人材育成のプロが本気で語る。「コロナ禍・AI・人生100年時代」の人材育成はまず何をするべきか?

本記事では、産能大の人材育成の専門家であるヨシダ氏にこれからの人材教育をどのようにとらえ、「結局のところどうすればいいのか?」を本気で語っていただきました。
コロナ禍において、思考停止になってしまう人が続出?
突然ですが、皆さんの所属組織では、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う危機的な状況下において、環境変化を冷静に受け止め、今後に向けて課題を形成し、主体的に動いた“頼りになる人”はどの程度いらっしゃったでしょうか?

世界にとってあまりにもインパクトの大きい出来事でしたから、上記のような人材が全くいなかったとしても決して責められるものではありません。
ただ、おそらくそういった人材はいたとしてもごく少数だったと推察します。おそらく大多数の方が、何もかも未経験の状況下で思考停止に陥り、不安や混乱と共に「早く方針を出してくれ!」という「待ち」の姿勢になってしまったのではないかと思います。
今、本当に求められているのは「現に問題を解決できる人材」
20年ほど前から提唱され、今や世界標準となりつつある「キー・コンピテンシー」や「21世紀型スキル」といった新しい能力について、皆さんはどの程度ご存知でしょうか?
これらの能力が世界で広く受け入れられてきたのは、まさに今回のような不確実で先の読めない状況下でも「しなやかに問題解決をしていく人材」を育てていかなければならないと考えられたからです。
すなわち、どんなに学歴が高く、知識が豊富で、特定の領域に専門性を有した人材がいたとしても、結局のところは今回のような状況下において、自ら課題を探り、周囲を巻き込み、主体的に動いてくれる人材がいなければ、組織はたちまち倒れてしまうのです。今回のコロナ禍で、皆さんは身をもってそれを痛感したのではないかと思います。
また、これは企業だけの問題ではなく、様々な分野において専門家でさえも答えを持たない複雑で世界規模の問題が頻繁に起こり、私たち個人の生活にも大きな影響を与えます。こうした問題を解決しながら持続可能な社会をつくるためには、誰かが答えを出してくれるのを待つのではなく、一人一人が深く考え、周囲と協力しながら、主体的に答えを創り出すことが求められます。
現在は「何を知っているか」だけでなく、「どのような問題解決を現に成し遂げるか」ということが特に重視され、人材育成も知識ベースから、資質・能力ベースに世界標準が大きく変わってきています。人材育成に携わる私たちは、この点についてしっかりと理解し、教育へ実装していく必要があります。

世界の教育トレンドは「知識の体系」から「資質・能力の体系」へ
では、昨今求められている能力について、もう少し詳しく見ていきましょう。
前述の「キー・コンピテンシー」や「21世紀型スキル」といった概念は、前者がOECD(経済協力開発機構)によって2003年に、後者がアメリカのATC21Sという国際団体によって2012年に提唱されました(下図)。
内容はそれぞれ異なりますが、知識は現実社会で活用されてはじめて意味をもつものと捉え、従来のような領域ごとに区分された個々の知識やスキルを重視するのではなく、意欲や態度などを含む人間の全体的な能力を体系化しようする意図が汲み取れます。また、これらで定義されている能力を獲得することが目的なのではなく、あくまでこれらの能力を使って(使い続けて)、変化するグローバルな環境下で持続的に人と社会が成長していけるように体系化されたものであることにも注目すべきです。


また、ビジネスの面でも、こういった能力観の転換は確認することができます。例えば、2006年に経済産業省から提唱された「社会人基礎力」は、まさに人間全体としての育成目標に基づいて、「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」という3つの力を軸にした汎用的で社会的な力の育成が目指されています。
さらに、学校教育においても、2017年に改訂された学習指導要領では、これまでよりも「何ができるようになるのか」という点を明確化し、「主体的・対話的で深い学び」を通じて、「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか」「何を理解しているか・何ができるか」「理解していること・できることをどう使うか」という3つの観点から資質・能力体系を整備した新たな教育方針が打ち出されました(下図)。

これらの概念はいずれも、個別の社会的要請が背景にあったものの、世界的な能力観の転換の中で日本に起こった一つの教育潮流といえるものです。
すなわち、これからの教育は、知識・スキルの習得をゴールとして、ビジネスマナー・ビジネス文書・プレゼンテーションのように(学校教育でいえば、国語・数学・理科のように)、「知識体系」を整備してそれを教え込んでいくだけではありません。あくまで実際の問題解決ができる力をつけることをゴールとして、未知の問題に直面した時点で自ら情報や知識を入手し、それらを統合して、他者と協力しながら新しい答えを創り出していくための「能力・資質体系」を整備し、それを培っていこうとしているのです。
日本版の資質・能力体系である「21世紀型能力」とその特徴
以上のような「社会人基礎力」や「学習指導要領」とは別に、もう一つ日本独自の枠組みとして、国立教育政策研究所が2013年に提唱した「21世紀型能力」というものがあります。
もともとは学習指導要領の理念である「生きる力」を実効的に獲得することを目指して提案されたものですが、21世紀を生きる全ての人に汎用的に通じる「日本版の能力・資質体系」と言うことができます。
「21世紀型能力」では、領域横断的に求められる基本的な能力を「基礎力」と置き、それに基づいて様々な課題を解決するための中核となる能力を「思考力」と位置付け、さらにその使い方を方向づけ、実社会で活用していくための能力を「実践力」として三層に構造化しています(下図)。

ここでの重要なポイントは、2つあります。
1つめは言うまでもなく、「実践力」というものが強調されている点です。これは、基礎力や思考力という領域において学んだことを価値づけしたり、生活(社会)において意味ある行為へつなげたりする点を強く意識しています。それはすなわち、持続可能な社会を築いていくために、「何を知っているか」ではなく「どのような問題解決を現に成し遂げるか」を重視しているということに他なりません。
2つめは、最終的には「実践力」というものを重視している一方で、21世紀能力全体の中では、様々な課題を解決するための「思考力」を中核能力として位置付けているということです。
ここでの「思考力」とは、論理的・批判的思考力、問題発見解決力・創造力、メタ認知などから構成されます。こういった能力は従来から重視されてきたものではありますが、すでに存在している答えを探して当てはめるのではなく、必要に応じて自分自身の学習をモニタリングしながら、他者とのやりとりや、一連の問題解決プロセスを通じて答えを創造していく力が重視されていることに注目しましょう。また、その思考力を土台として支える「基礎力」についても明確に定義されていること、および基礎力の中には「情報スキル」といった新しいスキルが含まれていることも押さえたいポイントです。
では、人材育成に携わる私たちは、社員や従業員の21世紀型能力を培っていくために、何から始めていくべきでしょうか?最後に、この点について触れておきたいと思います。

実は日本の「基礎力」は世界トップクラス
前述のとおり、21世紀型能力は「実践力」が重視され、その中核としての「思考力」と、それを支える「基礎力」が3層構造で定義されています。よって、まずは中核たる思考力と基礎力の強化から始めていくことも、一つの方向性といえます。
ここで興味深いデータを一つご紹介しましょう。
下表はOECD(経済協力開発機構)が実施している国際的な学力調査であるPISA (“ピサ”:学習到達度調査)とPIAAC (“ピアック”:国際成人力調査)の結果です。
PISAは、高校1年生を対象として実施され、義務教育修了段階(15歳)において、これまでに身に付けてきた知識や技能を、実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるかを測る調査です。「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」の3分野で構成され、2000年から3年ごとに実施されています。
PIAACは、16歳から65歳の成人を対象として、社会生活において成人に求められる能力のうち、「読解力」「数的思考力」「ITを活用した問題解決能力」の3分野のスキルの習熟度を測る調査です。成人のスキルの状況を把握し、社会経済への影響、教育訓練制度の効果などを検証し、今後の人材育成政策の参考となる知見を得ることを目的としているものです。第1回の調査は2011~2012年に実施されました。
表で示したとおり、直近の両調査の結果を確認すると、PISA・PIAACともに日本の平均得点は、OECD加盟国の中でトップクラスに位置しており、特にPIAACについては世界1位という特筆すべき結果が出ています。この結果からわかることは、PISAやPIAACが基礎力測定を目的としたものではないにしろ、21世紀型能力における「基礎力」の部分については、日本はある程度のレベルに達していると考えても良いだろうということです。

PISA:学習到達度調査(2018)結果における日本の相対的な位置
PIAAC:国際成人力調査(2012)結果における日本の相対的な位置
読解力 | 数的思考力 | ITを活用した 問題解決力 |
|
---|---|---|---|
日本の得点 | 296点 | 288点 | 294点 |
OECD平均 | 273点 | 269点 | 283点 |
OECD加盟国中の順位 | 1位/ | 23か国1位/ | 23か国1位/ | 19か国※
- コンピュータ調査を受けた人の平均得点。コンピュータ調査を受けなかった者を母数に含めるとOECD平均並み。
まず取りかかるべきは「思考力」。そして「実践力」へ
このように、21世紀能力の「実践力」「思考力」「基礎力」のうち、最もベースとなる基礎力については、日本が相対的に高い水準にあるだろうことを踏まえると、次に私たちが取り組んでいくべきものとしては、「思考力」というテーマが見えてきます。
言葉だけを見れば、「これまでと何が違うの?」ということになりますが、ここまでの記事を読んでいただければ、ここでいう思考力とは「どのような問題解決を現に成し遂げるか」としての「実践力」を最終的に身につけていくために、「新たな答えを協働の中で創造する力」であるということはお分かりいただけるでしょう。これは、本記事の表題でもある、人間の考える意味が問われている「AI時代」、常に新たな課題に向かって学び続ける「人生100年時代」にも必須の力であることは明白です。
――そして最後にもう一つ。
それは、もし求められる「思考力」がこれまでとは質的に異なる能力だとするならば、その目標設定や育成方法も、今までとは確実に異なってくるということです。
前者(目標)については、知識・スキルの習得をゴールとする段階から、実際にそれを生活・仕事・社会の中で発揮できる段階へ変わるでしょう。後者(方法)についても、1~2日間で一気に受講者を集めて同じ内容を展開するという集合研修方式から、オンライン環境を活用して、集合研修と実践を行き来しながら実際の問題解決活動を自走させていくようなアクションラーニング方式へと変わっていくでしょう。
いずれにしても、そういった変化を実際の教育活動へ実装・展開していくのは、私たち教育担当者であり、改めて責任の大きさを感じます。そして、今までとは違う教育が求められるということ自体、人材教育担当者の21世紀型能力が問われているのです。私たちも、この新たなチャレンジを通じて、自身の21世紀型能力を培っていきたいものですね。

みなさん、いかがだったでしょうか。
世界の教育トレンドは「知識の体系」から「資質・能力の体系」へと移り変わり、それに応じて国内でも「キー・コンピテンシー」や「21世紀型能力」を日本独自に構成することで新たな人材育成の指針が徐々に定まってきたように思います。
産能大では、これからの人材に求められるスキルの全ての土台となる「思考力」を培う「思考力エンジン」研修を開発し、長年多くのお客様にご活用いただいてきました。
そして2021年、研修内容を時代の変化に合わせて見直し、「改訂版 思考力エンジン研修」を新たにリリースしました。皆様の人材開発の施策検討の際にぜひお役立てください。
(参考文献)
- 文部科学省ホームページ
- 経済産業省ホームページ
- 国立教育政策研究所ホームページ
- ASSESSMENT & TEACHING OF 21st CENTURY SKILLS ホームページ
- OECDホームページ
- 国立教育政策研究所(2013)「社会の変化に対応する資質や能力を育成する教育課程編成の基本原理」
- 国立教育政策研究所(2014)「資質や能力の包括的育成に向けた教育課程の基準の原理」
- 国立教育政策研究所(2015)「資質・能力を育成する教育課程の在り方に関する研究報告書1」
- 本田由紀(2020)「世界の変容の中での日本の学び直しの課題」日本労働研究雑誌 No.721
- 奈須正裕(2017)「『資質・能力』と学び」東洋館出版社
- P.グリフィン 他編/三宅 なほみ 監訳 益川弘如・望月俊男 編訳(2014)「21世紀型スキル:学びと評価の新たなかたち」北大路書房