人として生きる道~ホスピタリティ・ウェイの考え方

人として生きる道~ホスピタリティ・ウェイの考え方

はじめに ~ホスピタリティは「おもてなし」だけではない

みなさんは「ホスピタリティ」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。
一般的には、「おもてなし」「思いやり」などという言葉が連想されるはずである。しかし、筆者は、ホスピタリティを「人徳」「道徳」「人間らしさ」などの言葉の意味を包含した概念で捉えており、そう捉えていただくことで、自己中心的な発想の打破や、他者への心配り、人と組織の成長につながると考えている。本稿では、ホスピタリティそのものやホスピタリティと組織、ビジネスとの関係の捉え方・考え方について述べていきたい。

1.ホスピタリティの考え方

先述の通り、日本では一般的に、ホスピタリティは「思いやり」「おもてなし」という概念で捉えられてきた。しかし、これらはホスピタリティの表層的な部分を見ているにすぎない。ホスピタリティ本来の概念は、「相互容認」「相互扶助」「相互発展」を遂げるものである。このように捉えた場合、ホスピタリティの概念はさらに拡大し、人間そのものを真正面で捉え、「人間らしさ」ということを問い、その場の状況、相手の感情、その事象に合わせ、対応することにあると考えられる。そして、ホスピタリティの核となるものは人倫、社会倫理を前提に「人としてどのように生きるか」を示したものであると考えられる。

2.ホスピタリティの誤解

「ホスピタリティ産業」とは、サービス産業の中でも特にホスピタリティという要素が強い産業群であり、ビジネスの重要な核としてホスピタリティが機能することが期待される。

ホスピタリティという要素が強い産業群
ホスピタリティという要素が強い産業群
出典:中根貢(2020)「ザ・ホスピタリティ・ウェイ」、産業能率大学出版部 P3

それらの代表にはHospitality(飲食店業・ホテル・会議場・マリーナ等)、Attractions and entertainment(テーマパーク・観光地等)、Transportation(航空機業界・電鉄・バス等)、Travel facilitation and information(旅行業者等)等が挙げられる。
確かに、これら日本の産業においてホスピタリティの概念は、「思いやりの心」や「おもてなしの心」と捉えられる。そして、ホスピタリティの実践というと「思いやりのある、心からのおもてなし」というスローガンで終わり、ともするとお辞儀や挨拶のような接遇トレーニングに位置付けられ、マナーと同等のレベルで扱われてきた。
しかし、ホスピタリティを単に「おもてなし」「思いやり」のみの解釈であった場合、ホスピタリティ産業以外の業界への適用が困難となる。これらはホスピタリティの表層的な部分を見ているにすぎず、ホスピタリティの概念を広義に捉えた場合、その適応範囲はホスピタリティ産業から拡大し、産業界すべてに適応できる可能性がある。
日本ホスピタリティ・マネジメント学会の定義では、「人類が生命の尊厳を前提とした、個々の共同体もしくは国家の枠を超えた広い社会における、相互性の原理と多元的共創の原理からなる社会倫理」としている。また、狭義の定義では、「ホストとゲストが対等となるにふさわしい相関関係を築くための人倫」であるとし、ホスピタリティを「社会倫理」「人倫」であると強調している。
これらを踏まえ、本論では、ホスピタリティを「人間同士の社会関係において、相互関係性を築くための『精神』であり、『行為』そのものを司る社会倫理、人倫である」と定義づけ、その概念を以下のようにまとめる。

ホスピタリティの概念
出典:中根貢(2020)「ザ・ホスピタリティ・ウェイ」、産業能率大学出版部 P15

3.人間らしさの発揮

ホスピタリティの考え方は、現代の産業界が抱えているコンプライアンス、ハラスメント等の各問題に貢献できる。前項で述べたホスピタリティの定義は、深いマインド醸成と人倫を伴っている。
組織は人と人との集合体である。組織をよい方向に変え、社会に貢献するためには、人そのものをとらえていくことが重要であり、焦点となるのは人が持つべき『人間らしさ』であると言える。
必要となるものは一人ひとりが持つ「ホスピタリティ精神」であり、この集合体である組織としての「ホスピタリティ文化」である。ホスピタリティの精神を持つということは人を快く受け入れることである。そして、この行為を実践することが、人としてホスピタリティのアイデンティティを持って生き続けるということであり、「人となる道」を実践することである。
 「ホスピタリティ文化」のない企業は人の目にどう映るだろうか?不正を隠蔽する組織はどう印象づけられるのか?国民に対してホスピタリティ精神のない国家は世界からどう見られるのか?
これらは異端の目で見られ、そこに人倫や社会倫理が存在しておらず、「ホスピタリティ精神」が希薄な人の集団と言える。現代の環境では産業界でも国家間でも、お互いの立場の違いを受け入れ、共生する体制作りが求められている。ホスピタリティは社会道徳を構築するための基礎であるとも言えるだろう。

4.人の内面への注目が高まっている

2019年にワシントンD .Cで行われた第76回のATD大会(The Association for Talent Development 世界最大の人材・組織開発に関する会員制組織のカンファレンス)では、約300のセッションが存在したが、リーダーシップ関連が最も多い48セッションであった。しかし、「リーダーとしてどのような行動を身につけるか」というような外面的なスキルアプローチよりも、「Self-awareness を高める」「マインドフルネス」といった、内面へのアプローチを紹介しているセッションが半数以上存在したことはトレンドの潮目の変化を感じさせる。
しかし、「マインドフルネス」は「瞑想」のイメージが強く、日本の産業界では取り上げることに一定の躊躇があった。しかし、グーグル、アマゾン、アップルをはじめとする有名企業の導入や、脳科学の発達によって実際に脳の働きのポジティブな変化が明らかになったことにより、ここ数年でマインドフルネスに対する認識が大きく変わってきた。実際、日本人以外の参加者の多くがすでにマインドフルネスを実践しており、ホスピタリティ精神にもつながる内面の充実への関心が寄せられている。

5.ホスピタリティの概念を広く捉える

日本の産業界ではこのようなマインドや哲学の受け入れが容易ではない。工学(エンジニアリング)でないものを拒否する姿勢は、産業革命の製造業からの生い立ちに影響している。生産現場はすべてロジックによって構成されており工学である。そこにマインド・哲学を入れることは平準化に支障を来すこととなり、さらに哲学は新宗教と結びつき危険であるという誤認識が存在している。しかし、世界の産業界の教育はマインド・哲学に目を向け、スムーズに取り込んでいるのが実態である。
マインドフルネスはホスピタリティに同化しており、ホスピタリティは人の心の核となるものである。しかし、その実態は見えない。人は見えるものを認識するが、見えないものは認識することなく否定する傾向がある。見えないものは生産手段とはならないと判断しがちであるが、見えないものの中にも大切なものがあるということに気づくことがホスピタリティマインドではないだろうか。前述のATD大会は、このことに気づくための大きな刺激になったものだろう。
現状のビジネスとホスピタリティを関連付けるときに、従来使われてきた「ホスピタリティ」という言葉の概念に縛られることなく、コンセプトを広く柔軟に解釈して、様々な部分に関連づけてビジネスを展開することで組織・産業界の発展につながるものと考える。

ザ・ホスピタリティ・ウェイ

ザ・ホスピタリティ・ウェイ

本記事の執筆者である中根研究員の著書「ザ・ホスピタリティ・ウェイ」です。
ご関心がありましたら以下リンク先から是非ご購入ください。

  • 編著者:中根 貢
  • サイズ:A5
  • ページ数:220
  • 価格:1,800円(税抜き)

執筆者プロフィール

学校法人産業能率大学 総合研究所
経営管理研究所 主席研究員
中根 貢

※筆者は主に、マーケティング戦略策定研修、営業系研修、ホスピタリティ・マネジメント研修等を担当。
※所属・肩書は掲載当時のものです

プロフィールの詳細はこちらから