流動数曲線を活用した問題のとらえ方~新型コロナウイルス感染状況の分析

流動数曲線を活用した問題のとらえ方~新型コロナウイルス感染状況の分析

INとOUTを複合的に見る

原稿執筆時点(2020年10月)では、新型コロナウイルス感染者数は高止まりの状況です。テレビのニュースやワイドショー、インターネット記事等では、日々の感染者数の報道が相次いでいます。「感染者数だけに一喜一憂しないように」と言われていますが、感染者数(陽性者数)に代わる明確な指標は示されていません。

そんな中、学生時代に(生産管理の研究室の)教授から教わったことを思い出しました。「在庫管理は、在庫数だけをウォッチするのではない。IN(受け入れ)とOUT(払い出し)のそれぞれをコントロールすることが重要だ」ということです。新型コロナウイルス感染者数も、INとOUTを複合的に見ることが大切ではないかと考えました。

在庫管理の手法として流動数分析がありますが、東京都の感染状況を表したものが以下のグラフです。IN(受入累積線)とOUT(払出累積線)を並べたもので、流動数曲線と呼ばれます。世の中では、あまり説明がされていない図ではないかと思われます。
簡単に見方を説明すると、横軸が日付、縦軸が累積の人数であり、桃色(IN)が陽性者数の累積線、青色(OUT)が療養を終えた人数の累積線です。ただし、青色(OUT)については、「退院等(療養期間経過を含む)」の人数に「死亡」の人数を加えています。累積線ですので、単日の人数が増えるとグラフの傾きが急になり、ゼロの日は横ばいとなります。

流動数曲線の見方

これまでの報道では、陽性者数のみがクローズアップされていますので、桃色のグラフの形はイメージが沸くと思います。3月下旬から全国で陽性者が増え、4/7に緊急事態宣言の発出があって、東京都では5月になって陽性者数が抑えられました。その後、6/19に東京アラートが解除になった2週間後くらいから陽性者数が増え始め、8月にかけて一時急増しました。10月時点ではその数は若干抑えられ、東京発着のGoToトラベルキャンペーンも認められるようになりました。
しかし、あくまで陽性者数(IN)しか見ていないため、退院、療養解除となった方の数(OUT)にも目を向ける必要があります。これが青色のグラフです。ただし、検査で陰性になって退院後にも症状が残る患者がいるようですが、この方々も含まれていると思われます。
青色のグラフは、桃色のグラフの右側に同じようなカーブで曲線が描かれています。この2本のグラフは、以下のように見ます。

:療養が必要な患者数  :平均療養期間  傾き:スピード

まず、2本のグラフの縦を見ると、(無症状者も含めて)その日時点の療養が必要な患者数を表します。在庫管理の場合では、縦が在庫量になります。東京都では5月の段階で3,093人(5/6)、8月の段階で3,760人(8/10)がそれぞれピークとなっています。

次に、2本のグラフの横を見ると、平均療養期間を表します。在庫管理の場合は、在庫期間になります。最も期間が長い区間は4/13~5/11で、平均で28日となっています。同様に8~9月にかけてのピークでは平均15日でした。ただし、桃色のグラフは数日前の検査結果が反映されるため、実際の療養期間はこれよりも長いと思われます。

そして、2本のグラフそれぞれの傾きは、増加のスピードを表します。INの傾き>OUTの傾きとなると、医療の現場を圧迫してしまいます。実際に4月のグラフを見ると、桃色(IN)の傾きの方が急であり、2本のグラフ間の距離が離れてしまっています。

流動数曲線を活用した感染状況のとらえ方

流動数曲線の見方を踏まえて、あらためて10月の状況を見ると、2本のグラフの傾きは4月の時よりも平行に近い動きをしています。陽性者数が急増し、療養が必要な患者数(縦)は多いですが、平均療養期間(横)は4月の半分以下になっています。医療現場における治療ノウハウが確立されつつあることなどから、退院までの日数が短くなっているのかもしれません。重症患者が増えるとその日数が長期化することが考えられるため、平均療養期間(横)は継続的にウォッチしていくことが大切です。

同様に、厚生労働省のデータを元に作成した全国の流動数曲線は、以下の通りです。ただし、青色のグラフについては、5/8から「退院、療養解除」の集計方法が変わったために、5/8以降に限って傾向をつかむ必要があります。全国の流動数曲線は、東京都と似たような動きをしていることがわかります。

緊急事態宣言の自粛期間を経て、我が国は「ウィズコロナ」をキーワードに、感染対策と経済との両立へ向けて舵を切りました。流動数曲線の縦の人数に着目すると、療養の必要な患者数の増加に備え、宿泊療養場所を充実するなど、病院以外の療養施設の整備が求められることが見えてきます。 私たちは、日々発表される陽性者数(IN)のみに踊らされてしまいがちです。しかし、退院、療養解除となった方の数(OUT)にも着目し、両者のバランスに注目して、新型コロナウイルスの感染状況を冷静に把握することが大事だと考えます。

このように流動数曲線を活用すると、現象を多面的に見ることが可能になります。貯蓄を収入と支出で見たり、店の混雑を入店者と退店者で見たりするなど、INとOUTのバランスに注目することで、課題が明確になります。皆さんも身近な業務で、INとOUTの複合的な見方を試してみてください。

執筆者プロフィール

齋藤 義雄(Yoshio Saito)

学校法人学校法人産業能率大学 経営管理研究所 主任研究員

  • 筆者は、主に管理技術、業務改善の研修・コンサルティングを実施。
  • 所属・肩書きは掲載当時のものです。

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