「管理者を育てる」(第2回):通信研修を活⽤した階層別教育構築

第2回 管理者の成⻑

第1回では理想的な管理者像を考えました。
第2回は、「どのように理想的な管理者へと育っていくのか」を検討したいと思います。

第1回.理想的な管理者とは
第2回.管理者の成⻑とは(今回)
第3回.管理者の体系的育成施策と通信研修の活⽤ポイント

(1)管理者の最良の教師は「経験」

はじめに1つの問いをたてさせていただきます。みなさんはどちらを選ばれるでしょうか。

これはみなさんが現場を預かる管理者か、管理者の育成に携わる⼈材開発担当者かで随分答えが分かれるかもしれませんね。しかし管理者ご⾃⾝が、今⽇の⾃分がどのようにして育ってきたかを振り返ったときには、恐らくほとんどの⽅がb.と答えるのではないでしょうか。これは極めて健全なことです。

著名な経営学者H.ミンツバーグ教授は著書で次のように述べています。
「マネジメント経験のない⼈にマネジメントを教えるのは、他の⼈間に会ったことのない⼈に⼼理学を教えるようなものだ。組織は⼀筋縄ではいかない。組織の管理は複雑で繊細な仕事だ。ありとあらゆる無形の知識が必要とされる。しかし、そういう知識は、実際の経験を通じてしか学べない。実体験のない⼈間にそれを教えようとするのは、時間の無駄というだけではない。マネジメントを貶めることにもなる」(書籍「MBAが会社を滅ぼす」⽇経BP社)

確かに、マネジメント能⼒は暗黙的(コツを⾔葉にしにくい)で体感的な知恵の結晶という側⾯をもちます。第1回の説明のように「仕事と⼈と職場をマネジメントすることが管理者の役割だ」とたとえアタマで理解できても、それを実際にうまくできるようになるには、試⾏錯誤の繰り返しをしているのです。つまり、マネジメント教育の最良の教師は「管理者⾃⾝の実務経験を通じた試⾏錯誤」と⾔って過⾔ではないでしょう。
このように「経験こそ最⼤の学習」という学習観をここでは経験学習モデルと呼ぶことにします。
経験学習モデルとは、もともとデービッド-コルブという学者が提唱したもので、⼈が経験から学習していくさまを4サイクルで説明したものです。
管理者の例⽰とともに図を掲げておきます。

(2)経験学習の効果を⾼める知識学習

経験学習モデルは実感として頷けるものの、いくつか⼼配な点もあります。

例えば…
  • どのように仕事に取り組むかは管理者による個⼈差が⼤きく、経験を通じた学習では⼈に よって学習にバラツキが出やすいのではないか?
  • 実務経験がないと学習できないなら、新任管理者の最初の1年は成果をあげることをあきらめざるを得ないのではないか?
これらの疑問は、いわば「経験学習の非効率に対する懸念」です。

確かに、泳げない⼦供を背の⽴たないプールに突き落として成り⾏きを⾒守るようなやり⽅だけでは、本⼈の成⻑への⽀援としては不⼗分でしょう。
私どもでは、経験が最良の教師であることは揺るがないにしても、経験からの学習効果を最⼤化するためには、知識学習の機会を併せて設定することが有効であると考えています。
以下にその理由を挙げます。
  1. 初めてやってみるときの指針となる・・・「守-破・離」の教えが⽰すとおり、何事も最初は型どおりやってみることが有効であり、あらかじめ型として、マネジメント諸理論等を学習しておくことは実践へのよい備えになります。
  2. 経験を振り返り、教訓を引き出すときの材料となる・・・成功したり、失敗したり、回り道をしたり・・・といったさまざまな経験がその⼈の糧になるかどうかは「よい振り返り」ができるかどうかにかかっています。⾃分のした事と、その結果になんらかの意味づけを与える際に「理論を参照する・理論と突き合わせて考えてみる」ことは有効です。
  3. 他者と議論するときの共通の⾔語となる・・・これについては、少しだけ詳しく述べておきます。
個々の経験学習を活性化するためには、「他者との交流」もまた有効です。

⼀⼈ができる経験量には限りがありますが、他の⼈の経験を聞いたり観察したりすることを通じた擬似経験がそこを補ってくれるということもあります。
また、b.で述べた「経験の振り返り・意味づけ」においても、⽴場を同じくする⼈とのディスカッションを⾏うことにより、⼀⼈では到底得られないような教訓を⾒出すことも可能になります。
このとき、ディスカッションを⾏うもの同⼠が「共通の⾔語」をもっていることが集団全体の学習効果を押し上げるのです。

例えば「ミッション、ビジョン、課題、目標・・・」「組織構造、組織⽂化、権限と責任・・・」「企業戦略、事業戦略、シナジー効果・・・」といったマネジメント上のキーとなる概念について、ディスカッションの当事者たちが同じレベルで理解していること。こうした⾔葉を使ったディスカッションが成り⽴つことが重要です。

組織の管理者全員が⼀定の知識を有しており、「⾔葉が通じ合う」状態を作っておくことは、組織全体の成⻑・発展のための⼤切な知的基盤(インフラ)になります。

(3)「知識学習・経験学習・他者との交流」で管理者が育ち、組織が強くなる

今回は、管理者としての成⻑を「経験学習モデル」に即して考えてきました。

マネジメントのような暗黙的・体感的な技能に熟達するには、経験が最良の教師であることを確認しました。しかし、個々の経験に委ねるばかりでは非効率な⾯が残ります。管理者によって成⻑のスピードも到達点もばらついてしまいます。
経験学習の効果を最⼤にするためにも、知識学習や他者との交流を通じた学習の機会を併せて設定することが⼤切です。よく「知識よりも実践が⼤事」ということが⾔われますが、両者は本来優劣を⽐べるようなものではありません。

得られた知識や理論を実践活動において検証し、周囲の⼈々とのディスカッションや、⾃分⾃⾝の振り返りを通じて新たな知識・理論を創造していく
―この繰り返しが学習のサイクル=成⻑のサイクルです。

実践を伴わない知識は「雑学」のそしりをまぬがれませんが、体系的な知識への関⼼をもたない試⾏錯誤の繰り返しもまたむなしいものです。知識と実践のどちらが⼤事かではなく、両者を結びつける⼯夫が求められているように思えます。

第3回では、知識と実践を結びつける⼯夫を埋め込んだ具体的な管理者教育の設計について考えていきたいと思います。