東北大学 川島隆太教授 インタビュー「読む&書く」からこそ学びは深くなる

「人生100年時代」にビジネスパーソンが長く活躍し続けるためには、どのような学びや習慣が必要なのでしょうか。
脳機能イメージング研究の第一人者である東北大学の川島隆太教授に、脳科学の知見に基づいた大人の学びのメカニズムや継続的な学習の意味、効果の高い学習方法、能力を引き出し開花させるための脳のトレーニング方法などを伺いました。

Profile

東北大学
加齢医学研究所所長
スマート・エイジング国際共同研究センター長

川島 隆太 教授

東北大学大学院医学研究科修了、スウェーデン王国カロリンスカ研究所、東北大学加齢医学研究所助手、講師、教授を経て2014年より同研究所所長。
人の脳活動の仕組みを研究する「脳機能イメージング」のパイオニアであり、脳機能開発研究の国内第一人者。
脳活性化を目的としたポータブルゲームシリーズの監修者として知られる。『スマホが学力を破壊する』(集英社新書)など著書多数。
※所属・肩書きは掲載当時のものです。

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インタビュー動画

この記事は、通信研修総合ガイド2020特集ページ「いま、なぜ通信研修なのか」の一部です。
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何歳になっても学習によって脳は変化する

――脳科学の観点から、ビジネスパーソンが学習を継続する意義についてどのようにお考えでしょうか。

学習とは、脳科学では「脳に新たな回路網を形成すること」を指します。例えば、ものを覚えるときは脳の中に記憶とそれを引き出しやすくするネットワークができますし、スキルを身につけるタイプの学習では、そのスキルのための特別なネットワークができるのです。

これは成長期の子どもの脳でも、大人の脳でも同じです。我々は脳が学習によってどう変化するのかについてさまざまな実験を行っていますが、大人であっても学習を継続すると脳の体積が増える現象がMRIで確認できます。学習は、すべての年齢層で成立します。

学習によって体積が増える領域は、前頭葉の前頭前野を中心とする学習と関わる部分です。脳の体積増加がどのような変化によるものなのかは、ネズミを使った実験で専用のMRI装置等で調べています。例えば、何の刺激もないケージの中で暮らすネズミたちと、迷路や運動場所等があるケージで暮らすネズミたちに分けてそれぞれの脳の体積を測ると、刺激のある環境に住むネズミたちは大人になってからも脳の体積が増えるのです。その増えた領域を調べると、神経細胞の数はまったく変化していませんでしたが、神経細胞から情報を送る神経線維の1本1本が長くなり、枝分かれが無数に増えていることがわかりました。つまり、脳の神経回路網がより情報を送りやすく変化し、それが体積の変化として捉えられたわけです。

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学習することは、脳のさまざまな働きを高めることもわかっています。例えば、ビジネスパーソンが学習して仕事に必要なスキルを身につけた場合、そのスキルとは直接関係のない能力も向上するのです。このような現象は心理学の世界で「転移の効果」と呼ばれていますが、我々が行った研究でも、前頭葉をたくさん使って新たな知識や技術を身につける学習を行うと、注意能力や抑制力が上がることが示されています。

何歳になっても学習し続ければ脳はそれだけ変化しますし、学習によってスキルや知識が身につくだけでなく、脳そのもののベーシックな働きも向上するわけです。逆に学習することをやめてルーティンの仕事ばかりしていれば、脳はどんどん退化していきます。

脳の話は難しく感じてしまいがちですが、身体と同じだと考えればいいでしょう。何らかのスポーツの練習に取り組めば、そのスポーツのための能力が高まるだけでなく、体力全般が向上します。しかし、スポーツをやめてしまえば、体力は落ちていきます。これと同じことが能でも言えるのです。

「面倒な学習方法」のほうが学びの効果は大きい

――eラーニングやモバイルラーニングの普及もあり、近年は学習手段が多様化しています。手段による学習効果の違いについて教えてください。

学習のしかたによって脳の働き方はまったく異なります。では、私たちの脳がどうすればよく働くかというと、原則は非常に単純です。「より面倒で厄介な方法」のほうが、脳はよく働くのです。

  • 紙と鉛筆を使って読み書きによる自学自習をする
  • 授業を受ける
  • ビデオ教材を見る

という3つの学習方法のうち、最も面倒なのは読み書きによる自学自習で、次に面倒なのは先生がいるところに行って授業を受けることでしょう。ビデオ教材を見るのは一番ラクで簡単な方法です。そして実際に計測すると、この順番どおりに脳の働きは低下していきます。学習は脳で行うものですから、脳を使うことが必須であり、「脳をあまり使わず、脳が働きづらい学習方法」を選ぶことは矛盾があると言えます。

ただし、必ずしも「ビデオ教材の効果は低い」とは言い切れません。それは、学習効果は学ぶ人のモチベーション次第で変わるからです。仮に「全く同じモチベーションを持ち、同じ時間学習する」ならば、読み書きによる自学自習はビデオ教材より明らかに学習効果は高いと言えます。しかし、読み書きによる自学自習ではモチベーションが保てず、「そもそも学習しない」という人も出てくるでしょう。もし先にあげた3つの学習方法を1万人に課して学習効果を調べれば、読み書きによる自学自習は脱落者が多く、「きちんと学習した人の点数は大きく伸びたものの、全体の平均点は低い」という結果になることが予想されます。逆にビデオ教材なら取り組みやすいので、学習効果は低くても、全体の平均点は若干高くなることも考えられます。素晴らしい教材でも、苦痛を伴うようなものでは人々は学習行為すらしなくなり、結果として目的に到達できないわけです。

今の時代に望ましい学習方法はハイブリッドで考えるべきだろうと思います。例えば、ビデオ教材でモチベーションを上げてから読み書きによる学習を行い、疲れたらまたビデオ教材を見るといった方法です。対面型の講義でも、ビデオ教材やICTの活用によりまず受講生の興味を引いてから話をする、さらに文章を読ませたり紙に書かせたりする時間も取るといった工夫が必要でしょう。

「黙読」「音読」「動画視聴」によって脳はどう働くか

活字を黙読すると、後頭葉や側頭葉、頭頂葉をはじめ、左右の前頭前野が活性化する。音読する場合は発声とその音声を耳で聞くことを伴うため、黙読のときに活性化する部位に加え、聴覚野なども活性化する。音読は大脳の70%以上の神経細胞が働く、脳のトレーニングに最適な方法の1つと言える。動画視聴中は主に視覚や聴覚に関わる後頭葉と側頭葉が活性化する一方、前頭前野の働きは低下しており、脳はリラックスしている状態になっている。

活字を読むだけで創造力も伸ばせる

――脳を鍛えるために活字を読むことを提唱されています。その効果について詳しく教えてください。

我々の最新の研究では、学習の効果を学習時の状況から予測できないかどうか調べています。まだ論文は発表していないのですが、この研究の結論として「左の前頭前野が働いていればいるほど学習効果は高く、学んだことが定着しやすい」ということが分かりました。

活字を読むと脳のさまざまな部位を働かせることができるのですが、特に左右の前頭前野は強く働きます。活字を読むことは脳を活性化させ、学習の効果を高めるわけです。面白いことに、同じ文章を繰り返し読んでも脳を働かせる効果は変わりません。

我々はMRIを使って子どもの脳の成長を追う研究をしていますが、読書が習慣化している子どもたちは脳がより発達しているというデータが明白に出ています。また、子どもの生活習慣と発達の関係を調べたところ、読書習慣がまったくない子どもたちは「毎日1~2時間以上の勉強」「7~8時間の睡眠」を確保しなければ試験で平均点を取れない一方、読書を毎日1時間以上する子どもたちは、30分未満でも家庭で机に向かう習慣があり、6時間以上の睡眠を取っていれば平均点を超えられています。

この研究結果から分かることは、活字を読むことが非常に強い脳のトレーニングになるということです。もちろん、我々大人にとっても活字を読む習慣の有無が大きな能力差を引き出すことになるでしょう。

実例もあります。我々はある企業から「社員のクリエイティビティを伸ばしてほしい」という依頼を受けた際、社員のみなさんに文庫本を2冊渡し、それを1か月で読み切るという課題を出しました。すると、2冊読み切った方々は1か月の間にクリエイティビティを調べる心理学的なテストのスコアが伸びましたが、読まなかった方たちは横ばいでした。クリエイティビティは、ビジネスパーソンであればさまざまな職種で必要とされる能力でしょう。それが、活字に親しむ習慣を持つだけで伸ばせるわけです。

ここまでの話をまとめると、日々の基礎トレーニングとして、新聞記事や文庫本などの活字を読む習慣を持つことが重要です。そして、知識やスキルを身につけるために学習するときは、楽な方法ばかりを選ばず、読み書きなどを行う「面倒な方法」を取り入れましょう。こうした地道な努力がみなさんの能力を大きく開花させることにつながります。

スマホの「スイッチング」が脳に悪影響を及ぼす

――近年はスマホやタブレットの利用シーンが増え、学習ツールとしても活用され始めています。学習への影響についてお聞かせください。

基本的にスマホを使った学習はお勧めしません。MRIで子どもたちの脳の発達を調べる研究では、スマホやタブレットを使う習慣が多い子どもたちは脳の発達が止まることがはっきり証明されています。実際、3年間にわたりほぼ脳が発達しない状態が続いているケースもあるのです。大人の脳については、いま調査しているところですが、東北大学の学生を対象に調べたところ、子どものケースと同様の影響が確認されています。スマホを頻繁に利用する人ほど、感情のコントロールが難しくなったり、うつ状態になりやすかったりするのです。

スマホ使用によってこのような影響が現れる理由については、我々も研究を進めている最中ですが、心理学の世界では「スイッチング」と呼ばれる行為に問題があると考えられています。スイッチングとは「何かに集中しているときに妨害が入り、別のことをやり始める」の繰り返しにより、1つのことに集中する時間が極端に短くなる現象を言います。

スイッチングの問題については、スマホが普及する以前、SNSが出てきた頃にアメリカで指摘され始めました。多くの大学生の症例を調べた結果、勉強中にフェイスブックなどのSNSとスイッチングしている人は学力が低下傾向にあり、うつ状態にもなりやすいことが分かったのです。

今はスマホの時代になり、パソコンの前にいるときだけでなく、いつでもどこでもスイッチングが起きる状態にありま。例えば、青少年のスマホの使い方を見ていると、ゲームしているかと思えばユーチューブを見て、その合間にLINEを使うというように、アプリを次々と切り替えるのが当たり前になっています。そもそもスマホはスイッチングしやすく作られていますから、使用中は「脳が何にも集中できていない状態」になるわけです。

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スマホを使った学習で大きな問題になるのは、この「スイッチングの起こりやすさ」です。学習アプリを使っている最中にLINEでメッセージが届けば、相当強い意思を持っていない限り、LINEを開いてメッセージのやり取りをするでしょう。このようにスイッチングしながらの学習は効果がないだけでなく、脳に損傷を与えてしまうおそれもあります。スマホで学習するくらいなら、何もしないほうがマシだと言ってもいいほどです。

もしスマホやタブレットを活用した学習方法を導入するのであれば、端末は学習専用のものとし、SNSなどのアプリを入れないといった工夫が必要でしょう。

――ほかにスマホを利用するうえでの注意点があれば教えてください。

勉強中は、スマホのスイッチを切っておくべきです。我々が行った心理実験では、作業している人の後ろでLINEの通知音を鳴らすと途端に注意力が低下し、作業効率も落ちることが分かっています。同様にタイマー音を鳴らしても、このような現象は起きません。つまり「SNSなどでメッセージを受け取った」という情報は、集中力を著しく低下させてしまうのです。学習によって何らかの知識やスキルを身につけたいなら、勉強中にスマホのスイッチを切ることは「基本中の基本」と言えます。

長く働き続けるためには心身のメンテナンスが必要

――「人生100年時代」を迎え、ビジネスパーソンは今まで以上に長く働き続けることになると言われます。長期的な心身の健康維持という観点で留意すべきポイントはありますか。

現在の年金制度を維持していくには、原則としてすべての人が75歳まで働く必要があるという試算があります。「60歳で定年退職だと思っていたのに、75歳まで働くとなると自信がない」という方は少なくないでしょう。しかし世の中には、75歳を過ぎて80歳、85歳と年齢を重ねてもかくしゃくとしている方がたくさんいます。ビジネスの現場で高齢になっても活躍している経営者の例は枚挙に暇がありません。身体と脳をきちんとメンテナンスしていれば、40~50代の状態を維持できるのも事実なのです。

「60歳定年」が当たり前だった時代には、医療の発達に頼っていれば多くの人が定年まで心身の健康を維持することができました。しかし、医療に頼って75歳まで元気に働ける状態を保つというのは少し難しいかもしれません。みなさん自身がそのことを意識し、日々、心身のメンテナンスを行うことが重要です。

ではどのように心身をメンテナンスしていけばよいのかというと、普段の仕事を振り返って「足りないところを補う」と考えればいいでしょう。デスクワーク中心の方は身体に負荷をかける習慣をつくること、しっかり頭を使う仕事が少ない方は脳のトレーニングを行うことを意識するようにしてください。

――お勧めのトレーニング方法を具体的に教えてください。

身体は有酸素運動を中心に鍛えましょう。特に50代後半からは筋力が極端に落ち始めますから、ある程度の負荷をかけた筋力トレーニングが必要です。本格的な筋トレはハードルが高いと感じる方もいると思いますが、例えば1駅分だけ歩くことを日課にし、その際にビジネスバッグにペットボトルの水を入れて負荷を高めるだけでも十分なトレーニングになります。

脳のトレーニング方法については、先にご紹介したように「活字をしっかり読む」ことで自然に脳を鍛えることができます。活字と親しみ続けることが「75歳まで働ける自分づくり」のポイントです。

なお、脳をトレーニングする効果については、黙読よりも音読のほうが高いことが分かっています。黙読だけでも左右の前頭前野を中心として脳の多くの部位が活性化されますが、音読はそれに加えて発声やその音声を聞くことも伴うため、より広範囲に脳が活性化されるのです。環境が許す場合は音読も取り入れるといいでしょう。より積極的に脳の負荷を高めてトレーニングするなら、音読のスピードを速くすればするほど前頭前野は強く働きます。

「活字を読む」というと「スマホでニュースなどを読んでいる」という方もいますが、ヘッドラインだけざっと見て「読んだつもり」になったり、動画ニュースに目を奪われたりしてきちんと読めていないケースが多いはずです。また、スマホを使えばどうしてもスイッチングが起きますから、電子書籍アプリを使うのも勧められません。脳のトレーニングのためには、紙の新聞や文庫本を読むといいでしょう。通勤電車の中などで少しずつ取り組んでみてはいかがでしょうか。

スマホをしまい、SNSなどを遮断した状態で活字を読む時間をいかにつくれるかが、脳のトレーニングの成否を分けます。他人事だと思わず、できることからやり始めることが大切です。

(2019年7月29日 東北大学加齢医学研究所にて取材・撮影)

この記事は、通信研修総合ガイド2020特集ページ「いま、なぜ通信研修なのか」の一部です。
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