イノベーション創出の条件と人材育成のあり方を考える
去る2020年1月30日(木)に、SANNOフォーラム「イノベーション創出の条件と人材育成のありかたを考える」を開催しました。この記事では、抜粋した当日の講演内容をリポートします。
【開催概要】
日時:2020年1月30日(木)13:30~16:30
会場:東京駅サピアタワー9階 学校法人 産業能率大学 セミナールーム
対象:社内イノベーションの推進者、人材育成部門の責任者・ご担当者の方
【第1部】イノベーション創出の条件 ~本学調査から浮かび上がった課題~
■講演者プロフィール
田島 尚子
学校法人産業能率大学 総合研究所
組織・人材アセスメント研究センター(第2課)
※所属・肩書きは掲載当時のものです。
2018年度に、イノベーションを生み出す組織の要件を探り、イノベーション創出に向けた日本企業の課題を明らかにすることを目的として調査をおこないました(詳細は「データで読み解く"イノベーション創出に向けた人材マネジメントの現状と課題"」をご参照ください)。
2018年度調査結果から導かれた5つの課題を基に、2019年度調査を進めていました。
この記事では、本フォーラムで紹介された一部を抜粋し紹介いたします(2019年度調査の詳細は「データで読み解く~イノベーションを生み出す人材と組織のあり方」をご参照ください)。
2018年度調査の結果から導かれた5つの課題
課題1 人材マネジメントに首尾一貫性を持たせる
課題2 内外ネットワークを通じたオープンイノベーションの強化
課題3 人的資源ポリシーの再構築
課題4 チームで取り組むイノベーション創出
課題5 求心力と遠心力のバランスをとる
アンケート調査結果
日本国内に本社を置く企業の人事担当者・責任者に対し、課題への取組に関する設問を用意しました。設問に対する回答結果を「イノベーション創出に向けた課題への取組度」として総合得点化し、その得点に応じて企業を「イノベーション活動取組群(以下、取組群)」と「イノベーション活動非取組群(以下、非取組群)」に分類しています。
ここでは、アンケート調査結果の一部を抜粋し紹介します。
- 取組群の事業ライフサイクルには、老舗期にある企業も含まれており、イノベーション活動に取り組むのは必ずしもスタートアップにある中小企業だけではないことが伺える。
- 人材マネジメントの方針において、取組群と非取組群で差が出た項目は「個人の事情に合わせて働き方を選べるようにすること」「社員の前向きな転職や兼業・副業を支援すること」であり、取組群は社員一人ひとりを尊重しながら、個々の能力の最大化を図っていることが伺える。
- 新規開発事業のトライ&エラーの状況について、取組群の成功比率は必ずしも高くない。なお、取組群・非取組群いずれも、失敗の理由に市場調査不足を挙げている。
インタビュー調査結果
本学とProfuture社にて選定した変革型イノベーション創出企業8社にインタビュー調査をおこなっています。
前述した「2018年度調査の結果から導かれた5つの課題」に沿って、本記事用に抜粋した調査結果を紹介します。
※表の()内はインタビュー調査をおこなった企業の業界を示します。
課題1 | 過去のことばかり話すのではなく、未来のことを語れる評価制度に改定する。キャリア開発を推進し、上司と部下でキャリアの話をするしくみを構築中。(医薬品) |
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課題2 | 普段から社外の人と交流して勉強していることが重要。それには、一旦外に出て帰ってくることや異業種交流のようなことも含まれる。(食品) |
課題3 | 人事部門の中に社内の人材をヘッドハントする部署がある。転職をするかのように、社内の流動性を高める専門チームである。タレントデータベースのようなシステムがあり、そこには社員の評価結果などが掲載されているが、マネジャーは見ることができず、ヘッドハントできる役員だけが見ることができる。(IT) |
課題4 | 井戸を見つける人と井戸を掘る人、どこに井戸を掘ればよいか分かる人。役割がやはり違っており、その後きちんとフォローして実行した人間も評価する。そういう意味でのダイバーシティであり、イノベーティブと捉えている。(運輸) |
課題5 | 多様な人材が増えれば増えるほど、求心力を高めるための理念共有活動が必要。標準化しすぎてもいけないが、コアの部分で共感できる価値観がないとチームワークは成り立たない。(輸送用機器) |
また、インタビュー調査を進める中で、新たに2つの課題が明らかになりました。
2019年度インタビュー調査から新たに導かれた2つの課題
課題6 失敗を組織資源化する
課題7 トップの意思決定力・牽引力を強化する
課題6 | 失敗者がどれだけ復活しているかが次のチャレンジを生むので、その敗者復活の数なしでチャレンジをするのは不可能に等しい。そこまで(敗者復活まで)は社員に粘ってもらう必要がある。(IT) |
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課題7 | 買収や異業種への参入は以前より積極的に進めており、それに伴い異業種が入ったことによって、異なったビジネスが生まれている。これをシナジーというべきか、イノベーションというべきかはわからないが、そういった戦略の積極的な推進は経営トップの意思決定によるものが大きい。(IT) |
【第2部】イノベーション創出を担う人材の選抜・育成の進め方
1.イノベーション人材の育成(経営幹部育成の現場から)
■講演者プロフィール
蔵田 浩
学校法人産業能率大学 総合研究所
経営管理研究所 戦略・ビジネスモデル研究センター長
※所属・肩書きは掲載当時のものです。
経営幹部育成の現場というミクロの視点からイノベーション人材の育成について、提言しました。
この記事では、その一部を抜粋し、紹介します。
- イノベーションは誰が担うのか
イノベーションの本質は「新結合」である。革新的な技術がなくても「組み合わせの妙」によってイノベーションを生み出すことはできる。しかし、そのためには組み合わせる材料が必要である。そう考えると、日本の伝統企業では、ある程度の経験を持った課長・部長クラスが率先して社内でリーダーシップを発揮し、イノベーションを生み出していくべきであろう。必要なのはアイデアを出すだけではなく、事業を創造し、牽引できる人材である。 - 経営幹部育成の目的は明確か
何社も経営幹部育成のワークショップを実施しているが、そこに参加する選抜された部長クラスを見ても、やりたいことが明確で自ら進んで統率していく合目的的な人材と、部長ポストであればこうあるべきと考える合存在的な人材とに分かれる。
日本の伝統的な企業では、7~8割が合存在的だと思われる。しかし、経営幹部はゴールではない。「自分には成したいことがある。それは、昇進して権限を拡大することで成すことができる。」という意識が求められる。 - 経営人材プールはどのくらい必要か
上場企業であれば、現役員の3~4倍が一般的である。スパンとしては、隔年実施や数年の間を空ける場合もある。 - 育成期間はどのくらいか
通常、通信研修やeラーニング、公開セミナーの活用などを活用した経営管理の知識習得に3か月~6か月程度かかる。体系的に学ぶ機会は少ない。
ワークショップは6~10か月に渡り、事業設計・中期経営計画・経営課題解決について学ぶ。課長クラスは教育的である一方、部長以上のクラスではアウトプットの質が求められる。
その他、面談や人材アセスメントを通して、受講者へのフィードバックがおこなわれる。 - 覚悟の醸成は
カリスマ性を備えた経営者は稀であり、一般的には、選抜された経営幹部候補者が切磋琢磨していくことで覚悟が醸成されていく。
また、自己診断や人材アセスメント、経営組織特性診断などを通して、経営幹部に必要なマインドを自覚することができる。

■来場者からの質問
- 経営幹部育成プログラムについて、人事・教育担当者から参加を促すことは難しい。当社でも「この人にワークショップに取り組んでほしい」と思っても、言い出しにくかったことがある。本来であれば、主体的に参加してほしいが・・。
- どんなに優秀であっても、本人に主体的に取り組むマインドがなければ経営幹部の素質がないと考えるべきである。選抜されると9割以上の方が意気に感じて取り組むが、ワークショップが全て終わり、フィードバック面談のときに初めて「実は経営幹部になりたくないです」と申し出る人もいる。(蔵田センター長より回答)
2.イノベーション人材育成のヒント
■講演者プロフィール
古庄 裕
学校法人産業能率大学 総合研究所
経営管理研究所 戦略・ビジネスモデル研究センター 研究員
※所属・肩書きは掲載当時のものです。
イノベーション人材育成のヒントというテーマで、映像や画像を用い、来場者の方に「気づき」を感じてもらえるような講演となりました。
この記事では、その一部を抜粋し紹介します。
■イノベーションに必要な3要素
- 多様性を受容し、活用する
専門家だけの集団では、正確な成果を出すが、専門性バイアスの中でしか答えが出ない。一方、多様性のある集団では、専門家から見るとダメなアイデアに触発されてイノベーティブな発想が生まれる。 - 人間中心に考える
多くのものつくりでは、プロダクト(製品)中心に考えてしまいがちであるが、ユーザー(人間)を中心に考えることが必要。 - できるという信念を持つ
どれほど良いアイデアでも「必ずできる」という信念がないとイノベーションは起こせない。
※出典:IDEO デザイン思考のマインドセットを参考に加筆・修正
(1)多様性を受容し、活用する
たとえば、「人魚」という言葉からどのようなイメージを浮かべるでしょうか。多くの人は、上半身が女性で下半身が魚の尾というイメージを浮かべると思います。しかし、ルネマグリットの「共同発明*」のように、上半身が魚で、下半身が人間というイメージで捉える方もいます。
ルネマグリットのように、異なるものの見方をできる人、独創的なものの見方をできる人材を受容し、活用することで、イノベーティブな発想を起こすことができます。
*ルネ・マグリット『共同発明(1934)』キャンバスに油彩、73.5 x 97.5 cm、ドイツ、デュッセルドルフ、ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館
(2)人間中心に考える
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科が2017年に行った「デザイン・プロジェクト」では、学生が一週間冷凍食品を毎日食べ続けることによって、「冷凍食品は調理が面倒」というインサイトを得られました。「お湯を入れて3分」というカップラーメンと比べて、冷凍食品を食べるまでには、パッケージの開封有無、蓋の開封有無、電子レンジのワット数や加熱時間の設定など、意外と多くの手間が存在することがわかります。
日本に普及して50年以上が経つ冷凍食品においても、まだまだ改善の余地が多くあることを鑑みると、人間中心に考える余地がある商品は世の中にたくさんあることがわかります。
(3)できるという信念を持つ
他人が1年間履いた中古のデニムを数万円で販売する「尾道デニム」や、定価以上の価格で中古本が売れるプラットフォーム「しるし書店」の事例のように、一見すると「できない」と思われるものも、できないと否定するのではなく、「どうすればできるようになるか」を考える必要があります。
■来場者からの質問
- イントラパーソナル・ダイバーシティ*を高めるために、企業から個人へどのようにアプローチをするのか。
- 外部研修への受講を促すなど、個人が多様な視点を持つ機会を、組織が主導して与えることが望ましい。外部研修の実施が難しい場合は、先に述べたルネマグリット等の現代アートや、ヨシタケシンスケの「りんごかもしれない」などの絵本を見ることでも、自分にはない新たな視点を与えてくれる。(古庄研究員より回答)
*組織内に多様な個人を抱えるというダイバーシティの考え方に対して、個人が自分の内部に幅広い多様性を持つという考え方。個人の中に多様性を持つことで、周囲の環境変化に柔軟に対応でき、新しい価値を生み出せる可能性が高いと言われている。
イノベーション創出に向けた人材マネジメント調査報告書

当日イベントにて配付しました、2018年度「イノベーション創出に向けた人材マネジメント1(現状と課題)」および、2019年度「イノベーション創出に向けた人材マネジメント2」を用意しております。
より充実した内容をお届けします。