中国企業の最新動向から学ぶ!「従業員シェア」とは?

中国企業の最新動向から学ぶ!「従業員シェア」とは?

コロナ禍で、経済の停滞が長期化している日本。
雇用の継続が厳しい産業から人手不足に陥っている産業へ、業種・業界の垣根を越えた従業員の移動が起きています。中国が起点となり日本でも注目をあびている「従業員シェア」について、新流通とよばれる中国企業の動向から学びます。

従業員シェアとは?

従業員シェアとは、会社間における従業員の移動を可能とし、労働力の需給バランスを調整し合う機能や制度のことを意味します。
具体的には、急激な経営環境の悪化等が原因で、A社が雇用契約している従業員を一時的に自宅待機せざるを得ない状況に陥ったとき、求人需要のあ るB社で一時的に働いてもらい、経営状況の回復を待ったのちA社に戻ってきてもらう。このような会社間で労働力をシェアし合うことを指します。

図1.従業員シェアとは

コロナ禍の中国における雇用のミスマッチ

2020年1月23日。新型コロナウイルス感染症の拡大により武漢市封鎖から、1週間後。
大手外食チェーン「西貝(シーベイ)」の贾国龍(ジャ ゴーロン)会長が、メディアの取材に対して、以下のようにコメントしました。「コロナによって、わが社のキャッシュフローが突然危機状態になり……融資額を足しても3か月分の給料しか支給できません」

西貝は、中国全国58の都市で約400店舗を展開し、陜西(サンセイ)料理を提供する外食企業です。
当時西貝は、ネット注文に切り替えた一部の店を除きほとんど営業停止状態で、2万人の従業員は自宅待機になっていました。
西貝は、春節(1月25日)前後の1週間で7~8億元(約110~130億円)の損失を被ると推測。恒大(コウダイ)研究院の推算によれば、中国全土の外食産業における1週間の損失は5000億元(約8兆 円)と言われていました。

一方、企業の自助努力で飲食店や小売店のオンライン化は急速に進められていました。
特にスマホのアプリで野菜・肉・魚といった日常食品を購入する消費者が急増しました。

中国2番手のEC企業、京東(ジンドン JD.com)によれば、2020年春節期間中に野菜のネット販売額が450%増えたとのことです。そのため、商品のパッケージング・仕分け・配達などの業務が急増し、深刻な人員不足が発生しました。

アリババ傘下の盒馬(ファーマー)も、同様に6000の人員不足が発生。さらに、100店舗の拡張計画を加え、2020年度に3万人の労働力が不足すると発表しています。

盒馬は、2016年に北京・上海などの都心部を中心に、ECのビジネスモデルを取り入れた実店舗スーパーです。このスーパーは、輸入海鮮など中国人にとって物珍しい食材も多く取り揃え、調理場やイートインスペースが併設されているのが特徴です。それは、アリババの創立者の馬雲が提唱する「新流通=ニューリテール」を実践する新型スーパーでもあります。
「新流通」とは、これもまた馬雲が提唱する「五新」(=新流通・新製造・新金融・新技術・新エネルギー)のうちの1つにあたります。

新型コロナウイルス感染症が広がり始めた当初は、このように外食を中心とする産業と新流通と言われる産業の間に、雇用のミスマッチが生まれました。
しかしここから、中国企業はミスマッチ解消へ急速に舵を切ります。

図2.盒馬の動向

<従業員シェアに動いたその他の企業>

  • 2月4日
    「ウォールマート」、「生鮮伝奇」
  • 2月7日
    「蘇寧物流」、「物美」
  • 2月9日
    「58同城」
  • 2月5日
    京東の実店舗の「7FRESHI」、「七鮮」
  • 2月8日
    レノボ
  • 2月11日
    「大潤発&Auchan」
  • この後も続きます。以下省略。

<地方政府の支援の動き>

  • 深圳(シンセン)、東莞(トウカン)、中山(チュウザン)、合肥(ゴウヒ)、杭州(コウシュウ)、青島(チンタオ)など、各地方の政府も製造業回復を目的とする「従業員シェア」支援政策を打ち出しました。
  • 例えば、東莞政府が主導のもと、7月までに、288社の製造業企業間で累計1.3万人の従業員をシェアしました。
  • 深圳は、3月から従業員シェアを10人以上かつ1か月以上使用した企業に対して、最高10万元(約158万円)の補助金を支給すると発表しています。

中国における従業員シェアの特徴

中国の現状から見た従業員シェアの特徴は、以下の3つに要約することができます。

図3.中国における従業員シェア 3つの特徴

単純労働者に限定する概念

日本では「人材シェア」または「人材シェアリング」という言葉もありますが、ここであえて「人材」ではなく「従業員」を使った理由として、今回のコロナ禍において中国内でシェアしたのは、高度な知識を必要とする特殊な人材ではなく、少し現場研修を行えばすぐに対応できる単純作業を担う従業員だからです。
つまり、いまのところ従業員シェアの対象は“単純労働”がほとんどなので、「人材」という言葉をあえて使っていません。

従業員から見て、報酬の支払い関係は変わらないこと

現在中国で実施している従業員シェアの報酬の支払い方は2タイプあります。
1つは、保険などの人件費は雇用関係のある元のA社が支払います。B社からは臨時的に働いた分の報酬をA社に支払い、A社はそれをすべてシェアされた従業員に支払う方法です。
もう1つは、保険と働いた分の報酬を全部B社が負担し、A社を経由して従業員に支給する方法です。
また、前者のタイプでもB社の業務内容によって新たに保険に加入したり研修費用が発生したりする場合、B社がそれを負担します。
実際に、具体的な支払いの線引きは需給両社間の話し合いで決定する場合もあります。
いずれにしても、従業員から見て保険や報酬の支払い関係は依然としてA社が行うので、変わりはありません。

派遣社員などの非正規社員とは違うこと

A社は人材派遣会社の資格を持っていないので、派遣手数料などの収入を得てはいけません。B社から支給された報酬額のすべては従業員に支給しなければなりません。
したがって、従業員シェアは通常で言う派遣社員・契約社員・バイト・臨時工・副業などとは異なります。

従業員シェアは定着するのか?!

果たして従業員シェアという考え方や仕組みは定着するのでしょうか?
中国に限らず日本も含め、ニューノーマル時代の新しい雇用のカタチになりうるのかどうか、その可能性について3つの側面から考えます。

3つの側面から考える『従業員シェア』

     
  1. 労働市場の需給関係の不均衡を調整する一役を果たせるか
  2. 従業員シェアは、社員教育の一環として考えることは可能か
  3. 日本で従業員シェアが定着するための3つの条件

1.労働市場の需給関係の不均衡を調整する一役を果たせるか

産業能率大学の創立者上野陽一の究極的なマネジメントの思想は『ムリ、ムダによるムラをなくすこと』と提唱しています。しかも、それは、企業経営に限ったことではありません。
労働市場の需給関係のアンバランス・不均衡も、「状態」に存在しているムラです。このムラは、観光業・航空業・娯楽業などのように、シーズンによる繁閑期から、景気状況、災害に至るまで常に起きています。
“ムラがあれば知恵でなくす”という上野陽一のマネジメント思想から見れば、従業員シェアは労働力を、過剰市場から、不足市場へ機動的に流動させる1つの知恵になると考えられます。

  • 社会的経済 :非正規社員の拡大や、それによる貧富の格差拡大を解消する手立てになり得る。など
  • 企業サイド :雇用維持のための人件費負担が軽減される。など
  • 従業員サイド:会社の業績悪化時も、仕事量削減による収入減をある程度リスクヘッジできる。など

以上のように、社会経済・企業・従業員の視点から見て、需給関係のアンバランス・不均衡を調整するニーズが存在している以上、従業員シェアは労働市場にとって必要な新しい雇用形態になり得ると言えます。

2.従業員シェアは、社員教育の一環として考えることは可能か

従業員シェアの仕組みの中に「異業種からの学び」といった社員教育の視点を取り入れることによって、単純労働の中にも内発的動機付けにつなげることが可能と考えます。
例えば従業員の派遣時に「提案制度」などを通じて、彼らが発見した異業種のノウハウを自社でも生かすことができるのであれば、経験知を“組織知”として社内に蓄積することができます。考えながら働く、自発的に働くといった良い企業文化の形成にも貢献できると考えられます。
このやり方は、ボトムアップ型経営が得意としている日本企業に最も適合していると考えられます。

3.日本で従業員シェアが定着するための3つの条件

図4.日本で従業員シェアが定着するための3つの条件

① 労働力の需給バランスを調整するマッチング技術

労働市場の中で、人員待機・過剰・不足が発生した場合、「いつ、どこに、どんな仕事があるのか」などの情報がリアルタイムに提供される必要性があります。
労働力の需給バランスの調整には、マッチング技術が最低限必要になってきます。

② 公共性の高いプラットフォームの構築

一方、マッチング技術による正確な情報は、それを必要とする人たちにきちんと届く仕組みが必要です。その媒体として最も期待できるのはプラットフォームです。しかも、個々の企業が自社のニーズのためのプラットフォームではなく、公共性のあるプラットフォームの構築が不可欠と考えられます。

③ 情報透明性の向上

労働力の需給間および会社と本人の間に、保険加入状況・健康状態・報酬条件・会社の規定などの法的、金銭的、責任所在の情報を共有し、透明性を高める必要があります。万が一の事故による責任の所在が不明確の場合や、A社、B社のどちらかに報酬問題で不正があった場合など、従業員にとって不利益になることを避けなければなりません。

2020年に起きたコロナ禍はちょうど中国の転換期と重なりました。
まさに『危』をさまざまな改革を推し進める『機』にしてきた中国。
これからの中国企業の動向を注視するとともに、日本においても従業員シェアが広がり、定着していくことを期待したいと思います。

執筆者プロフィール

欧陽 菲(OUYANG Fei)

産業能率大学 経営学部 教授

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