【湘南ベルマーレ 山口智監督 特別インタビュー】本質を考え、ぶれない基準を持つ

【湘南ベルマーレ 山口智監督 特別インタビュー】本質を考え、ぶれない基準を持つ

『多様な個性と強みを持つメンバーを率い、結果を求めて戦う』

リーダーのあるべき姿を体現する湘南ベルマーレの山口 智監督に、マネジメントの考え方を伺いました。

山口 智 氏

1978年生まれ、高知県出身。
小学生の頃に地元のスクールでサッカーを始め、中学校卒業後にジェフユナイテッド市原ユースに所属。1996年、Jリーグ史上初の高校生Jリーガーとしてデビュー。現役時代はジェフユナイテッド千葉、ガンバ大阪、京都サンガF.C.で活躍し、日本代表としてもプレーした。
引退後は指導者として、ガンバ大阪強化部強化担当、U-23ヘッドコーチ、トップチームコーチおよびヘッドコーチを経験。2021年1月に湘南ベルマーレトップチームコーチに就任した。
最初のシーズン途中で前監督が退任したことを受け、9月より監督に就任。J2降格圏内にあったチームを率い、J1残留に成功。2022年6月度明治安田生命J1リーグ月間優秀監督賞に選出。

山口 智 氏の顔写真

インタビューの様子(ダイジェスト)

歴史を大切にしながらより良いチームへ

――21年1月に湘南ベルマーレのコーチになられ、同年9月に監督に就任されました。当時の思いをお聞かせください。

監督をやってみたいという気持ちは以前からありましたが、急なオファーだったので「やるしかない」と覚悟を決める感じでしたね。前監督の指導方法は共感する部分もありましたから、やり方をガラリと変えて自分の色を出そうというような考えはなく、「それまでの良さを引き継ぎながら、より良くしたい」と思っていました。

一方で、おそらく私だけではなく新たに就任する監督はみなさんそうだと思いますが、それまでの良さを認めながら「どう違いを出し、結果を残していくか」が問われることも分かっていました。ですから「これからが戦いだ」という気持ちもあったと思います。

――湘南ベルマーレのマネジメント体制について教えてください。

一般の会社のように営業や広報など多様な業務を担うさまざまな部署があり、その一つとして強化部があります。強化部の中に私が率いるチームがあり、私はチームの管理とその成功に責任を負っています。

強化部は一部署ではありますが、チームの勝敗は会社に非常に大きな影響を与えます。またクラブチームの場合、チームに賛同してくれる方々がいてこそ会社が成り立つとも言えます。その意味で、湘南ベルマーレという会社の中でも非常に重要なポストを与えられていると理解しています。

――チームをマネジメントする上で大切にしていることは何ですか。

サッカークラブには、その歴史の中で培ってきたアイデンティティがあります。私が大事にしたいのは、そのアイデンティティを理解し活かしながら、地域の方々など支えてくださる皆さんに魅力を感じてもらえるチームにすることです。チームの魅力を高めるということには、結果を出すことも含みます。

自分の役割の中で重要だと考えているのは、選手の成長をサポートすることです。人間同士なので、選手との間に「合う・合わない」があるのは当然ですが、私はそういうことはあまり気にしていません。選手と向き合うときには、本質は何なのか、目指しているものが何なのか、選手が納得できるまで、とことん話し合うようにしています。ぶれないものを基準にして取り組むことこそ監督としての自分の仕事だと思っています。

平等であることと個別性のバランスを考える

――サッカーチームのマネジメントは、メンバーの人選が難しそうです。

どの選手にも、良いところがあれば良くないところもあります。それをどのように考え、組み合わせていくかでしかありません。

正直に言うと、もともと私は長い時間を一緒に過ごして「良くなってきたな」と感じる選手に目が行きがちなタイプなんです。しかし勝つチームを作るためには、長く一緒にやってきた選手に「ごめん」と伝え、必要だと判断した補強を行わなければならない場面も出てきます。プロの世界で生きている以上、それはお互いに避けられないことです。だからこそ、情ではなく本質を考え、監督としてぶれない基準を持って決めていきたいと思っています。

――選手とのコミュニケーションを取る上で注意している点があれば教えてください。

選手はコーチとなら構えることなくコミュニケーションできると思うのですが、監督が相手となればそいういうわけにはいきません。私がどのようなやり方でコミュニケーションしたとしても、選手はどうしても構えてしまうでしょう。仕方がないことなのですが、その意味でコミュニケーションが難しい面はあります。

気をつけているのは、選手一人一人と私の関係です。選手は30人以上いて、監督は私1人。「1対30」の関係の中、平等に接しているつもりでも、全員と等しくコミュニケーションするのは難しいのですが、できるだけ選手が違和感を持つことがないよう気をつけています。とはいえ、話すタイミングや話し方などは、選手一人一人の表情やプレーを見ながら個別に考える必要があります。平等であることと個別性のバランスは、神経を使うところではありますね。

仕事を任せるのはコーチも成長してほしいから

――コーチの皆さんとの関係については、何を大切にしていますか。

コーチたちにできるだけ判断を任せるようにしています。逐一、私の意向を確認するのではなく、自分がこうだと思うことは主体的にやってほしいと考えているからです。

判断を任されるのは大変だと思いますが、コーチにも成長してほしいんです。「これを言っていいでしょうか」などと私に聞きたい場面は多いと思いますが、何事も自分でやってみないと分からない。自分でやってみて、分からなかったら私に聞いてくればいいと思っています。

――任せる難しさもありそうです。

コーチには選手と監督の間を橋渡しする役割もあります。選手に対して、「監督がこう言っている」という形で話をする場面があると思うんです。そこにコーチの考えや解釈が入ることで齟齬が生じることはありますね。コーチがいわば中間管理職として良かれと思って言っていることが、私の本意と異なる形で伝わってしまうケースもあるわけです。

齟齬が生じた場合にそれをどう修正していくかは、監督としてチームを運営する上で一番難しいところかもしれないですね。決まった解決法はなく、その都度、「そうじゃないよ」と伝えてみたり黙ってコーチに任せたままにしたり、状況に応じて対応していくしかないと思っています。

もちろん、もしコーチが本質からずれたことをしていると思えば、私の意見を言います。本質だけは見失わないよう、「言うべき意見は言う」とコーチたちにも言っています。

――コーチとの信頼関係はどのように築かれていますか。

練習終了後に、コーチ陣とボールを蹴り合ったりミニゲームを行ったりして、実際に身体を動かしながらサッカーを通じて触れ合う時間を設けています。

直接的な対話の機会はもちろん重要ですが、リラックスした状態でボールを蹴り合っていると、言葉以外の部分からもお互いの考えや感情、状態が伝わってくることがあります。一見すると遊んでいるように見えるかもしれませんが、私にとってはコーチ陣との大切なコミュニケーションの時間になっています。

壁にぶつかるのも成長のための大切な過程

――選手の育成において心がけていることを教えてください。

選手たちは全員、小さな頃から長い時間をかけてサッカーに取り組み、プロになっています。ですから一人一人、良さを持っているのは間違いありません。その良さをどう引き出すか。一方で、改善してほしいネガティブな部分にどのように向き合わせるか。そのバランスを常に考えています。

選手が持っている良さはそのまま残したいのですが、レベルアップするためにはネガティブな部分を修正していくことも必要です。しかし修正に取り組み始めるとネガティブな部分にばかり意識が向き、本来持っている良さが薄れてしまったりもするのが人間です。

私は、迷ったり壁にぶつかったりする時期があるのは仕方ないと思っています。それも大切な過程であり、乗り越えた先に選手の成長があると信じているんです。つらいと感じることもあると思いますが、それはネガティブな部分に真摯に向き合っている証拠。長い目で見れば、必ず「向き合って良かった」と思えるはずです。

――ネガティブな部分に向き合わせる際のポイントはありますか。

ただがむしゃらにやれというのではなく、「なぜうまくいかなかったか」に向き合わせることです。

例えば重要なシチュエーションでミスをした場合、ミスをしたことを嘆くより、「なぜミスをしたのか」を分析してミスをしないためのプロセスを考えてほしいんです。これはミスした場面に限らず、うまくいった場面でも「なぜうまくいったのか」「なぜ得点できたのか」を考えることが大事ですし、選手にはそういった分析をするためのアンテナを持ってほしいと思っています。

選手の成長がマネジメントの醍醐味

――監督という仕事の楽しさを感じるのはどんな場面ですか?

私は日々、楽しいです。もちろん監督としてやるべき仕事は多いですし、決めなければならないこともたくさんありますから、大変ですよ。それに、よく「監督は孤独だ」と言われますが、実際にチームの中で距離を置かれがちな面があるのも確かです。

それでも大好きなサッカーを追求できますし、選手がいい反応を見せたり試合で躍動してくれたりするのも楽しいものです。結果が出たときはなおさらですね。ほかにも、選手が新たな技術を身につけたとき、実践でトライしているのを見たときは自分のことのように嬉しいです。その瞬間、私は何もせず見ているだけですが、同じチームの仲間として選手の挑戦に共感するから、楽しめるんでしょうね。

試合も楽しくて、毎試合「早くやりたい」と思っています。試合前のアップの時間なんて監督がやることは何もないんですが、いつも試合の2時間くらい前に会場に入って「早くやろうぜ」と言っています(笑)。それくらい、楽しいんです。

――最後に、管理職に向けたメッセージをお願いします。

自分がチームのメンバーにやってほしいと思っていることと、実際にメンバーがやっていることの差を伝えていくのは難しいものですよね。チームのメンバーは一人一人価値観の違いがありますし、リーダー側の伝え方の手法もさまざまありますから、「正解」はないのだと思います。相手に納得してもらうために重要なのは、選手とよく向き合い常に仕事の本質がどこにあるのかを示し続けることではないでしょうか。

チームを率いる責任は重いものですし、人間ですから感情的になる場面もあるでしょう。それでも大切なのは、最終的にどのような結果になろうとも、自分自身が仕事を楽しみ、仕事を通じて幸せを感じることなのかもしれません。

(2023年7月27日取材・撮影)
※掲載している内容は、取材当時のものです。

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