ユーザー・イノベーションによる新しい市場の見つけ方

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はじめに

従来、新しい市場を見つける際には、STP分析というフレームワークで、市場を調査することが有益とされていた。もちろん、STP分析は現在でも有用であるものの、環境変化が激しく、大きい時代においては、STP分析を念入りに行っている間に、市場が変化してしまう可能性も否めない。

本稿では、変化の激しい時代に新しい市場を見つけていく考え方として、「ユーザー・イノベーション」を紹介する。これは、企業が想定した製品の使い方や想定したユーザー以外のユーザーが利用を始めるなどの現象を企業の戦略に取り入れることで、新しい市場が開けるという考え方である。

STP分析と運用上の問題点

STP分析とは、フィリップ・コトラーが提唱したフレームワークである。まずは、S(セグメンテーション)で市場を把握し、T(ターゲティング)で狙う市場やお客様を決定し、P(ポジショニング)で競合他社との関係を洗いだす。もちろん、このSTP分析は、有用であり、本稿でもこのSTP分析を否定するわけではない。しかし、このSTP分析にあまりにも時間をかけすぎ、市場が変化しているにもかかわらず、そのまま戦略を実行している企業が多いという問題もある。

企業が行うユーザー・イノベーションとは

ユーザー・イノベーションは、MITのヒッペル教授が提唱したものである。これまで、イノベーションは、企業や一部の発明家が生み出しているとされていたが、ヒッペルはユーザーが自身の目的を達成するためにイノベーションを起こすことの方が多く発生していることを指摘している。

ユーザー・イノベーションは、大きく分けて、①ユーザーがゼロから新しいものを造る「創造型」、②ユーザーが既存商品の機能を変更する「改良型」、③ユーザーが新しい価値を見出す「新解釈型」のパターンがある(図1参照)。

「創造型」や「改良型」は、企業が対応することが難しいため、本稿では、ユーザーによる「新解釈型」を中心に紹介する。

出典:DNP創発マーケティング研究会 編著『創発するマーケティング』p86を参考に加筆修正

企業は、商品の機能や意味づけを行い、先に述べたSTPで市場を見つけ出す。しかし、商品が市場に出た後、ユーザーが商品を使用することで、新しい解釈をする場合がある。新解釈の中には、新しい用途を見つけたり、新しいユーザーが現れる場合がある。

新用途の事例として、ネスレのキットカットがある。九州地方の高校生が「きっと勝つとぉ」という方言に似ていることから、受験時期にキットカットを贈るという事象が発生した。ネスレは、この事象をとらえて、受験菓子市場という新しい市場を開拓した。

その他、P&Gが販売しているファブリーズは、本来は部屋の除菌・消臭をするスプレーであるが、殺虫剤や除霊としての用途がユーザーによって発見された。

新しい利用者の事例としては、エスエス製薬のハイチオールCや資生堂のシーブリーズがある。

女性のシミ対策として有名なハイチオールの初期ターゲットは、二日酔いの男性であり、女子高生に人気のシーブリーズの初期ターゲットは、マリンスポーツを楽しむ男性であった。

シーブリーズは、女子高生が、カラーボトルのキャップを交換すると「恋が叶う」や「友情の証になる」といった新しい用途も見出している。

最近の事例では、ワークマンを挙げることができる。建設現場向けのレインコートがバイカーに売れたり、滑り止めが施された靴が、中華料理のシェフや妊婦に売れたり、溶接用のベストがキャンプファイヤー愛好家に売れたりといった事例が見られる。

このように初期ターゲットは、容易に変わり得るものである。もちろん、STP分析をし、仮説を元にターゲットが発見できるという意味で、STP分析は有効であるが、この分析に時間をかけすぎていては、新しい市場を見逃してしまう可能性があるだろう。

ユーザー・イノベーションの効用と進め方

ユーザー・イノベーションは、すべての場面で使える考え方とは言えないが、創発(ユーザー同士やユーザーと企業が相互に刺激し合い、予期せぬ結果を生み出すこと)の分析を行うことによって、新しい市場を開拓するための示唆を得られるのではないだろうか。これまで見てきたように、ユーザーは、企業が想定した以上の行動をとることがある。ユーザーの想定外の行動を認識するような仕組みを作り、ユーザーの創発が発生した場合は、その現象に合わせた戦略に変更をすることで、新しい市場が開ける可能性がある(図2参照)。

具体的な方法としては、ユーザーとの接点を設ける仕組みを作るということが挙げられる。例えば、工場見学である。マスキングテープを工務店向け(BtoB)に販売していたカモ井加工紙は、工場を見学したいという女性からの要望があり、そこから一般ユーザーとの接点ができた。その後、同社は、一般向け(BtoC)のマスキングテープという新市場を切り開いている。その他、Instagram等のSNSを分析し、当初想定していたターゲット以外のユーザーがいないか、当初想定していた目的以外で利用しているユーザーがいないかを確認し、そのようなユーザーを発見した場合、追加で調査すると良いだろう。

価値転換への対応
ユーザー創発の発生に合わせた戦略への変更の説明図ユーザー創発の発生に合わせた戦略への変更の説明図拡大

おわりに

STP分析についても有用なフレームワークであり、そもそも、ターゲットを決めないと、ユーザーによる新しい解釈を発見することができない。しかし、分析することに時間をかけすぎたり、分析自体が目的になっていないかは改めて見つめなおす必要がある。変化が速く、新しい日常が求められる今だからこそ、新しい市場を創造する一助として、今回紹介した考え方も参考にしていただきたい。

参考文献
DNP創発マーケティング研究会(2008)『創発するマーケティング』日経BPコンサルティング
小川進(2013)『ユーザーイノベーション: 消費者から始まるものづくりの未来』東洋経済新報社

筆者プロフィール

古庄 裕
(Furusho Yutaka)

学校法人産業能率大学 総合研究所
経営管理研究所 戦略・ビジネスモデル研究センター 研究員

  • 所属・肩書きは掲載当時のものです。
  • 筆者は、主にマーケティング戦略策定支援、業務効率化支援を担当。

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