【"攻め"のダイバーシティを推進する:interview1】ダイバーシティマネジメントは 仕組みと働き⽅の改⾰である

はじめに

⽣産年齢⼈⼝の減少、グローバル化などに伴う経営環境や市場の変化によって、今注目を浴びている「ダイバーシティマネジメント」。
その本質は何か、ダイバーシティマネジメントを推進することがどのように競争⼒の強化につながるのかについて、専門に研究を進めていらっしゃる、中央⼤学⼤学院 戦略経営研究科 教授の佐藤博樹先⽣にお話を伺いました。
中央⼤学⼤学院
戦略経営研究科
教授 佐藤博樹先⽣

佐藤博樹先⽣ プロフィール

1981年、⼀橋⼤学⼤学院社会学研究科博⼠課程単位取得退学。雇⽤職業総合研究所(現在の独⽴⾏政法⼈ 労働政策研究・研修機構)研究員、法政⼤学教授、東京⼤学社会科学研究所教授を
経て現職。専門は⼈事管理論。
主な共著・編著に『職場のワーク・ライフ・バランス(共著、⽇経⽂庫、⽇本経済新聞出版社)、『ワーク・ライフ・バランス⽀援の課題︓⼈材多様化時代における企業の対応』(共編著、東京⼤学出版会)がある。

多様な⼈材を採⽤した先にある、ダイバーシティマネジメントの真価

― ダイバーシティマネジメントとは、どのようなことなのでしょうか。

ダイバーシティマネジメントとは、多様な属性や多様な価値観をもった⼈材が活躍できる組織や職場風⼟を構築することです。

そもそも⼈材活⽤の基本は、(1)その企業(組織)が企業目的を果たすために必要な労働サービスを把握する、(2)(1)の労働サービスを提供するために必要な職業能⼒を明確にする、(3)求める職業能⼒を持つ⼈材を確保、もしくは育成して仕事に配属する、(4)配属した⼈材に意欲を持って仕事に取り組んでもらえるようにする、この4つです。

グローバル化と⼈⼝減少で企業の競争環境と労働市場が⼤きく変化した今、その実現のためには、ダイバーシティマネジメントが必然的に必要となるのです。

実は、企業が雇⽤している社員の構成を⾒ると、性別や年齢、国籍などに加えて、育児等で時間制約があり短時間勤務を選択している⼈々など、多様性がすでに広がってきています。
問題は、企業の現状の⼈材活⽤の仕組みには、「⽇本⼈で男性で、さらにはフルタイムで勤務、いつでも必要な時に残業や転勤ができる」といった単⼀の⼈材像を想定したものが⾊濃く残っているのです。

その結果どういうことが起こるかというと、その条件に合う⼈材しか受け⼊れることができない、活躍できない職場となっているのです。例えば、100⼈の中から⽇本⼈の男性だけだと約60⼈。その中でも、介護をしていたり、それで転勤できなかったり、夫婦フルタイムで働いていて男性も⼦育てに関わりたい⼈を除くと、残るのは約40⼈。20年前までならば、この前提にかなう⼈材が100⼈中90⼈程度はいました。今は40⼈ほどです。
そうすると、100⼈中100⼈が活躍できるようにするには、⼈材活⽤の仕組みを変えなければなりません。これがダイバーシティマネジメントに求められていることなのです。

もう⼀つ⼤事なことがあります。ダイバーシティマネジメントというと⼈材の確保の話だけになりがちですが、100⼈それぞれに意欲的に働いてもらいたいと考えた場合も、必然的に⼈材活⽤の仕組みを変えることが必要になります。
例えば、非常に優秀で課⻑⼀歩⼿前の主任クラスの⼥性が⼦育てに⼊り、短時間勤務になったとします。プロジェクトリーダーとして⼗分な能⼒があっても、いつも6時間勤務で退社できるような仕事、補助的な業務だけが与えられ、そのためその⼈が持っている能⼒を⽣かせず、その結果として意欲的に仕事に取り組めなくなるという状況が起こります。こうした多様な⼈材が活躍できるように「フルタイムで勤務し、いつでも必要な時に残業や転勤できる」という⼈材活⽤の前提を変えることです。ダイバーシティマネジメントの中にワーク・ライフ・バランス⽀援が含まれてくるのは、この点にあります。

特に⼤事なのは、多様な価値観やライフスタイルを持つ⼈材が活躍できることです。すなわち、時間制約のある社員、いつでもフルタイム働けて残業できる⼈だけではない⼈材も、男⼥の区別なく活躍できる働き⽅に変えていくことが、非常に⼤事になってきていると思います。

⼥性管理職を増やすには、ワーク・ライフ・バランス⽀援と均等施策の両輪が必要

今はさまざまな職場で⼥性が働いています。ただし、職場の中の仕事を詳細にみると男⼥で職域が分離されていることが往々にしてあります。
例えば、営業部門に⼥性がいます、と⾔っても、⼥性は営業事務で後⽅⽀援、男性は第⼀線の営業活動、といったケースがあります。まずこうした男⼥の職域分離を変えていくことが⼤事になります。そうすれば、結果として⼥性管理職も増えていくでしょう。

管理職のポストに就くために必要な職業能⼒を獲得するためには、企業に⼊って平均的に15年ほどの継続的な勤務経験を要します。そうすると、⼥性管理職の増加を促し、⼥性の活躍を推進するためには、2つの条件が必要です。
1つは、会社で⻑く働き続けられる仕組み、結婚・出産というライフイベントを経ても辞めずに仕事を継続できる仕組みがあることです。これは、先に述べたワーク・ライフ・バランス⽀援です。
もう1つは、管理職のポストに就く職業能⼒を獲得できるあるいは、獲得に貢献する仕事を経験する機会が提供されていること、つまり均等施策です。これはOff-JTのみでは⾝につかないものです。

ここで難しいのは、ワーク・ライフ・バランス⽀援が、そのあり⽅によっては均等施策を阻害し得る点です。早くフルタイムの仕事に復帰したいと希望しても、⼀度フルタイムに復帰してしまうといつでも残業できるような働き⽅を期待されてしまうということで、育児休暇や短時間勤務の利⽤期間を延ばすことになります。
するとそれだけ仕事を経験する機会が減りますから、能⼒開発機会の均等という⾯ではマイナスになります。

かなめは働き⽅改⾰と管理職のマネジメント改⾰

ワーク・ライフ・バランス⽀援、具体的には両⽴⽀援制度はもちろん必要ですが、働き⽅改⾰がより重要です。仕事が両⽴⽀援制度を利⽤することによってしか継続できないならば、そもそもの普通の働き⽅に⼤いに改善の余地があります。育児休業は必要だけれど、できるだけ早くフルタイムの仕事に戻り、過度な残業がなく、仕事と⼦育てが両⽴できる、そのほか時間制約が⽣じるさまざまなライフイベントがあっても⻑く働き続けられる仕組みが⽤意されていることが⼤事なのです。

⼀⽅、均等施策については、今は⼊り⼝では⼥性を採らない会社はなく、男⼥別なく会社が必要とする⼈材を採る企業が増えています。しかし問題は採⽤した後にあります。

会社や職場によって違いが⼤きいですが、初期キャリアを経てある程度⼀⼈前になり配属された後で、男性と⼥性で管理職の育成期待が異なってくることがあります。管理職の部下への育成期待が異なれば、部下に与える仕事の中⾝が変わります。
配属された職場で仕事を経験しながらさまざまな職業能⼒を獲得していくOJTが⼤事なのですが、男⼥別なくそうした能⼒を⾼める仕事が与えられているかどうかは、配属された職場の管理職のマネジメントに依存するためです。

例えば、課⻑研修などで、部下がいる⽅に、部下全員の苗字だけを書いてもらい、それぞれの部下への育成期待を具体的に書いてもらうと、90%の確率でその部下が男性か⼥性かが分かります。⼥性の部下への育成期待は、男性より短期なのです。
営業であれば、企画提案型の営業や価格交渉するなどの難しい仕事は男性の⽅に振りがちで、⼥性にはそういう難しい仕事は無理ではないか、と想定する傾向があるようです。
ですが、その場合でも、管理職⾃⾝も育成期待の違いを⾃覚していないことが多いのです。

― 働き⽅改⾰の⾏⽅は、管理職のマネジメント改⾰にかかっているのですね。

会社が取り組める部分を進めるだけ進めた後の課題が、管理職のマネジメントの変⾰です。 職場での働き⽅を変えたり、男⼥別なく部下に期待をかけ育成したりできること、また部下への仕事の与え⽅も、短時間勤務でも部下の能⼒や意志に応じて補助的な仕事ばかりでなく適切に配分し、時間制限がないメンバーがカバーすることを前提にせず考える、といったことなどです。これが最も難しいところでしょう。 多様性を推進しようとするとき、管理職が多様な⼈材をマネジメントできるような働き⽅にしていくことがカギですが、そのために企業の⼈事管理として取り組めることがあります。それは、管理職のどのようなマネジメントを評価するかということです。
例えば、男⼥別なく部下に期待し育成できているか、残業を削減して所定労働時間内で仕事ができるような働き⽅に変えているか、部下が急に親の病気や介護で 1週間抜けても互いにカバーできるような情報共有を進めているか、有給休暇を取得しやすくしているか、などを評価するわけです。
もちろん、売り上げなどの業績などに関する評価要素があっていいのです。
それと同時に、部下マネジメントの内容を評価することが⼤事なのです。

― プレイングマネジャー化が進む中、管理職はさらに忙しくなるということでしょうか?

管理職のあり⽅をそもそも変えなくてはなりません。管理職の本来の仕事として、(1)部下に仕事を指⽰する(仕事の意味を理解してもらった上で)、(2)部下を育成する、(3)部下が意欲的に仕事に取り組めるようにする、(4)指⽰した後にモニタリングする(必要に応じて仕事の優先順位、かける時間といった仕上がりの質を直す)があります。こうした本来の部下マネジメントに時間を割けるようにしなくてはなりません。

そのためには、⾃分の仕事をたな卸します。すると、⽉単位、週単位、⽇単位、全ての仕事の中で、⼤事だけれど部下に任せていい仕事が、全体の2、3割は出てきます。もちろん要らない仕事はカットです。その2、3割を、部下の育成計画とセットして、部下に割り振るわけです。
これは、管理職⾃⾝のプレイングマネジャー度を下げてマネジメントに注⼒できるのと同時に、部下の育成になります。ある程度時間をかける必要はありますが、かける価値のあるたな卸しです。

ダイバーシティマネジメントと対になる組織の共通理念、価値

― ダイバーシティマネジメントを推進すると、皆がバラバラの⽅向を向き、組織としてまとま らなくなるのでは、と⼼配する⽅もいらっしゃいます。

実は、ダイバーシティマネジメントを推進するときには、企業の経営理念とか共通価値といったものが非常に⼤事になります。社員個々⼈が多様な価値観を持っていていい。ただ同時に、企業の経営理念や共通価値へのコミットメントが不可⽋なのです。

ダイバーシティマネジメントがうまくいっている企業、あるいは推進している企業では、企業の共通理念、共通価値などが明確ですし、それをメンバーに徹底的に浸透させています。
⼀例を挙げると、ある新規事業開発のプロジェクトがあり、話し合った末にA案、B案、C案と出てきたとします。
そのとき、「わが社の経営理念から考えたら、ここはB案だね」と、⾃社の理念と照らし合わせて誰もが説明でき、互いに納得できるイメージです。
ダイバーシティ経営に取り組んでいる企業や多国籍企業などでは、ケースを⽤いるなどして徹底的に研修を⾏っています。そうした積み重ねが⼤事なのです。

個⼈と組織にとってのダイバーシティマネジメントの意義

メンバーには、今の働き⽅のままで困らない社員も⼤勢います。仕事以外でやらなければならないこと、あるいはやりたいことがある社員ばかりではありません。そうした社員にも、本当は⾃分にもダイバーシティマネジメントが重要な意味を持つことに気づいてもらうことが必要です。

重要な意味を持つ理由、差し迫っている理由の⼀つは介護です。親は男⼥ともそれぞれにいて、⾃分⾃⾝が関わらずにはいられません。親に介護が必要になったとき、今までと同じ仕事のやり⽅ができるかというと、難しいでしょう。

もう⼀つは、⾃⼰投資する時間を誰もが持つ必要があるという点です。なぜなら、これから仕事が急激に、また非連続的に変化する時代だからです。
仕事に求められる職業能⼒の質が⼤きく変わるような事態が、さまざまな分野で起きています。
それに対応するにあたり、OJTで⾝につけた経験則による職業能⼒だけでは応⽤⼒に限界があります。
OJTが⼤事なことに変わりはありませんが、これからはOJTに加えて、Off-JTが⼤事になってきます。OJTで⾝につけた職業能⼒を、Off-JTで理論的に整理し、⼀般化することが⼤事になるのです。
それも、できれば⾼いレベルで、どんな環境になっても応⽤が利く原理原則を⾝につけることです。そのためには⾼い学習能⼒の持続が不可⽋です。ですから、社員の学ぶことへの姿勢や取り組みをプラスに評価することと、社員が⾃⼰投資に時間を割くことができる働き⽅への改⾰がとても⼤事です。

時代と環境の変化についていける職業能⼒を⾝につけてもらうことは、個⼈にとってだけでなく、会社にとっても必要なことです。でも、何を学べば間違いがないのか、会社にも分かりません。
そこで、個々⼈に⾃分⾃⾝で考えて学んでもらえる環境を整えることです。すると、組織全体として、将来どのような変化が起きても対応しうる柔軟性と⾼い学習能⼒を持つことができる。
学んでいる社員が多くいることで、組織全体としても変化への適応⼒が⾼まるわけです。

最後に、ダイバーシティマネジメント、⼥性活躍推進などは、取り組めば必ず企業業績にプラスになるわけではありません。ただし、取り組まないならば、企業業績に貢献する機会を失うことになります。
ダイバーシティマネジメントが企業経営に貢献するかどうかは、多様な⼈材が活躍できる機会の提供と、組織の経営戦略とが有効に連動しているかどうかにかかっています。

(2014年8⽉取材、所属は2014年10⽉現在)