【経営幹部育成の最前線】小売業・サービス業のコア・リーダーを育てる

はじめに

経営管理研究所に所属し、講師として経営幹部育成に携わる齋藤隆行研究員。コンビニエンスストアのフランチャイザーでの勤務経験を持ち、本学入職後は、営業やマーケティング研修、階層別研修やビジネススキル研修の講師を務めるとともに、小売業・サービス業における経営幹部育成にも携わっています。

前職での就業経験と本学での指導経験から、小売業・サービス業が直面している課題、その課題を踏まえて経営幹部育成で留意していること、さらに小売業・サービス業に対するご自身の想いについて語っていただきました。
産業能率大学 総合研究所 経営管理研究所
戦略・ビジネスモデル研究センター
齋藤 隆行 主任研究員

Q 経歴と専門分野を教えてください。

私はもともとコンビニエンスストアをチェーン展開する企業で、店舗指導などを担うスーパーバイザーとして働いておりました。その後大学院(MBA)にて、イノベーションマネジメントを専攻し、いかに新しいビジネスを創出していくかを研究し、その後本学に入職しました。
専門分野としてはマーケティングになりますが、営業・マーケティング研修だけでなく、階層別研修やビジネススキル研修の講師も務めています。また、経営幹部育成では、特にマーケティング戦略と新規事業立案を中心にご支援をしております。

Q 現在、小売業・サービス業には、どのような課題があるのでしょうか。

前職のときを振り返っても、コンサルタントとしてこの業界に関わらせていただいても感じるのですが、他業種と比べて現場で思考力を伸ばす機会が少ないため、本来持っているはずの思考力を発揮できていない人が多いことが課題だと認識しています。
チェーンストアー理論の「3Sの手法」の1つ「Specialization(専門化)」では、「事業戦略や商品開発などの考える仕事は本部が担当し、現場は販売することに特化する」という業務分担が基本とされていますが、それが「考えるよりも手足を動かせ」という業界慣習につながり、現在のような行き過ぎた状態になっているのではないかと思います。
当然、業務の棲み分けが効率化を生み、利益が得られる仕組みが出来上がったという側面はあるのですが、それでも、圧倒的に人数の多い現場の人たちが、もっと現場で物事を考えて、どんどん本部(本社)に提言できるような力を身につけるべきだと思っています。

Q そのような課題の解決に向けて、経営幹部育成研修にどのように取り組んでいるのでしょうか。

小売業・サービス業の企業様からは、「経営幹部を育成したい」ではなく、「お客様満足度(CS)を高める」をゴールとした要望が寄せられる機会が多くなっています。これは、インターネットやSNSなどの普及によって店舗に対する評価やお客様の声が誰からも見えるようになり、それが業績に直結するうになったことも大きな要因だと考えています。そのため、具体的なソリューションの1つとして、経営幹部育成を提案させていただいています。

他の業種では「経営幹部」と言うと部長職以上が多いのかもしれませんが、こうした背景や業界特性を踏まえて、
「経営幹部」ではなく「コア・リーダー」という呼称を用いて、本社の課長や部長に加えて、店長や店舗のスタッフも対象者として、現場で考えることのできるテーマや問題の解決を起点として進めるようにしています。

Q 業界特性を踏まえた「コア・リーダー育成」の特徴を教えてください。

先ほどご説明した通り、現場の方々は日々の業務に追われて、思考する時間が足りていないことが業界全体の課題だと認識しています。そのため研修では、まずは「考えることがどういったことか」から始めるようにしています。このポイントは2つあります。
1つ目は、ただ自らの考えを話せるだけではダメで、しっかりと「言葉にできる」ようにならなければいけない、という点です。話すというのは、前後の文脈や話し手の感情を、聞き手が類推してくれますから、ニュアンスとして伝えることはできます。しかしそれでは、聞き手が間違った意味で理解してしまったり、分かりづらいためすぐに忘れてしまったり、ということにつながります。文字として書いたり、キーワード化ができたりしないと、人を動かすことは難しいのです。
2つ目は、「そんなことは意味がない」「できない理由はこうだ」といったようなネガティブな思考を持つ人が多いため、「どうやったらできるのか」「何をやりたいのか」というポジティブな思考になるように、問題解決の手法を使いながら、自身のメッセージを創り上げてもらいます。そうすることで、その後のマーケティングやビジネス創出についての取り組み方が変わり、より高い成果につながります。

Q 考える機会の少なかった参加者にとっては、ハードルが高いのではないでしょうか。

考えるためには、会社でも上司でもない、“自分自身の想い”がなければできません。本来それは、多くの人がもともと持っていたものですが、長く仕事をする中でその存在を忘れ、心の奥に仕舞われているのだと思います。
そのため研修では、想いを取り出せるように「想いの共有」の時間を設けて、「自分は誰に何のために貢献をしたいのか」ということを参加者間で議論と共有をしていただきます。先ほどのネガティブな思考をポジティブにする、ということにもつながりますが、周りがどうかではなく、「自分はこれをしたいのだ」ということを仲間たちに宣言していただく、というものです。
この「想いの共有」は、時間がかかる場合もあるのですが、「講師が求めるなら、考えて言ってみようかな」「そういえば入社する前はいろいろと考えていたことがあったな」というきっかけを引き出せたら、「じゃあ今から何をしたいか、すべきか」と、周りも巻き込んで積極的に議論が始まっていきます。

この研修を終えると、その後に出世される方が多いのですが、想いの強さと会社での出世は比例する場合が多いものです。ご参加いただいた方々には皆さん出世していただきたいので、「本気スイッチ」となり得るような、自らの想いを言葉にする機会を研修の初めに設けることが、とても重要ではないかと考えています。

Q 想いをカタチにした事業プラン等を経営トップ層へプレゼンテーションする際に、留意していることはありますか。

研修の最後に、新規事業創出に関するプレゼンテーションを経営トップに対して行うのですが、その内容や期待レベルについては、研修を始める前に必ず経営トップ層と直接お会いしたり、人事部長を通じて、確認をさせていただいたりして合意形成をするようにしています。
なぜなら、受講者や私たち講師が一生懸命アウトプットの質を高めたとしても、最後の総評で「こんな発表は期待外れだ」「新規事業には活かせない」と言われてしまっては身も蓋もないからです。
事前に頂戴したご意見や期待を私なりに解釈して、受講者のアウトプットが及第点なのか、それとも足りていないのかを判断するための材料にもしています。足りていないのであれば、たとえ受講者に嫌われたとしても厳しい評価をしっかりとフィードバックするようにしています。
この研修は、経営トップ層に対する最後のプレゼンテーションの場で、どのようなアウトプットを出せるのかが一番重要となります。そこでは絶対に受講者に恥をかかせたくありませんから、研修の中では出し惜しみすることなく、言いづらいことでもしっかりと口にするように心がけています。

また、プレゼンテーション後には、採用される事業プランがある一方、採用されない事業プランが出てしまう場合もあります。そういった場合は、受講者のモチベーションに影響が出てしまう可能性もありますから、事務局の方とともに、十分なケアをするようにしています。

Q 小売業・サービス業における研修で他にも留意していることがあれば教えてください。

小売業・サービス業で現場の最前線にいる方が対象ですから、研修の日程については非常に留意しています。企業によりますが、例えばクリスマスやハロウィン、給料日や月末は避ける、といったように、繁忙期を避けるようなスケジューリングを心がけています。

Q 研修を終えた後のお客様からの声をご紹介ください。

最後に行うプレゼンテーションの総評の際、役員の方から、「あなたたち(受講者)がここまでやってくれるとは思わなかった」「これまであなたたちの力を十分に発揮させていなかったのは我々の責任だ」といったお言葉をいただくことは非常に多くあります。
私としては、研修効果を感じていただけているという意味で非常に嬉しいお言葉ではある一方、小売業・サービス業が他業種と比べて考える機会が少ない、あるいはそのような教育機会が少ないことの証しと受け止め、この仕事の重要性と責任を改めて感じるタイミングでもあります。

Q 小売業・サービス業のコンサルタントとして、自己研鑽していることはありますか。

本業にも直結しているのですが、もともと店舗や売場が非常に好きですから、オンオフ関係なくフィールドリサーチはしています。例えば出張に行けば、必ずその土地の百貨店やスーパーに立ち寄るようにしていますし、毎年正月には必ず同じ店舗に立ち寄って、売場や商品がどのように変わったのかを定点観測しています。最近では価格についての調査をしていて、さまざまの商品パンフレットなども集めています。

Q 研修でも役に立ちそうですね。

そうですね。研修の中でも店舗のフィールドリサーチを組み込むことが多いのですが、そこでは「売場を見に行くな、顧客を見に行きなさい」ということを徹底しています。
チェーン展開をされている企業であれば、「売場コンテスト」などと言って、役員がお忍びで店舗に出向いて、フェイス(商品の陳列面)などのチェックをして、よい店舗を表彰するような取り組みをされている企業があると思います。しかし残念ながら「ただフェイスがきれい」という点だけで表彰されてしまう場合があります。フェイスがきれいなのは、スタッフのスキルが高い可能性はありますが、もしかしたらお客様が触っていないだけ、という可能性もあります。単純にきれいな売場が正しいとは限らないわけです。
競合調査として、店舗を視察する場合も同じです。競合店舗が並べている商品を見て、「この商品が売れ筋だ」と判断する人がいますが、どれだけ目立つ位置に商品を置いていても、それだけで、その商品が売れているかどうかは分かりません。店舗が売りたい商品、ということだけかもしれません。
このように、間違ったフィールドリサーチが行われている場合がありますので、売場ではなく、顧客の行動を見ることの大切さを常にお伝えしています。

Q 今後に向けての抱負をお聞かせください。

今、平成の時代が終わりを迎えていますが、小売業・サービス業はこの30年間で、インターネットやSNSの普及により、店舗評判の見える化、ネット通販の拡大、あるいは人手不足や長時間労働といった労働環境問題の顕在化など、大きな変化や問題に直面する時代となりました。
しかし、小売業・サービス業というのは、社会にとって非常に価値のある産業です。「お客様のために」と、今日も一生懸命汗を流している人たちが大勢いらっしゃいます。次の30年を見据えて、この産業で働く人たちが明るい未来を描けるために、どのような教育を新たに提供すべきなのか考え、動いていかなければいけないと考えています。