トップアスリートも実践!「小さな問い」と報酬の定義 - 石川善樹先生に聞いた「ニューノーマルで変わる大人の学びとセルフマネジメント」後編

予防医学研究者・石川善樹氏インタビュー Web版 特集・生き抜く学びを考える 「ニューノーマルで変わる大人の学びとセルフマネジメント」後編

新型コロナウイルス感染症拡大をきっかけに、私たちは自らの学び方や働き方がどうあるべきか、新たな問いを突きつけられています。そこで予防医学研究者であり、行動科学や計算創造学など多彩な専門領域で活躍する石川善樹先生に、人が学びと向き合うための考え方について伺います。第2回は、さらに具体的に学びを継続する習慣作りのノウハウについてお話しいただきました。

Profile

石川 善樹 氏
(いしかわ・よしき)

予防医学研究者

1981年広島県生まれ。
東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。
「人がよりよく生きるとは何か(Well-being)」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。著書に『フルライフ 今日の仕事と10年先の目標と100年の人生をつなぐ時間戦略』(ニューズピックス)、『考え続ける力』(ちくま新書)などがある。

この記事は、通信研修総合ガイド2021特集ページ「生き抜く学びを考える」の一部です。
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習慣形成の一歩目は「小さな問い」にある

産能大
タカハシ

「学ぶくせ」をつけるための
セルフマネジメントのヒントを教えてください。

習慣を形成するには、「何らかのきっかけに対してある行動をした結果、報酬が得られる」という「きっかけ→行動→報酬」のループが必要です。
原理はシンプルですが、習慣をつくることは簡単ではありません。これは、脳に
「理性や意志を司る新しい脳(大脳新皮質)は大きな変化を好む
「感情を司る大脳辺縁系(真ん中の脳)は変化=恐怖と判断する
というジレンマがあるからです。

習慣を司る「大脳基底核(古い脳)」には大きな変化は恐怖とみなされて届かない
一方、新しい脳は小さな変化では満足しません。

石川先生

変化を好む一方、大きな変化には恐怖を感じるというのは、感覚的にも理解できる気がします。

このジレンマを解消するのは「小さな問い」です。例えば、テレビでは高校野球の試合を放送するにあたり、甲子園出場までのストーリーなどを紹介します。

これは、出場している高校のことをまったく知らない視聴者は試合に対して興味が持ちにくいため、選手のエピソードなどの知識を提供することで好奇心をかき立て、「小さな問い」を持てるようにしていると分析できます。

確かに、そのチームにどんな選手がいるのか、チームのそれまでのストーリーなどを知ると、
試合への興味がぐっと高まりますね。

あえてチームの背景を見せることで、
観客の「小さな問い」(好奇心)を掻き立てる効果がある。

「小さな問い」というきっかけ、対象への好奇心が、習慣形成の最初の一歩になるんです。
仕事や学びにおいて、どのように「小さな問い」を立てていけばよいのかを「きっかけ→行動→報酬」という習慣形成の原理から考えると、重要なのは報酬の定義です。

報酬の定義とはどのようなものですか?

例えば営業パーソンの場合、報酬は「営業成績」ということになりますが、これを明確かつ小さく設定することがポイントです。「社内で営業成績1位」という報酬の設定は少し大きすぎるでしょう。例えば「顧客の訪問件数を1日1件増やす」といった小さな報酬で十分です。

このような明確かつ小さな報酬を設定すると、「訪問件数を1件増やすにはどうすればよいか」
といった「小さな問い」が生まれやすく、「小さな問い」は行動に至りやすいのです。

確かに、「訪問件数を1件増やす」なら、「今日の訪問先の近所で1件多く訪問しよう」
といったように、具体的な行動に移しやすそうです。

そしてその行動が求める報酬につながれば、次の「小さな問い」が生まれます。この「きっかけ→行動→報酬→きっかけ」というループが回ることによって、継続と成長の習慣が生まれるのです。

「小さな報酬」はどのようなものでも構わないのでしょうか?

「小さな報酬」は定義が重要です。報酬には、金銭や昇進などの外的動機に結びついた報酬と、
それをやることの楽しみや意味などの内的動機に結びついた報酬があります。

私は以前、元プロ陸上選手の為末大氏とともに世界で活躍する日本人アスリートを対象としたインタビュー調査を行い、パフォーマンスを伸ばし続ける要因を研究しました。その結果から示唆されるのは「内的動機と外的動機を時期に応じて使い分けること」が重要である可能性が高いということです。

たとえば営業の仕事について考えると、最初にその仕事を選ぶきっかけは「人と接するのが好き」といった内的動機だとして、そこからパフォーマンスを向上させていくには「訪問件数を1件増やす」といった外的動機を「小さな問い」に変換して「小さな改善」を続け、次第に外的動機の基準を上げていくことが役立ちます。

それが「内的動機と外的動機の使い分け」ということなんですね。

内的動機と外的動機を使い分けることで、
自身のパフォーマンスをバランスよく伸ばし続けることができる。

さらにトップアスリートへのインタビューからは、このような「小さな改善」の積み重ねによる成長の限界を迎えたときには、他分野からの学びを取り入れることによって限界を突破しているケースが見られることがわかりました。

他分野を学ぶことは大局的に自分を振り返る契機となり、
自分が取り組んでいることについての本質の再発見につながります。

なるほど、内的動機に戻ることが限界を超えるきっかけになるわけですね。

習慣を形成してパフォーマンスを上げていくために大切なのは、がむしゃらな意思力ではありません。内的動機と外的動機を使い分けながら、自ら「小さな問い」を立てて行動し、それを「小さな報酬」に結びつけながら変化し続けることこそ重要なのです。

続けるための10カ条

学びを習慣化するためには、まず最初に「学び始めること」、そして「学び始めたことを継続すること」が必要です。「うまく学び始める方法」や「うまく継続する方法」について考えるため、石川善樹先生が提唱する「続けるための10カ条」を見てみましょう。

小さな問いを立てて行動し、
それを小さな報酬に結びつけましょう!

石川先生

1選択肢を減らす

人は「習慣の奴隷」と言われますが、何かを新しく始めようと思ったときは、ほかのことを減らす決断が必要になります。今すでにしている活動を減らすことなく、新たな習慣のための時間を確保しようとするのは難しいからです。

2きちんと寝る

何かを続けるために睡眠時間を削るのは避けるべきです。人の記憶は睡眠時に再統合されて定着することが知られています。寝ることを生活の中心に置けない人は、何ごとも習慣化しにくく、パフォーマンスも上がりにくいと言えます。

3飽きたらやめる

脳も体も、リカバリーの時間は必須です。疲労は「飽きる」「疲れる」「眠くなる」という順番に感じます。疲れたり眠くなったりしてから休息を取っても回復に時間がかかるので、飽きたらいったんやめてリカバリーしましょう。

4完璧主義にならない

「続ける」といっても、「どんな状況でも必ずやらねばならない」とストイックになる必要はありません。「飲み会が入ったら勉強しなくていい」といったように、ルールを見直すことも考えましょう。

5続かないのを意志のせいにしない

決めたことを続けられないと「自分の意思が弱いからだ」と思い込みがちですが、続けられないときは他の方法を試すべきです。むしろ「3日しか続かない方法」を10個用意し、1カ月かけて何が自分に合っているかを探すほうがいいでしょう。

6続ける理由を探す

多くの場合、続く理由は「楽しいから」。日々行っていることが楽しいかどうかを振り返り、楽しくないならどうすればいいか工夫していくことが重要です。

7うかつに始めない

新しい習慣をうかつに始める人は少なくありませんが、まず「どのようにして行うのか」をイメージトレーニングした方がいいでしょう。イメージと現実とのズレから生じるフィードバックが「小さな問い」を生みやすくします。

8目標行動は毎日変えてよい

人は毎日、調子が変わるもの。トップアスリートは、その日の体調に応じて「小さな報酬」を柔軟に設定し直します。「不調も好調もずっと続くことはない」ということを前提に、その日によって目標行動を変える柔軟さを持ちましょう。

9余白を持つ

脳にも、ウォームアップとクールダウンが必要です。たとえば「1時間勉強に集中しよう」と思うなら、2時間予定を空けておき、その中で1時間勉強できれば良いと考え、前後に余白を持たせるようにしましょう。

10ひとりで始めない

人は弱いので、たった1人で何かを長く続けるというのはとても難しいものです。最低2人の仲間を集めて3人以上で始めると、たとえ自分ともう1人仲間がやりたくなくても、最後の1人が支えてくれます。

出所:『継続とは「小さな問い」を立てること』(DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文)をもとに作成

(2020年7月15日 オンラインにて取材)

この記事は、通信研修総合ガイド2021特集ページ「生き抜く学びを考える」の一部です。
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