現地従業員に対する「理念・行動指針」浸透のポイント(5)

日本の商品やサービスの事例を用いて行動指針の理解を促す~株式会社オークラ ニッコー ホテルマネジメント様の取り組みを事例として~

前回のコラムに引き続き、株式会社オークラ ニッコー ホテルマネジメント様 との協働プロジェクトでの経験を踏まえ、現地従業員に対して、自社が大切にする理念や行動指針を理解・実践させていく上で有用と考えられるポイントについてお伝えします。

今回は5つ目のポイントとして、「理念・行動指針に基づくスタッフの実践を“褒める”&“認める”ことの有用性」について述べたいと思います。

 株式会社オークラ ニッコー ホテルマネジメント様は、国内外に展開する各チェーンホテルにおいて、きめ細やかで質の高い日本的な接客・サービスを提供することに価値を置き、ホテル運営をしています。
これまでのコラムでご紹介したように、この「きめ細やかで質の高い日本的な接客・サービス」の基盤となるものが、「スタッフが実践すべき8つの行動指針(Origin8)」と「お客様に感じてもらいたい9つの質感(Qualia9)」です。
 各ホテルのスタッフには、お客様に9つの質感(Qualia9)を感じてもらえるよう、8つの行動指針(Origin8)に基づく接客・サービスの実践が求められています。

行動指針に基づく接客・サービスをスタッフに実践させるためには、継続的な教育によってスタッフの理解を促すことも必要ですが、それだけでは不十分な側面があります。

スタッフがより主体的に行動指針に基づく接客・サービスを実践するようになるためには、彼らの「動機づけ」が不可欠であり、そのためにはスタッフが行った優れた実践例をタイムリーに褒め、組織的に認めることが有用です。

そこで、同社では、行動指針に基づいて行われた優れた接客・サービス事例を共有する「Good job!レビュー制度」と、それらの事例の中から一番優れたものを「月単位」「年単位」で表彰する「MVP表彰制度」を各ホテルで運用するとともに、専用のWebサイト(みんオリWebと呼称)を通してチェーン全体で事例の共有に努めています。
図表1:Good job!制度の概要
図表2:MVP表彰制度の概要
図表3:みんオリWeb上でのGood job!事例紹介画面
こうして、各チェーンホテルで生み出されたGood job!の事例は、2015年度で合計18,087件(国内 : 8,672 件・海外 : 9,415 件)に上ります。

同社では、優れた接客・サービスを大きく2つの質的な観点から捉えています。
1つは、そのスタッフならではのスキルや能力、感性で行われた接客・サービスの実践、そして2つ目は、優れた接客・サービスをそのスタッフだけでなく、他のスタッフも実践できるように何らかの工夫を施した実践事例です。
図表4:個人的なGood job!の事例
図表5:他のスタッフも実践できるように何らかの工夫を施した実践事例
中でも、図表5のような事例は、お客様に対する質の高い接客・サービスを個別スタッフの一瞬の活動の範囲にとどめず、誰もがその活動を再現できる状態をつくっていこうとする取り組みであり、同社では、組織にとってより付加価値の高い事例として位置づけています。

現在、同社では国内ホテルのみならず、海外に展開するチェーンホテルでも、この2つの表彰制度(「Good job!レビュー制度」と「MVP表彰制度」)を運用しています。

プロジェクトチームは、この制度の運用当初、特に、個人主義的傾向が強いと言われる中国エリアのホテルにおいてうまく運用されないのではないかと危惧していました。しかし、実際には図表6のように、数多くの実践例が毎月ノミネートされ、現在のところ当初の懸念は杞憂に終わっています。
図表6:Good job!のカードを壁に貼り、スタッフと優れた接客・サービスの事例を共有(海外ホテルの事例) (行動指針に基づいて優れた接客・サービスを実践したスタッフの事例は、各ホテルのバックヤードで、スタッフの目が留まりやすい場所に掲示されています)
それどころか、近年では、図表5のような、「他のスタッフも実践できるように何らかの工夫を施した実践事例」も増えつつあり、優れた実践事例を特定の個人事例として終わらせるのではなく、他のスタッフも継続的にできるよう、「仕組み化」する習慣も根付いてきています。

ホテルのようなホスピタリティ業界は、極めて労働集約的な側面が強く、また、同時に職務内容の普遍性が高いため、人材の業界内移動が頻繁に行われやすい業界です。
したがって、優れたサービスノウハウを持った人材を育てていくと同時に、そのノウハウを「仕組み化」しておかなければ、優れたノウハウを持つ人材がいなくなった際、そのホテルの競争力は失われてしまいます。
こうした問題を解消するために、同社では、優れた個人の「Good job!」をその他のスタッフも実践できるよう、Good job!の「仕組み化」を推進しています。
ホスピタリティ業界において表彰制度の運用は珍しいものではありませんが、同社はGood job!の「仕組み化」に踏み込んだ運用を行っている点が他にない特徴と言えるでしょう。

こうして海外に展開するホテルでも、お客様に対して行った優れた接客・サービスの事例が多数共有され、また「仕組み化」されていく状況を見ると、「褒めること」や「認めること」の効用に国境はないことを強く感じます。