現地従業員に対する「理念・行動指針」浸透のポイント(4)

日本の商品やサービスの事例を用いて行動指針の理解を促す~株式会社オークラ ニッコー ホテルマネジメント様の取り組みを事例として~

前回のコラムに引き続き、株式会社オークラ ニッコー ホテルマネジメント様(注1)との協働プロジェクトでの経験を踏まえ、現地従業員に対して、自社が大切にする理念や行動指針を理解・実践させていく上で有用と考えられるポイントについてお伝えします。

今回は4つ目のポイントとして、「日本の商品やサービスの事例を用いて行動指針の理解を促すアプローチ」について述べたいと思います。

これまでのコラムでご紹介したように、株式会社オークラ ニッコー ホテルマネジメント様は、きめ細やかで質の高い日本的なサービスを実践するために必要となる8つの行動指針(Origin8)を掲げるとともに、そのトレーニングを国内外のチェーンホテルで実施しています。

一方、こうした「ホテルスタッフの行動指針」とは別に、同社では、きめ細やかで質の高い日本的な接客・サービスを通して「お客さまに感じてもらいたい気持ち」を「Qualia9(クオリア9)=9つの質感」としてまとめています。
このQualia9は下図のように、①優しさ②確かさ③まごころ④気が利いている⑤使いやすい⑥間が良い⑦上質感⑧季節感⑨清潔感の9つの要素から構成されています。
Qualia9=オークラ ニッコーホテルチェーンがお客様に感じてもらいたい質的な感覚

ホテルの日本料理店に大学の名誉教授の方が主催する忘年会の予約が入った。インターネットでその教授のことを調べてみると、その方は光学研究の第一人者であるということが分かった。著名な教授に何かサプライズ的な演出ができないかと考え、宴席で用いるお酒のお猪口を、店で購入してあった小樽の「北一ガラス」のお猪口(光の当たり方で色が変わるお猪口)に変えて提供した。名誉教授はそのお猪口を大変気に入り、宴席も光の話題で盛り上がるなど、お客様にご満足をいただくことができた。

このサービスを受けたお客様(大学の名誉教授)は、おそらく“気が利いているな”とか“上質なサービスだな”と感じたのではないかと考えられます。
この事例のように、オークラ ニッコー ホテルズチェーンでは、ホテルをご利用されたお客様に、「ここのホテルのサービスは、他のホテルに比べ、“気が利いているな”」とか「ここのホテルの装飾は“季節感”があるな」といった、「日本人が大切にしている感覚」を覚えてもらえるような、接客・サービスを提供したいと考えているわけです。

こうした、“気が利いている”・“間が良い”・“清潔感”といった、質的な感覚は、日本人ならば、それがどのようなものなのかを直感的にイメージすることができると思われます。しかし、この感覚を海外に展開するホテルの現地従業員にも理解してもらうにはトレーニングの方法を工夫する必要がありました。そこで、プロジェクトチームで採り入れた方法が、実際に日本で売られている商品やサービスの事例を用いて9つの要素を理解してもらうというアプローチでした。

例えば、日本で売られている「缶ビール」にはプルトップの部分が少し凹んでいて、消費者がプルトップを空けやすいような構造になっています。これは、Qualia9で言えば、“⑤使いやすい”という感覚に当てはまるのではないかと考えられます。
缶ビール上部のプルトップ部分の写真
また、缶の上部には「お酒」という意味の点字が刻印されていて、目の不自由な方が間違って購入しないようにする配慮が施されています。これは、Qualia9で言えば、“①優しさ”や“②確かさ”、“③まごころ” という感覚に当てはまるのではないかと考えられます。
商品に見られるこうした何気ない配慮は、日本人にとっては当たり前のことかもしれませんが、海外の商品にはこうした「日本的なきめ細かな工夫」はほとんど見られません。
缶ビール上部の点字の写真
海外に展開するホテルの現地従業員にも、このQualia9のコンセプトを理解していただくために、トレーニングでは、上記の「缶ビール」のような、実際に日本で販売されている商品やサービスの実例を紹介しながら、「この商品やサービスに触れる消費者はどのような気持ちを感じるか?」を考えてもらいました。以下はそのトレーニングの風景です。
商品・サービスの実例を紹介しながらQualia9についてトレーニングしている風景の写真
こうしたアプローチでのトレーニングを受講したホテルスタッフからは「日本のきめ細かな感覚がよく分かった」「日本製品がなぜ人気があるのか、その意味が理解できた」といった声を多く聞くことができました。
日本製品に対するもの珍しさも手伝ってか、この研修は大変盛り上がり、Qualia9で述べられているような日本的感性を現地従業員に分かりやすく伝える上で効果的であったと筆者は感じています。

今回のコラムでは、日本らしいきめ細やかな感覚、日本人が大切にしている感性を現地従業員に伝える際に、日本の実際の商品やサービスを用いるアプローチについて述べました。
次回のコラムでは、5つ目のポイントとして、「国境を越える“褒める”アプローチの有用性」について述べたいと思います。