「言いづらさ」に隠れた「価値のタネ」を見出すアサーティブ・コミュニケーション

「言いづらさ」に隠れた「価値のタネ」を見出すアサーティブ・コミュニケーション

オンラインでのコミュニケーションに求められること

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、働く環境は一変し、オンラインでコミュニケーションをとることが日常になってきた。オンラインでのコミュニケーションのメリット・デメリットを踏まえて活用しつつ、業績の回復・向上に向けて、コミュニケーションを通して新しい価値を創造することも求められている。

しかしながら、こうした変化や期待に合わせて、私たちのコミュニケーション能力はバージョンアップしたと言えるだろうか。

ここでいうコミュニケーション能力とは、単なるツールの活用能力に留まらない。成果創出に向けて、1人ひとりが抱くちょっとした気づき、考え、思いの重要性を認識し職場で共有することや、それらが新たな価値を生むように検討すること等を指している。個人の小さな気づきは、オンラインでコミュニケーションを行う環境では、「言いづらい」状況になり、外に発信されずに終わってしまいかねない。そうした状況を放置してよいものだろうか。
オンライン上のコミュニケーションの画像

そこで今回は、特に上司・部下間において、「言いづらい」状況を乗り越え、各人が持つ気づき、考えや思い等を「価値のタネ」として顕在化させ、価値に昇華させるためのポイントについて考えたい。

「言いづらさ」に隠れた「価値のタネ」に着目

まず、上司・部下間の「言いづらさ」はなぜ起きるのだろうか。新型コロナウイルス感染拡大後に、リクルート・マネジメント・ソリューションズが行った調査*1によると、上司が部下に対して、および部下が上司に対して「言いづらい」理由の第1位は、上司・部下ともに「上司/部下の気分を害するから」というものであった。上司も部下も、お互いに忖度し、伝えるべきことを伝えていないということだ。
たしかに、部下からすれば評価者である上司から悪い印象を持たれたくないだろうし、上司からすればパワハラと受け止められることを避けたいであろう。「言うべきか、言うまいか」と考えあぐねた末に、結局言わないで済ませてしまうことはよくあることである。

しかし、こうした「言いづらい」ことの中に、今後、価値を生みそうな「タネ」があるのだと捉えたらどうだろうか。相手と共有しやすい関係づくりや伝え方・引き出し方の工夫を行うことで、「価値のタネ」を発信し、どのような「芽」が出そうかを議論するのである。

アサーティブ・コミュニケーションからのヒント

では、具体的に、どのように相手との関係づくりや、考えや想いの共有の工夫をしたらよいのだろうか。「言いづらさ」を乗り越え、「価値のタネ」を見出すには、自分も相手も尊重し、建設的な議論が実現できる「アサーティブ・コミュニケーション」が参考になる。

アサーティブな会話を実現する「IU-DESC」法

そもそも「アサーティブ・コミュニケーション」の「アサーティブ(Assertive)」は、「主張的、断定的」といった意味の英語である。「アサーティブ・コミュニケーション」とすると、直訳のイメージとは毛色が変わり、自分も相手も大切にする「自他尊重」の姿勢で表現することと捉えられる。具体的には、自分の置かれた状況や抱いた感情を踏まえつつ、相手の立場を慮って、双方にとっての最適解を見出すコミュニケーションである。これは、相手に配慮しながらも「言いづらいこと」を伝え、合意形成や建設的な議論の俎上に乗せるために効果的な表現方法と言える。

実際の会話場面で、「アサーティブ・コミュニケーション」を実践する1つの方法として、セリフづくりの「DESC(デスク)法」がある。
これは、例えば、急に仕事を頼まれる等、想定外で急を要する場面であっても、冷静に建設的な議論ができるような、話の展開の4ステップである。
筆者は、「自他尊重」の姿勢を実践に組み込めるよう、「自分」と「相手」に意識を向ける2つのステップを加え、合計6ステップの「IU(アイユー)-DESC(デスク)法」を考案した。

③Dで具体的かつ客観的な事実を示す前に、まず、①Iで自分の思いや感情と状況を客観視し、次に、②Uで相手の言い分に思いを馳せ、想定するのである。

①Iと②Uを加えることで、
冷静に自分と相手の状況を把握できる
自分の状況を“言語化”し相手と共有する準備ができる
相手の目的を想定することで合意形成しやすくなる

といったメリットが生まれる。

立場の違いを価値に昇華させる留意点

上司と部下が話している様子

では、アサーティブな考え方を単なる合意形成で終わらせず、双方の「違い」を新たな「価値のタネ」に昇華させるにはどうしたらよいのだろうか。上司部下という立場の違いを越えて、建設的な意見交換を促進させるために、それぞれの立場での留意点を以下に挙げる。たとえ言いにくいことであっても、思いや考えを表現することには意味がある。筆者は、表明されたことの捉え方を変え、その意義や意味を見出すことを提案したい。

部下として

  • 考え方の共有や相違点について議論することは、アイデアを生む場を提供することになると捉えてみる。
  • 「言いづらい」ことを放置しても、何も生み出さない。むしろ「退化」「悪化」と捉えてみる。
  • 上司の立場を徹底的に想定することが、顧客目線の獲得につながると捉えてみる。
  • 自分の意見に対する評価を自分の中で完結させず、発信して他者のフィードバックを得る。

上司として

  • 想定外の意見も「価値のタネの提供」と捉え、提供したことを組織貢献として評価する。
  • 部下との意見交換の落としどころを、「意見の採否」や「勝ち負け」に置くのではなく、組織目標の達成に向けた、各人が持つ価値の共有、価値に昇華させるための活動と位置づける。
  • 部下が上司に対して抱く「権威勾配」に気を配り、「言いづらい」ことでも素直に話せる「安心安全な場づくり」を工夫する。

「価値のタネ」に目を向ければ、新たな価値を生むきっかけが広がる

非対面のコミュニケーションの中でも成果を創出するには、職場の誰もが持ちうる気づき、考え、思い等の存在を「価値のタネ」と捉えること、それを職場で共有、議論する場を作ることが求められていると考える。もし「言いづらさ」を感じた時、その中にある「価値のタネ」の可能性にも目を向けることで、新たな価値を生むきっかけが広がることを期待している。

執筆者プロフィール

井出 久美(Kumi Ide)

学校法人産業能率大学 総合研究所
経営管理研究所 技術経営&コミュニケーション研究センター
研究員

※※筆者は主に、コミュニケーション研修、チーム力強化の人材育成研修などを担当。
※所属・肩書きは掲載当時のものです。

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