしたアイデアに直⾯します。

このようなアイデアは、従来の問題解決の捉え⽅だと「根拠に乏しいもの」かもしれません。
しかし、⼤切なのは出されたアイデアのどこが良いのかをしっかりと議論することです。そのプロセスを通じて、現地法⼈(=新しいコミュニティー)のメンバーが尊重すべき判断基準を⾒出すと同時に、現地法⼈のあるべき姿を考えるヒントを⾒つけるのです。

このように、判断基準の確⽴も含め、柔軟性のある問題解決の能⼒・姿勢が今後、海外赴任者には求められるのです。

ここまで、主にこれから海外に赴任する⽅をイメージしながらグローバル時代に求められるビジネスの基本について論じてきました。
しかし、今までの議論から、グローバル化は海外赴任者だけのテーマではなく、特定の地域や業界に関係するテーマでもないことがおわかりいただけたと思います。たとえ海外に事業展開をしていない⽇本⼈だけの会社であっても、グローバル時代に対応したビジネスの基本を⾝に付けなくてはならないのです。

⽇本⼈が⾝に付けるべき新たなビジネスの基本を、思考のプラットフォームとして図表でまとめました。

私たちは今、信頼関係、コミュニケーション、問題解決の思考プラットフォームを転換すべきときに来ています。これから海外に赴任される⽅はもちろんですが、海外にあまり縁がない⽅も、『インターナショナル』ではなく『グローバル』なビジネスに必要な思考プラットフォームを⾝に付けてください。

図表 思考プラットフォームの⽐較

インターナショナルなビジネス グローバルなビジネス
ビジネスにおける意味
  • 垣根(境、際、線引き)がある
  • 相互に(inter) つなぐことを意識する
  • 規範に従った相互尊重と協⼒がある
  • 垣根(境、際、線引き)がない(内・外の概念を重視しない)
  • 他業界との融合により、業界範囲は拡⼤する
  • 規範の喪失による⾃由と無法状態が⽣まれる
コミュニケーション
  • コミュニティー内で⾏う
  • 利害を明確にしない(相⼿次第で利害がかわる/業界の規範に従う)
  • 譲り合いにより信頼関係を構築する
  • 損をしたくないので駆け引きする
  • コミュニティーの内外を問わない
  • 利害を持ち、利害を語る
  • ⼈間的信頼関係を重視する(信頼関係が構築できない場合、契約に縛られる)
  • 対等な⽴場で接する
問題解決
  • 業界内に限定され、問題がわかりやすい(コミュニティー内に限定される)
  • ⾃分が所属するコミュニティー主導で解決する(失敗は許されない)
  • 前提(例︓業界規範)が存在する
  • 客観的に解決する(論理的アプローチ)
  • 範囲が不明確で、問題があいまいである(コミュニティー内に限定されない)
  • コミュニティー内外のさまざまなパートナーと⼀緒に解決する(解決できないこともある)
  • 前提(例︓業界規範)があいまいである。
  • 主観的に解決する(仮説推論的アプローチ)

学校法⼈産業能率⼤学総合研究所
経営管理研究所 主幹研究員 内藤 英俊

  • 本コラムは「繊研新聞」(繊研新聞社)での連載を⼀部修正して掲載しています。
  • 著者の所属・肩書きは掲載当時のものです。
グローバル時代の仕事と働き⽅

公開日:2017年06月21日(水)

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公開日:2017年06月21日(水)

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公開日:2017年06月21日(水)