人生100年時代の新たなキャリア開発に向けて ~得意技を手放す勇気を持とう~

人生100年時代の新たなキャリア開発に向けて ~得意技を手放す勇気を持とう~

1.35歳から40歳は人生の分水嶺、シニアへの第1接続期~

大手電機メーカーやメガバンクなど、いくつかの企業や事業体が45歳を適用開始年齢とし、早期退職や希望退職者の募集を行っています。各企業では、若年世代の能力開発や活性化による活躍が期待されていますが、ミドル世代やシニア世代に対しては、若年世代とは質の違う活躍が求められています。社会や組織を引っ張って行くミドル世代、シニア世代は、人生の中で最も充実した成長期から成熟期の真っただ中にいます。「40歳は人生の折り返し点」という言葉がありますが、定年や雇用の延長が叫ばれる昨今、35歳~40歳は「人生の分水嶺~第1接続期」、45歳~50歳は「人生の分水嶺~第2接続期」と考えられます。

ミドル世代、シニア世代は、組織では上級経営幹部や役員、上級専門職になって活躍する世代です。35歳の時点で自己の能力点検をし、40歳までの5年間に自己研鑽・自己錬磨をしてこなかった人が、企業の提起する「世代の若返り」の名目で、リストラ対象者になっていくと考えられます。

図1 キャリアの接続期

人材として評価できる人は、組織内で評価されるスキルに安住せず、社外で通用する「パラレルスキル」、あるいは、業種・職種の垣根を越え、どの仕事でも通用する汎用スキル「ポータブルスキル」を身につけています。このスキルは40歳を過ぎてから体得しようとしても遅すぎます。30歳代~40歳前半までに体得すべく、目的意識を持って自己研鑽することが重要です。この期間の努力の結果がその後の人生を決めるといっても過言ではないでしょう。

2.成功体験にしがみつくとは

目的意識を持って自己研鑽できない人・しない人は、業務活動の成果や成功体験にしがみついて、自分のあたりまえを疑うことができず、アンラーン(学習の棄却)ができないでいます。

図2 アンラーン【自分のあたりまえ、得意技を疑う】

成功体験は、仕事を成し遂げた時に有していた過去の仕事の信念(やり方を含む)から生まれます。成功体験にしがみつくということは、時代の流れに抗い、過去の仕事の信念(やり方)を変えず、新たな仕事の信念(やり方)を学びなおそうとしないことを表します。

だれが見てもネガティブな状態を、なぜ変えること、変化させることができないのでしょうか。今となっては時代遅れになってしまった仕事の信念(やり方)も、本人にとっては時代に関わらず、「プロ・職人が持つポリシー・仕事論」というように、ロマンティックなものに見えているのかもしれません。

3.得意技を手放し、更新する勇気

40歳代は、学びたいと思っても、仕事や生活に忙しく、自分の学びが後回しになるという特徴があります。20歳代~30歳代での悪戦苦闘の末に、組織や社会のなかで、ようやく腰の落ち着ける役割を見つけ、成果を創出する時期です。そのため、40歳代は自分の学びの時間を持ちたくても十分に確保できないというジレンマを抱えがちです。

人は30歳~40歳にもなれば、自分の「得意技」が決まってくるものです。それは経験学習からつかんだ自分なりの「勝ちパターン」です。しかし、自らのキャリアデザインを考える上では、長期の観点が必要です。時には「得意技を手放す勇気」、新たなことを学び「得意技を更新する勇気」を持たなければならないのです。

『強みのうえに、自分を築け(Build on your own strength)』はドラッカー博士の名言であり、ビジネスの鉄則です。自分の強み(得意なこと)のうえに、人は、キャリアを築き、さらにその「強み」を磨こうとします。別の言葉でいえば、それは「経験学習」のプロセスとも形容できます。「自らの強み」をもってタフで、一皮むける「経験学習」を積み重ね、業務能力を高めていくのです。

しかし、人は、得意技をいったん手にしてしまうと、どんな戦局であれ、「得意技で逃げ切る」ことを考えてしまうのです。しかし、そればかりではアイデアが限られ、しかも、戦う相手に見破られてしまいます。次第に、新しいことにチャレンジすることが億劫になり、息苦しくなり、楽しくなくなってしまいます。

そこで、「自分の得意な形に逃げない」ことを心がけなければなりません。人は慣性の法則に従いやすく、新しいことをしないでいたほうが楽なため、放っておくとついそのまま何もしないほうへと流れてしまうからです。そして、常に、意識的に、新しいことを試み、「得意技」を自らアップデートすることを忘れてはいけません。そうしないと、これまでの「得意技」は次第に色あせてしまい、これからの「得意技」ではなくなってしまうのです。

4.自分のキャリア・アンカーを認識する

得意技の源泉は、言い換えれば、自分の仕事に対する動機や能力、価値観を表す「キャリア・アンカー」とも言えます。米国の心理学者シャインによるキャリア・アンカーは、下図のように8つのタイプに分けられます。自分自身のキャリア・アンカーがどのタイプであるかを認識・理解することが、接続期も含めて長期的にキャリアをデザインする上で有効なのです。

図3 キャリア・アンカーの8つのタイプ

「キャリアを考えること」は、過去の自分と現在の自分を内省して、将来の自分を考える営みそのものですが、この時自問すべき問いは3つあります。

  • 才能について…自分にはどのような能力があるか
  • 動機について…自分はどのようなことが好きか
  • 価値について…自分はどのような仕事をしている時に意義があると考えるか

筆者自身も齢64歳になっても、自分が何をしたいのか、どちらの方向に進んでいいのか、わからない時があります。しかし、このままではダメになる、あるいは、ダメになっていくと認識する健全性、危機感を持ち、自問自答することで、新たな道が拓けるのだと考えます。

執筆者プロフィール

柳原 愛史(Aishi Yanagihara)

学校法人産業能率大学 総合研究所
経営管理研究所 主席研究員、総合研究所教授

※筆者は主に、成果開発・成長創発型人事システムの構築導入・運用定着・運用改善に関するコンサルティングを実施。
※所属・肩書きは掲載当時のものです。

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