人的資本経営とDXに関する役員の意識調査から見た次世代リーダー育成の課題と期待

人的資本経営とDXに関する役員の意識調査から見た次世代リーダー育成の課題と期待

不確実で不透明な今日において、経営の課題は尽きることがありません。
この記事では、2023年1月に実施した「2022年度 人的資本経営・DXに関する役員の意識調査」の結果から、経営幹部が抱える課題と次世代を担う幹部候補者に必要な能力について考察します。

筆者プロフィール

飯塚 登 (Iizuka Noboru)

学校法人産業能率大学 経営管理研究所
戦略・ビジネスモデル研究センター長 主席研究員

飯塚 登
(Iizuka Noboru)

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経営層の行動傾向

「経営幹部が有すべき能力や資質」について、自らに備わっているかどうかを尋ねたところ、肯定的な回答割合が最も高かったのは「一般論をそのまま取り入れず、自分なりの見方でものごとを解釈する力(71.0%)」であり、次いで高かった順に「短絡的に思考せず、さまざまな角度からものごとを検討する力(65.2%)」、「世の中の動きに目を向け、過去から未来への大きな流れを捉える力(62.4%)」となりました(図1)。
全般的に自らに対する肯定的な回答傾向が強かった一方で、「困難や重圧に屈しない安定した気持ちを持っている(59.4%)」や「仕事に限らない幅広い活動を通じて、確固たる自信を醸成する力(51.4%)」は相対的に低い結果となりました(図1)。

  • 割合はいずれも「備わっている」「やや備わっている」の合計
図1
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2022年度 人的資本経営・DXに関する役員の意識調査(P.17)

『幅広い角度から情報収集や分析を行い、自分なりの見方で物事の解釈に努めている。反面、自らの判断やリーダーシップに確信が持てず、困難な局面に対して思い切りよく立ち向かえていない』。これが、今回の調査結果から導き出された経営幹部の“平均的な”行動傾向と言えます。

経営層の行動傾向から見える課題

このことから、今日の経営幹部は2種の“ややこしさ”に直面していると推察されます。

ややこしい その1:変化に惑わされがち

「不透明で不確実な時代の中、既存事業は先細り、生産性は依然として低い。」
「従業員のエンゲージメントは高まらず、新たな価値や事業の柱が育たない。」
「今こそデジタル技術を活用した構造改革を断行し、持続可能な組織づくりへの転換が急務である・・・。」
と、こんな調子のメッセージを目にすることが多いでしょう。
正論かもしれませんが、人は変化やリスク、もっともらしい“べき論”にさらされ続けると、思考が働きにくくなります。ただでさえ、経営者は日頃から過大なストレスにさらされています。
前述の経営層の行動傾向も、ノイズにあふれた昨今の時世を反映した回答だと推測されます。

しかし、経営環境や経営手法が変わったとしても、“世の中に価値を提供し続け、長期的な利を最大化させる”ことが経営戦略の目的であることには変わりがなく、経営者の仕事が戦略上の意思決定にあることも変わりません。
ブーカ、ブーカと騒ぐまでもなく、「環境激変の時代」だというあおり文句は、はるか昔から叫ばれ続けています。
表層的な出来事に目を奪われると、それが過去にも似たようなパターンがあったのか、本当に重視すべき歴史の転換点なのかが分からなくなってしまうのです。

ややこしい その2:矛盾に戸惑いがち

経営者の仕事は意思決定であり、意思決定の本質は選択ですが、簡単な選択ばかりであればこれほど苦労はしません。成熟化した社会や組織においては、複数の選択肢同士が矛盾しあっているように見える(突き詰めれば一つの方向性に帰結するが)ことが多く、戸惑いやためらいの種は尽きません。

代表的な例を挙げてみましょう。

  • 短期⇔長期
    企業人の悩みとして最も多いのは、「短期」と「長期」という異なる時間軸がもたらす矛盾です。
    会社の成長を願う気持ちがあるならば、中長期目線の課題に取り組む必要性は誰しもが認識しています。しかし、現場は目前の仕事に埋没し、日々の課題対応に追われています。人員上の余裕があれば短期組と長期組を分けることも可能かもしれませんが、限られた人員を一局に集中投下しなければ今日の糧をも得られないような状況下では、必然的に長期の課題が後回しになってしまいます。
    一方で、未来を見据えて長期的な課題に取り組んだとしても、目に見える成果が得られなければ投資対象としては見放されてしまうでしょう。
  • 既存技術⇔新規技術
    市場で成功を収めている企業は、既存の技術から高い利益を得ているため、既存製品と競合して利益率を下げるような新技術には投資をしたがりません。しかし、時がたつと新技術は洗練され、低価格で機能も既存製品とほとんど変わらなくなります。
    この段階になると、それまで既存技術を好んでいた顧客は新技術を求めて従来のサプライヤーを見捨ててしまいます。いわゆる、イノベーションのジレンマです。

次世代リーダーに求められるもの

こうした事態に陥らないために、次世代を担う経営幹部候補者には以下の3つのアクションが求められます。

  1. 時代の流れや流行に左右されない自社の目的や価値観を見極めること
  2. 幅広い歴史や社会の過去の蓄積から学ぶこと
  3. 不確実な状況下での意思決定訓練をすること

時代の流れや流行に左右されない自社の目的や価値観を見極めること

(1)に関しては、調査では6割近い経営層が「企業理念、パーパスの明確化」に取り組んでいると答えています(図2)。コロナ禍の不穏な時代に“パーパス”は流行語のように広まった感があるものの、活動自体は企業が原点を見いだすために不可欠な行いであり、よき傾向として評価できます。
ただし、パーパスは“明確化して終わり”ではなく、向き合って行動することが重要なのは言うまでもありません。

図2
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2022年度 人的資本経営・DXに関する役員の意識調査(P.5)

幅広い歴史や社会の過去の蓄積から学ぶこと

一方で、調査結果の図3~図5を見る限り、学びや経験の舞台は会社周辺の狭い世界に限定されていて、(2)の習慣づけ(=広く歴史・蓄積から学ぶ)が不足しています。
経営層に必要なのは、新たな事象に直面した際に、たとえ自ら経験したことがないことであっても「要するにこうだろう」「だからこうしよう」と仮説を立てる力です。調査結果の通りに自らの判断に確信が持てない経営層が一定数いるのだとすれば、学びの領域を見直してみるとよいでしょう。
ただし、歴史にせよ哲学にせよ、真剣に学ぶのであれば自学自習はお勧めしません。よきガイド役が必要です。

図3
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2022年度 人的資本経営・DXに関する役員の意識調査(P.14)
図4
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2022年度 人的資本経営・DXに関する役員の意識調査(P.15)
図5
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2022年度 人的資本経営・DXに関する役員の意識調査(P.16)

不確実な状況下での意思決定訓練をすること

また図6からは、アクション(3)(=不確実な状況下での訓練)の有用性は一般論として理解されているものの、新事業立ち上げなどの異質経験や、大きな挫折を経ずに昇進した人が経営層に就くケースが少なくないと推察します。
このような場合、果たして社員から提案される新事業・投資案を適切に評価できるのか、提案者が納得するフィードバックを得られるのか、疑念が残ります。
今からでも遅くはありません。経営層が先頭に立って新たな事業を推進すべきですし、提案者に対しては最大限の支援を払ってほしいと考えます。

図6
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2022年度 人的資本経営・DXに関する役員の意識調査(P.12)

最後に

組織は多様な思惑で構成される人間の集まりゆえ、変化や矛盾が生じるものです。
まずは組織に蔓延する機能部門の肥大化を解消し、事業活動の経緯や結果を極力見える化し、意思決定しやすい環境を整えることが必要です。
そのうえで、経営層は、自らのバイアス傾向を冷静に認識し、実践を重ねて意思決定を熟達していくよりありません。

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2022年度 人的資本経営・DXに関する役員の意識調査

他にも、人材マネジメントやDX・デジタル化の取り組み状況、経営層が役に立ったと感じる「学習経験」などを伺っています。詳しくは報告書をご確認ください。