【"攻め"のダイバーシティを推進する:interview3】若者の雇⽤を守り、チャンスを与 えること。それが会社と私のミッション。

はじめに

2013年4⽉から、「Gap」「Banana Republic」「Old Navy」という3つのブランドに部門を分け、それぞれが異なる顧客ゾーンにおけるグローバル戦略を進めることで、マーケットシェアの拡⼤を目指しているギャップジャパン株式会社。

⼈事においては、ブランドごとの戦略に沿った⼈事施策をブランド内の⼈事部が担い、給与計算、社会保険などの業務を「シェアード」※の⼈事部が担当するという体制を採⽤している。⼈事施策とバックオフィス業務と、ビジネスに注⼒すべき部門を分けることで、より専門性の⾼い⼈事業務の遂⾏を可能としている。
3ブランドの中でも⼀番多い、6,000⼈の従業員が所属するGap部門の⼈事部の責任者である志⽔静⾹⽒に、同社が採⽤する特徴的な「エンゲージメント」を⾼める⼈材戦略と、従業員の8割を占める非正規社員への⼈材育成について、お話を伺った。

※シェアード:各部門内にある⼈事、財務、法務などの間接部門の業務を1つの組織に集約することで、業務の専門化を実現し、効率化とコスト削減を図る部門

企業プロフィール

ギャップジャパン株式会社

◆本社所在地:東京都渋⾕区千駄ヶ⾕5-32-10
◆ブランド:Gap、Banana Republic、Old Navy
◆店舗数:Gap 144店舗 Banana Republic 38店舗 Old Navy 1店舗(2013/1⽉時点)
◆従業員数:6,845⼈

Wear your passion 企業⽂化が好き、会社が好き

― 御社の企業理念についてお聞かせいただけますでしょうか。

「ウエア ユア パッション(Wear your passion)」これが、弊社の企業理念です。この理念は、お客様第⼀主義のもと、クリエイティビティを追求し、「正しいこと」を⾏うことで、結果を出すというシンプルな発想にあります。

どんなことをしてでも利益を出そうということではなく、創始者フィッシャー夫妻の「誰もが⾃分に似合う、質の良い商品を⼿に⼊れることができるようにしたい」という想いを従業員が⼀丸となって達成するために、何が「正しいこと」なのか、ということを⽇々⾃分⾃⾝に問いかけながら、従業員は毎⽇仕事に取り組んでいます。

フィッシャー夫妻が創業した想いとこの理念に従業員が強く共感し、この会社で働くことを選んでいると⾔ったほうがよいかと思います。弊社の従業員はとにかくブランドが⼤好きで会社を誇りに思っています。「カルチャー」「⼀緒に働く仲間」など全部を含めて。もちろん私もその⼀⼈です。

― この強い想いに基づいた⼈材戦略は、具体的にはどのようなものでしょうか?

組織で働いている正規社員、非正規社員に関わらず、⼤好きなブランドと会社、個々⼈が属する組織目標のために⾃分の仕事を通じて貢献していきたいという強い気持ち、「エンゲージメント」※を向上させることで、組織として⾼い業績を達成していると考えています。そのために、弊社の⼈材戦略は3つのシンプルなサイクルから構成されます。

初めに【Attract】:⾃分もその中に加わりたいと思ってもらえるような優秀な⼈をひきつけられる会社をつくり、そして【Develop】:優秀な⼈材を育成し、【Reward】:正しく評価するとともに、それに伴う報酬を提供する。ただ洋服を売るだけじゃない、ビジネスを⾏っているコミュニティーにさまざまな価値を還元していこうという創業者の気持ちを社内に浸透させるための⽂化、そしてそれを実現する基盤となるのがこの⼈材戦略になります。

⼈事施策はこの戦略に沿っています。すなわち、ウエア ユアパッションを重視する⽂化とエンゲージメント向上を目的とする⼈材戦略に基づいた⼈事施策があるからこそ、従業員のエンゲージメントが⾼まるのではないかと考えています。

※エンゲージメント:ギャップジャパンでは、「従業員⼀⼈ひとりが組織の目標に⾃ら貢献したいと想う強い気持ちであり、この気持ちが⾼まると個々の成果が向上して、組織として⾼い業績を達成できる」と定義しています。

「⽶国型の⼈事マネジメント」と「⽇本型の⼈事マネジメント」のハイブリッド。 私たちは真ん中なのかなと

― それでは、⼈材戦略の全体像をお聞かせください。御社の⼈事制度は、いわゆる「⽶国型」⼈ 事マネジメント・システムを基本としているのでしょうか?

完全に⽶国企業の⼈材マネジメント⼿法のみだと思われがちなのですが、弊社は⽶国型と⽇本型のそれぞれの良いところを抽出し、ミックスさせたハイブリッド型を採⽤しているといえます。

本社は、やはり外資系出⾝の中途採⽤も多いため、職務制度に基づいた即戦⼒になる専門的⼈材を外部労働市場から採⽤・活⽤する、いわゆる⽶国型の⼈事マネジメントを⾏っています。

⼀⽅、店舗においては、基本的には内部登⽤・昇進を促進し、OJTを中⼼とする、企業内でおける能⼒開発を重視する⽇本型の⼈事マネジメントを⾏っています。

実は、⽇本型のピラミッド式の組織づくりは、社⻑を頂点としたヒエラルキーの形成、組織内での昇進・異動などを通じて、組織の⼀体感や協調性を⽣み出し、そこから会社へのロイヤリティーを⽣み出し、⾼めるという点でかなり優れています。そのため、店舗部門の⼈事マネジメントに関しては、⽇本型のマネジメントが有効であると考えています。

― では、御社における「⽶国型⼈事マネジメント」の特徴をお教えいただけますでしょうか?

基本は、冒頭にお話しした Attract(採⽤と定着)、Develop(⼈材育成)、Reward(業績評価と報酬)の3つの機能からなります。

特に、目標を設定し、上司と部下が⽇ごろからパートナーシップをもって目標達成に向けての取り組み、つまり、「成果を評価し、業績、報酬をリンクさせる」という部分に特に注⼒しています。

その前提として、⼀⼈⼀⼈の従業員は「成⻑したいという強い気持ちを持っている」「効果的な関係を構築できる」「社内外で密なコミュニケーションを取ることができる」など、会社の⽂化や理念に共感し、⾃⾝の成功ととおして⾃分のチームを成功させたいという強い気持ちを持っています。

もし、個⼈のパフォーマンスが低下している場合は組織からの退出(退職)、あるいは降格も⾏います。これは、非正規社員でも変わりません。その⼀⽅で、「ハイポテンシャル(将来のリーダーとして⾼い潜在能⼒を持った⼈材)」に関しては、投資を惜しみません。本⼈にも「あなたは『会社にとって重要な⼈材』ですよ。将来的にはビジネスを牽引するリーダーの候補⽣であること」を伝えて います。

こういった施策を紹介したときに、「ハイポテンシャル」として選ばれなかった⼈たちのモチベーション低下に関してどんなことを実施しているかと他社の⽅から聞かれることがあります。われわれは特別なケアは⾏っていません。それによってポテンシャルが下がる⼈は、「ハイポテンシャル」にはなれないと考えています。つまり、他⼈が選ばれたことをどう⾒るかということより、もっと崇⾼なところで⾃分⾃⾝を⾼められる⼈こそが、真の「ハイポテンシャル」と呼べる⼈材だと思っているからです。万が⼀そのことでモチベーションが下がるならば、極端にいえば、下がってもよいと考えています。

この要素で考えると、弊社では、⾃分より年齢が若かったり、経験の浅い⼈が上司になることもかなりあります。店舗で以前アルバイトだった⼈が、今は当時の店⻑の上司になっているケースもあります。もちろん、ハイポテンシャル⼈材への選抜は、永久的なものではありません。常に変化していくからこそ、そのタレント・プールに⼊りたい⼈は⾃助努⼒が必要なのです。ただし、降格しても、タレント・プールからはずれても、もう⼀度昇進してより⼤きなポジションで成功し、活躍している⼈材もたくさんいます。意欲のある⼈材にはチャンスは何度も訪れる。この会社にはその⼟壌があるからこそ、みんなが常に上を目指していけるのだと思います。

― この⽶国型⽅式にどんな⽇本型要素を組み合わせているのでしょうか?

「個⼈の能⼒開発とキャリアゴール達成を会社が⽀援する」という点でしょうか。

例えば、初めて部下をもつとき、仕事の捉え⽅や必要能⼒を変えなければなりませんが、それに適応できず、失敗するケースがあります。もちろん、プレゼンテーションや英語などという専門的・技術的スキルも重要なのですが、この職務に就くためにどのような能⼒を磨く必要があるのか、というコンピテンシー(能⼒)をあらかじめ従業員に明らかにしていくことは、スムーズな職務遂⾏に必須で す。

そこで、上司との⾯談の中で、改めて⾃分の強みと弱みを理解し、それに対してアクションプランを⽴てていく「リーダーシップパイプライン」を採⽤しています。具体的にはそれぞれの役割に応じて冊⼦を配り、求められている成果、そして必要なコンピテンシーなどを理解するということです。

― それは⼈事評価や報酬にも連動しているのでしょうか。

いえ、基本的には報酬には影響しません。昇進などに伴う昇給など多少の影響はあるかもしれませんが、あくまでも中⻑期的な能⼒開発の⾯が強いといえ ます。例えば、非正規社員には、最初の段階になりますが、「⾃⾝をリードする」というパッセージを選択し、プレゼンテーションができるようになる、上司や 同僚など周りの⼈ときちんとコミュニケーションができる、⽂章でメッセージを効果的に伝えるようになるなど、このパッセージにおいて必要とされる能⼒と発 揮しなくてはならない成果をしっかり理解してもらいます。

商品開発やマーケティングなど顧客と密にかかわる部門・職種なら、市場の知識を習得する、洞察⼒を⾼めるなどを意識してチャレンジしてもらえるよ う能⼒開発のプランニングを⾏います。また、このような取り組みは、正規社員も非正規社員も関係なく、全従業員が対象となっていることが弊社の特徴です。

学歴、性別、年齢は関係ない。チャンスは平等。
ただし、それをつかみ取るかどうかは⾃分次第

― 非正規社員を積極的に活⽤することで、成果が上がっていると伺っています。戦略的な活⽤に ついて教えてください。

非正規社員の⼈材戦略として特別な施策を⽤意しているわけではありません。あくまでも、正規社員と変わらず、【Attract・Develop・ Reward】という3つのサイクルの中に当てはめています。ただし、非正規社員の場合、【Develop・Reward】の部分において、正規社員への 登⽤というステップを踏むことが可能になります。

そのために私たちは、彼らの中にある「正規社員になりたい」「店⻑に昇進したい」「将来、この会社で活躍したい」という声を、確実にキャッチするために、さまざまな仕組みを講じています。

― 具体的にはどのような仕組みでしょうか?

1つ目は「サクセスファクター」という目標管理・報酬システムです。誰がどこに所属し、どのようなキャリアプランを描いているか、また個⼈のスキル や職歴などの情報を包括的に管理するグローバル・システムなのですが、正規社員のサクセッションプラン(後継者計画)において活⽤したところ、かなり有効 であることがわかりました。

現在、非正規社員については、短期的・中⻑期的なキャリアについて書⾯に書いてもらって現場で上司とともに能⼒開発を進めています。非正規社員の なかで誰がどのような目標を持ち、どのようなスキルや経験があるのかを⼈事が精緻に把握できれば、さらに効果的な施策につなげることができると思っていま す。非正規社員についても、来年4⽉からのシステム化を現在検討しています。

― 目標を持ってキャリア形成を目指すのであれば、チャンスはいくらでもあるということです ね?

もちろんです。私は従業員に対して、キャリア目標の実現における責任は51%対49%だという話をよくします。「会社は49%みなさんのキャリアの実現を⽀援していくけれど、それに向かって努⼒して実現する責任は皆さんにある。2%分、⾼いんですよ」という意味です。

つまりは、⾃助努⼒にかかっているということ。学べる環境を整備するし、情報も提供するし、キャリアを実現できる機会の提供などの⽀援は⾏います。でもそのチャンスを取るか取らないか、⾃分の時間やお⾦を使って努⼒するかどうかは⾃分次第よ、ということですね。

2つ目が、そのチャンスをつかむ機会づくりです。年に2回、各店舗の店⻑が非正規社員を推薦する「キャリアデー」という⽇を設けています。全国から推薦された非正規社員を2⽇間かけて、グループディスカッション、テスト、⾯接と、全国各店舗の正規社員が丁寧に審査します。

結果は合否というかたちではありません。あくまでもキャリア開発という位置づけにしているので、その1週間以内に⾯接官と本⼈、そして推薦した店⻑を交えてフィードバックをしています。

その結果を踏まえ、⼈事としては「即正社員採⽤可能」・「6か⽉以内」・「1年以上」、という3つのフェーズに分け、能⼒開発計画を⽴てて実践を促します。ここで不合格という判断は⾏いません。
もちろん、会社としても、会社の成⻑に合わせて必然的に空席(空きポジション)ができるため、そのときのための優秀な候補者のプールを持つというねらいもあります。

― 現場での評価が、正規社員登⽤の可能性、チャンスをつかむことにつながるのですね。

そうです。過去には、せっかく⼊社したのにすぐに辞めてしまうという時代も実はありました。さまざまな施策を取り⼊れ、⾒直しした結果、現在では非正規社員でも40%以下、正規社員で10%程度と退職率も圧倒的に下がってきています。

実は「若者の雇⽤」は、会社のミッションでもあり、私⾃⾝のライフワークでもあります。弊社で働く若者たちが、将来を夢⾒て働くことを楽しみ、いろんなことを学びつつ、キャリア(職業⼈⽣)を通じて⾃⼰実現ができれば、それは非常に嬉しく思います。

残念ながら、いまの⽇本社会では非正規社員というだけで、学歴や給与などの暗いイメージがつきまとうことは否めません。今、この時代を⽣きる若者 たちは、みんなが内定をもらえたバブル時代とは取り巻く環境が異なります。この社会的環境において、たまたまこの時代に⽣まれてきたという事実が、若者た ちからチャンスを奪っているということであれば、それは社会を変えていく必要があると思っています。

私⾃⾝、非正規社員を3年ほど経験し、いろんな⼈との出会いによって今の⾃分があります。意欲のある⼈にきちんとチャンスを与えてチャレンジがで きるということを、そしてもしチャレンジに失敗しても、いつでもやり直しがが可能であることを教え、誰もが夢を持てる社会をつくっていくべきだと思ってい ます。非正規社員の戦略的な活⽤がエンゲージメントを⾼めビジネスに、という弊社の事例を提⽰することで、より多くの⽇本企業が非正規社員の雇⽤や活⽤に ついて、改めて⾒つめ直す機会を提供できればと思っています。

では、会社を動かす私たちが非正規社員に対してすべきことは何か。それは、働くことやキャリア目標を持つことの重要性、学び続けることによって専 門性を⾼めることがいかに⼤切であるか、それをしっかり教えていくことと、非正規社員のみなさんがキャリアを展開できるような環境整備を図っていくことが 必要だと考えています。このような想いから、私⾃⾝も教育するための「学び」の重要性について以前よりも深く考えるようになりました。

常に学び続けることによって
⾃⾝の成⻑や社会環境の変化を楽しむことができる

社会環境はめまぐるしく変わり、⼀⼈勝ちしていた外資系のアパレル企業が今ではたくさんの競合と共に戦っているというのが現状です。今後、ますます ビジネスのグローバル化は加速し、中国をはじめとする新興国へ進出しなければならないなど、ビジネスは新しい局⾯を迎えています。企業をとりまく経営環境 の激変に伴い、求められる⼈材像も変わりつつあります。常に変⾰の意識が⾼く、新しい変化を起こせる⼈材。そのような⼈材が弊社をはじめ多くの企業によっ て求められています。

そのような⼈材になるためには、⾃分の武器を持っていなければいけないと思っています。すなわち、変化が激しい時代であるからこそ、その変化に対応するために常に学び続け、⾃分のスキルや専門性を⾼め続ける必要があるということです。

私も昨年まで働きながら社会⼈⼤学院に通い学んでいましたが、それを上司や部門内外の社員に共有し、学んだことを会社へ還元する重要性についてよく話していました。⼤学院や⼤学に⾏くことは、物理的にも費⽤的にもまだまだ少しハードルが⾼い⾯もあると思います。

必ずしも学校だけではなく、⾃分の時間を使って⾃分で勉強する通信研修、読書など、⾃分の置かれた環境やニーズに合った学び⽅を選べば学ぶ機会はたくさんあるのではないでしょうか。特に非正規社員の⽅々には、費⽤の⾯でも通信研修ははじめやすいのではないでしょうか。

最近は、弊社でも⾃主的に⼤学院や⼤学通信教育課程に通い始めたり、通信研修など⾃⼰啓発に励んだりする⼈が確実に増えています。学ぶ風⼟が組織内徐々に浸透してきたことを、⼈事部を率いるリーダーとして⼤変嬉しく思っています。

「学びの組織共同体」をつくるということ、これが弊社の次なるステップです。意欲のある多様な⼈材たちを引きつけて、能⼒開発を通してキャリアを実現できる環境を提供し、ともに夢を⾒ることのできる企業、そして社会に影響を与えることが私たちの使命だと考えています。