イベントリポート「最新事例から学ぶ!! ドイツの"生産性"はなぜ高い?!」


日本の多くの企業では、現在「働き方改革」と称したさまざまな生産性向上を目指す取り組みが行われています。しかし、最新の調査によれば、日本の時間当たりの労働生産性はOECD加盟36か国中20位(出典:労働生産性の国際比較2018(公益財団法人 日本生産性本部))であり、主要先進7か国で見れば最下位という状況です。
表層的な「働き方改革」で満足するのではなく、真の生産性向上を目指す組織に必要な視点とは何か、ドイツの企業と日本企業を行き来し、経営の中枢で生産性改革を推し進めてきたシモン・ガイス氏にお話を伺いました。

※本編は2019年2月7日に開催したSANNOフォーラム「最新事例から学ぶ!! ドイツの“生産性”はなぜ高い?!」にてご講演いただいた内容を編集したものです。

シモン・ガイス氏 プロフィール

ドイツ生まれ 41歳
ドイツのTUカイザースラウテルン大学、フランスのENSGSIナンシー大学院を卒業。ダイムラーベンツにて生産システム改革を断行。手腕を買われて、2013年来日、ドイツマルチバック社の日本法人の経営改革を担当。その後、現在の株式会社パブコのCFOとして経営に携わり、数々の経営改革に取り組んでいる。

ドイツ経済が強い5つの理由

まずは、ドイツ経済の強さの理由を5つあげます。

1つ目は「中小企業が非常に強い」という点です。以前に勤めていたマルチバック社は典型的なドイツの中小企業ですが、私が入社した2013年頃は売上高500〜600億円でした。それが2019年現在、売上は約2倍に成長しています。ドイツでは、日本と比較して成長を続けている中小企業が多いのです。
2つ目は「製品が強いこと」です。製品には、ブランドも含みます。強い製品だからこそ、高い価格を設定することができています。
3つ目は「輸出の占める割合が多いこと」です。これは日本とよく似ている点だと思います。日本は1970〜80年代にかけて大きく伸びましたが、ドイツの輸出高は2000年以後、飛躍的に伸びました。
4つ目は「イノベーション」です。これはindustry4.0に代表されますが、製造業などにIT技術を加えることで、効率性やスケーラビティを実現するような動きは、非常に活発です。
最後は「EUROの一員であること」です。これは日本と比べられる点ではありませんが、輸出については、EUROの恩恵を受けていると思います。

特に今回は、強いドイツ経済を支える企業のあり方、組織の考え方について、私の専門分野である「CFOの役割」と「リーダーシップの変革」という2点からご紹介させていただきます。

生産性を向上させるポイント(1) CFOの役割を広げる

CFOあるいは財務担当者と聞くと、日本では、「数字だけで見ている」「ビジネスを理解していない」「現場を軽視している」といった印象をお持ちの人が多いかもしれません。そのようなCFOが、ドイツにはいないとは言いきれませんが、会社が成長するためにCFOはもっと別の役割を担うべきだと考えています。

こちらの図をご覧ください。おそらく日本人が考えるCFOの役割としては、一番下(Service provider)、あるいはその上(Enabler)くらいまでなのではないでしょうか。組織のさまざまな数字の取りまとめ、あるいは事業部門を会計の観点からサポートする、といった役割です。
当然これらも大切ですが、私はCFOというものは、その上の3つ、事業部門に対してコンサルタントとして方向づけを行うこと、会社としての投資を考える戦略家であること、さらに会社全体のリーダーとしての役割さえも担うべきだと考えています。

具体的な業務として、KPI(業績評価指標)を例にご説明します。CFOが担当する業務として財務管理がありますが、それを単に財務諸表としてまとめるだけであれば、決算資料の役割でしかありません。しかし、それを社員が理解できるような表記にすることで、KPIとしての役割を担わせることができます。つまりそれは、経営を可視化し、社員を一定の方向に舵取りしていくリーダーの仕事です。
他にも、リスクマネジメントの面でも考えられます。
CFOであるがゆえに、会社の弱点、非効率な部分を発見できることは多々あります。そういった弱点に対して、例えばRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)に代表されるようなデジタル化を取り入れる、などの対処をすることができます。もっと踏み込んでいけば、採算の取れていない工場があれば、閉鎖の判断をするような場合もあるでしょう。さらに、昨今はビッグデータの活用が叫ばれていますが、もしできていないのであればその整備自体もCFOの役割とも言えます。

ドイツ企業においてCFOの役割が広くなっていったのは、会社の状態を数字で見ていくことが一般的になっていったからだと考えます。また、事業部門とは異なる第三者視点を持てることから、ガバナンスの強化、という意味でも重要な役割を担っています。ぜひ日本企業においてもCFOの役割について一考いただければと思います。

生産性を向上させるポイント(2) 8つのゲームチェンジャー

次に、ダイムラー社が進めている「リーダーシップの変革」についてご説明します。
現在、ダイムラー社では、industry4.0をはじめとしたメガトレンド、IT企業による自動車産業への新規参入、イノベーションの創出といった、大きな3つの課題認識の下、CFOと世界中から集められた社員144名とのインタラクティブなやり取りからなる「リーダーシップ2020」というプログラムが立ち上がりました。ここでは、「どのようなマネジメントをすればよいのか」「どのように社員を引っ張っていけばよいのか」といったことを議論してきました。その結果として次の「8つの原則」が生まれました。

<リーダーシップ 8つの原則>
  • PURPOSE(自らの仕事の目的を理解する)
  • AGILITY(スピード感を持つ)
  • EMPOWERMENT(自ら考え、行動できるような権限を与える)
  • DRIVEN TO WIN(KPIを設定する)
  • PIONEERING SPIRT(勇気を持つ)
  • LEARNING(継続的に学ぶ)
  • CO-CREATION(さまざまな人たちと共に、新たな価値を創り出す)
  • CUSTOMER ORIENTATION(顧客志向)

さらに、これらの原則を現場で実践するために、より具体的な「8つのゲームチェンジャー」を定めました。

<8つのゲームチェンジャー>

(1)FEEDBACK CULTURE

ある程度の役職以上になると、自分のことは自分で判断するようになり、フィードバックされる機会は少なくなります。しかし、自分自身と他者が持つイメージとは違うもので、たとえ部下から上司という方向であっても、率直なフィードバックをし合えるような文化を醸成しよう、というものです。
また、「社員サーベイ」などによって、社員が今どのようなことを考えているのかを理解する仕組みも大切です。もし、良くない結果が出た場合は、会社は直ちに対処して、勇気を出して進言した社員の期待に添わなければいけません。

(2)PERFORMANCE MANAGEMENT

マネジャーに対する評価基準は、その人自身が良い仕事をしたかどうかではなく、いかにチームが成果を上げたか、メンバーが成長できたかで評価せよ、というものです。
これを実現するベースには「適正な評価」が必要です。もし、評価者と被評価者の“仲の良さ”によって高い評価がもらえていたとするならば、本当に貢献している人のモチベーションを下げる要因になり得ますので、最も避けるべきものです。そのため、成果を数値化するようなシステムが必要です。

(3)LEADERSHIP ROLE & DEVELOPMENT

立場が上がれば上がるほど、部下に対しては「チャレンジしなさい」と言いますが、上司本人がチャレンジしなくなることがあります。会社の経営層、特にトップは、他の全社員のロールモデルでもありますから、自らが率先してチャレンジをしていかなければいけません。

(4)BEST FIT

「適材適所」です。この原則がなければ、年齢も若く、財務の知識も少ない私が、今ここにいなかったかもしれません。人員配置も評価と同様で、“仲が良い”だけで出世させる、ということがあってはいけません。そのポジションには、どのような経験を持ち、どういった考えや知識のある人が適切なのか、客観的に考え、判断する必要があります。

(5)DIGITAL TRANSFORMATION

自動車業界には、前述した通り、特にIT企業からの参入が多くなっています。そのため、ITを本業としている会社と競合できるレベルまで、自社のIT力を引き上げる必要があります。質の良いシステムを作るためのデータ収集や、IT知識を身につけさせる社員教育などに取り組む必要があるのです。

(6)SWARM ORGANIZATION

「SWARM」とは魚の群のことです。魚の群のように、誰かに指示されるのではなく、一人ひとりが自主性を持ち、機敏性を持ったチームで活動しようというものです。このような非公式なチームを機能させるためには、会社としてマネジャーたちに理解をうながし、インフラ面でのサポートをすることが大切です。

(7)DECISION MAKING

ダイムラー社はいわゆる大企業です。そのため、給与水準が高く、安定しています。このような組織には、日本の大企業にも見られるように、目立たないように仕事をする、つまりミスしないことを優先する人がたくさんいます。
しかし、現在は完璧なソリューションを提供するよりも、多少の不具合があっても、まずサービスを提供することが求められる局面が多くなっています。失敗を恐れず、スピード感を持ち、意思決定をしていく必要があります。

(8)INCUBATOR

ダイムラー社は19世紀最大のイノベーターのうちの1社だと思います。現在もイノベーティブな会社であるとは思いますが、先ほどの通り、守りに入っている人もいて、対応の遅さが随所に見られるようになりました。
そのため、世界ナンバーワンの自動車会社を目指す、という枠組みを社員に与えながらも、もっと積極的に仕事に取り組んでいけるような環境を用意し、社員のクリエイティビティの発揮をサポートすることが大切です。社員は私たちが思っているよりも、商品や顧客、プロセスについて、創意工夫する力を有しているのですから。

ダイムラー社では、以上のような8つのゲームチェンジャーを推進しています。

日本企業の皆さんからすれば、これらを導入することは難しいと考えるかもしれません。例えばフィードバックについては、年功序列制度が確立されているから、部下が上司のフィードバックはできない、と考えるかもしれません。しかしそれによって、トップや管理職が昔の成功体験に頼るような組織になっていないでしょうか。もしそうであれば、トップや管理職は現場認識の甘さを引き起こし、結果として売上の低下を招いてしまうでしょう。
また、デジタル化で言えば、とても進んだ会社がある一方、とても遅れている組織もあるのではないでしょうか。

まとめ

CFOの役割を広げることの大切さ、ダイムラー社の事例として8つのゲームチェンジャーについて、私の経験をもとに日本企業の現状を考えながらご紹介をしてきましたが、いかがでしたでしょうか。
「働き方を変えていかなければいけない」という必要に迫られていた現状と、「変わりつつある経営・社会環境に適用していかなければいけない」状況があって、これからどのような取り組みをすべきか思案している方も多いのではないかと思います。

しかし、そういった中においても、日本の企業として、あるいは自社としてのルーツを忘れないでほしいと思います。当然ながら日本企業にもたくさんの良い点がありますし、変化に対応していくために何を実施するにしても、日本の文化、自社の文化にフィットしたものでなければ定着することは難しいからです。
その中で、今回お話した内容の中で、参考になるものがあったならば、とても幸いに思います。

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