「楽しく学べる」研修をつくる ~研修プログラムデザインの本質を探る

「楽しく学べる」研修をつくる ~研修プログラムデザインの本質を探る

人材育成担当者向けの公開セミナー「研修プログラムデザイン」を開発し、現在は講師として担当している経営管理研究研修企画支援センター石川嘉代子主幹研究員に、このセミナーの特徴や担当する上で意識していること、人材育成に関する考え方などについて、お話を伺いました。

学校法人産業能率大学 総合研究所 経営管理研究所 研修企画支援センター
主幹研究員 石川嘉代子
※所属・肩書は掲載当時のものです

公開セミナー「研修プログラムデザイン」のねらいについて教えてください。

このセミナーは、「研修に関わる人全員が満足するように」というコンセプトで作っています。一言で研修といっても、関わる人は、プログラムをデザインする人をはじめ、講師、研修運営担当者、そして受講者などと様々です。そのすべての人が満足できるような研修が実施できるようにしましょう、とセミナーの中でも伝えています。

往々にして講師ファースト、講師だけが都合がいい、という研修がありますので、「あなたの都合だけで研修をつくらないでください」とも伝えています。

受講者の中でプログラムデザインの経験者はどのくらいいるのでしょうか。

実際にプログラムをデザインした経験はバラバラです。
人事・教育部門に異動したばかりでプログラムデザインをするのが初めての人、先輩の見よう見まねでやっていた人、すでにある程度の経験があって分かっている人もいらっしゃいます。
そのため、どのレベルの人が受けていただいても問題ない内容にしています。

講師の私だけではなく、受講者同士が相互にアドバイスをしあっていくので、いろんな刺激や背景の違う人の知恵が入ってきます。
長いキャリアのある人には、今までやってきたことを見直す機会になっているようです。まさに、今注目されている越境学習の場になっています。
「あっ、そうなのか」というアハ現象が起きることも結構ありますね。

事前課題もセミナーを構成する重要な内容とお聞きしていますが、どのようなものでしょうか。

ご参加いただく方には、「プロフィールシート」という事前課題に取り組んでいただきます(図参照)。

ご自身が実施に関わった研修を題材に、その内容を整理してもらいます。セミナーの中では、うまく作成できていない人に対しては、その箇所を指摘して、書き直しをしてもらいます。
指摘する主な内容としては、研修の背景には、組織として解決すべき課題や期待があるはずなのですが、一部の人は研修の実施ありきで考えられていて、こうした背景が抜けていたり道順が全く違うという人が結構いらっしゃいます。
研修プロフィールシート
研修プロフィールシート

研修タイトルさえ決めたらあとは実施に向けて内容を作るだけという気になっている方も多く、「研修名は最後の最後でいいんですよ」と言うと、驚いた表情になる方もいらっしゃいます。

さらに、経営的な視点も重要です。
例えば中期経営計画などをしっかり知っていて、そこから紐づいて今どんな人材が自社には必要なのかを導き出した上で、人事としてはこういう方針でやっていく、という順番で考えなければいけません。
このようにお伝えすると、目からウロコ、というような反応もあります。

セミナーの特徴や具体的な演習などについて、教えてください。

セミナーの冒頭で、今まで受講した研修を振り返るワークをしていただいています。
そうすると多くの方が、「楽しい研修ほど印象に残る」ことに気づきます。

私がこのセミナーやすべての研修で大切にしているのは「楽しい研修」なんです。
だから「一緒にセミナーを通じて楽しい研修のプログラムデザインを学びましょう」というと、全員がすごく前向きになります。


セミナーの特徴としては、書くことかもしれません。
セミナーの最後に「デザインシート」というアウトプットの作成をするのですが、このデザインシートには、事前課題の「プロフィールシート」や、演習で取り組む「研修の鳥瞰図」を、落とし込んでいきます。これがかなり大変です。
受講者の皆さんからは「いつもは、かかない汗をかく」という声がきかれます。

「研修の鳥瞰図」とはどのようなものですか?

俯瞰が真上からなのに対して、鳥瞰というのは、まさに鳥が飛んでいるときに地上を見ているのと一緒で、斜め上から見ることで、奥行き感などが分かるということです。
つまり「研修の鳥瞰図」というのは、研修の内容面だけでなく、それぞれの章立てがどれくらいの長さで、各章がどうつながり、全体の流れが一目で分かるようなもののことを言っています。

このセミナーは長年にわたり開催をしていますが、プログラムを開発した当時の想いをお聞かせください。

初めて人事・教育部門に異動になった人たちが、「研修をつくってください」と言われたときに戸惑わずにできるよう導きたい、しっかりとした研修をつくれる人にしたい、という想いがありました。そのため、プログラムデザインに関する一切のことを、余すことなく伝えられるようにと考えました。

このセミナーには、インストラクションの部分は含まれていません。
研修のインストラターも担当されるような方に対しては、別の公開セミナー「社員研修インストラクター養成 インストラクション実習コース」を一緒に受講いただくことをお伝えしています。

このセミナーの意義について、どのようにお考えでしょうか。

受講者から聞いた話です。
ある企業の人事担当者がこのセミナーを受講され、その次の年に上司が変わったそうです。
その上司は他部門から来た方で、研修について全く知識のない方だったそうですが、その方から「人事がどんな教育をやっているのかを説明してほしい」と言われたときに、先の「プロフィルシート」を活用して、当時していた研修内容を説明したそうです。
結果、上司からは「今やっている研修の中で、スクラップするようなものは一切ないことが分かった。」と言ってくださったそうです。何のためにやっているのかが、すぐに伝わったそうです。

研修というのは、とかく前例踏襲型で、研修ありきになっていることがあるものですから、そうではなく、経営的な視点を踏まえて、求める人材像や育成課題を明確にし、そのうえで研修を考えられるようになること。これがこのセミナーの一番の意義だと思います。

セミナーでの2日間を通じて、見直された1つのプログラムデザインができあがりますので、職場に戻ったあと、この完成したプログラムデザインがすぐ使えることも特色だと思っています。

講師として大切にしていることがあれば教えてください。

オープンマインドでいることです。その場の状況や受講者の発言など、セミナーの中で起こるすべてを受け容れられるよう考えています。
そのうえで、質問にはしっかりと答えられなければいけないと思っています。
例えばテキストなどは、前段階でいくらでも準備しておけますが、セミナーでは何を質問されるか分かりません。
それでも、「なんでも聞いてください」というスタンスでいます。コメントする力にこそ、プロとアマチュアの差が出ると思っています。

加えて、すべてのことを受講者中心で考えることです。
例えば私のセミナーでは、ホワイトボードは講師の後ろに置いておきます。最近の研修ではスクリーンがあるので、その隣にホワイトボードが置かれるケースが多いのですが、スクリーンを横切ると私が影絵になってしまいます。こういう状況は受講者にとって煩わしいのではないかと考えて、必ずホワイトボードは影絵にならない環境をつくっています。こんなこともささいなことですがプロとしては、大切だと思います。

研修の場だけではなく「人の学び」そのものについて、どうあるべきとお考えでしょうか。

先にも申し上げましたが、私は「楽しく学べる」をモットーにしています。
人は、楽しいことはあとで思い返そうとするのですが、嫌なことは忘れようとする傾向があると思っているからです。
民俗学者の柳田國男氏も言っているとおり、学問は、興味とか好奇心から入ったものが根深く残るそうです。
だから入り口の部分で、興味関心を持たせることが楽しさにつながるのではないかな、と思っています。

最後に、人材育成担当者や企業内インストラクターへのメッセージをお願いします。

人が育たないと組織の成長や発展はありません。
まずはそれを、自分自身が具現化してほしいと思います。
自分が所属している組織の未来は自分が担っている、というぐらいの自覚を持って取り組んでいただければと思います。

さらに、人材育成担当者としては、「人が好き」ということが大切ではないかと思います。
この仕事は、人が嫌いな人はものすごく疲れるだろうと思います。
私は人ほど興味深い動物はないと思っていて、受講者に対しても、「この人たちがもっと良くなってほしい」という想いで接しています。
かっこよくいえば、受講者への愛ですね。愛をもって接することが大切だと思います。

私はモノを作るのがとても好きなんです。材料を集めて自分で普段から便利に使えるモノを作ったり、料理も大好きです。
モノづくりと人づくりは一緒だと思うのです。創意工夫で、どんな材料でも、とてもいいものになるのです。
それと同じように、どんな人でも創意工夫次第で成長できると思っています。